その203 メス豚、挑戦される
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前線からもたらされた報告に、髭の若武者は怒りの声を上げた。
「カルーセがやられただと?! 一体どういう事だ!」
顔を真っ赤にして怒気を漲らせているのは、指揮官の”五つ刃””双極星”ペローナ・コロセオ。
伝令の報告は信じられないものだった。
コロセオの初陣以来、ずっと彼のかたわらで補佐をしていた頼れる副官、カルーセ・ブラッコリィが戦場で討ち死にしたというのだ。
「アイツは俺と違って先陣を切って敵に切り込むタイプじゃねえ! 自分は後方に控えて、部下を使うタイプだ! だから部隊を任せたんだが・・・まさかカルーセの部隊が全滅したのか?!」
「い、いえ。それが・・・」
伝令はコロセオの剣幕に怯えながらも、説明を続けた。
カルーセ・ブラッコリィの指揮する右翼は、敵の防衛を突き崩し、敵陣に取り付こうとしていた。
敵が総崩れするのも時間の問題。しかし、そのタイミングで思わぬ横やりが入った。
「突然、魔獣が現れたのです」
「なっ・・・くそっ! またヤツか!」
戦闘が始まって以来、魔獣は村の入り口に陣取って、その強力な魔法で部隊に多大な出血を強いていた。
カルーセを右翼に派遣したのも、これ以上の魔獣の被害を避け、側面から敵の防衛網を突き崩す狙いがあった。
「だが、魔獣の魔法は弓の射程と大した違いはない。”不死の”がそう言っていたはずだが?」
五つ刃、不死のロビーダは、この一ヶ月に渡る戦いで、クロ子の魔法のおおよその射程距離を掴んでいた。
兵士達が使うクロスボウの有効射程距離――矢が届く距離ではなく、的に命中可能な距離――は、最大で四十メートル。
クロ子が得意とする最も危険な銃弾の魔法も、丁度そのくらいが限界飛距離となる。(ただし、極み化させれば、百メートルを超えるが)
「いえ、魔獣は卑劣にもブラッコリィ様を目指して、急襲をかけて来たのです」
伝令は悔しそうに説明したが、クロ子がカルーセを狙った訳ではないのはご存じの通りである。
たまたま敵軍に深入りした所に、たまたま立派な装備の武将を見つけたので、行き掛けの駄賃とばかりに殺しておいた。それがたまたま、敵の指揮官だった。そんな偶然の産物だったのである。
というよりも、戦いで敵の指揮官を狙うのは常套手段である。それを卑劣と言う方がどうかしている。
とはいえ、伝令の気持ちも分からないではない。クロ子の攻撃はあまりに唐突であまりに理不尽過ぎた。
彼らにとっては、指揮官は戦いの中で戦死したというよりも、まるで通り魔に殺されたような感覚だったのだろう。
しかし、それで納得出来ない者がここにいた。自分の右腕とも言える副官を失った男。双極星コロセオである。
「魔獣の野郎! タダじゃおかねえ!」
コロセオは座っていた床几(※折りたたみ式の腰かけ)を蹴飛ばすと、従者に預けていた愛用の槍を掴んだ。
「全軍出陣だ! カルーセの仇を討つ!」
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私は崩壊しかけていたシンモの分隊を救出すると、私の割り当てとなっている村の門の上へと戻った。
ちなみにシンモの第五分隊は半壊していたので、隣のエリアを守っている第三分隊と、投石機の操作を担当している第八分隊に、応援を頼んでおいた。
とはいえ、四人もの隊員を失ったのは大きい。
――いや、待て。本当に犠牲はそれだけなのか?
私は、最悪の予想にハッと立ち尽くした。
急いで確認しないと!
私は首にぶら下げた通信機に叫んだ。
『各分隊! 現在の被害状況を報告せよ!』
通信機はブルブルと震え、私の言葉をみんなに伝えている。
じれったくなる通信ラグの後、各分隊の隊長が私の言葉に答えた。
【こちら第一分隊カルネ。俺の所は重症一人。死亡一人】
【第二分隊トトノ。ウチは今の所戦えない程のけが人はいねえ】
【第三分隊コンラ。同じく】
【第四分隊クルダ。死亡二人】
【第五分隊シンモ。死亡四人。スマン、クロ子。スイボに治療して貰ったが、まともに動けるのは俺とサンパの二人だけだ】
【こちら第六分隊。リゾードはついさっき、仲間を庇って敵にやられた。それと戦えなくなったヤツが二人出ている。応援をよこしてくれ】
【第七分隊ハリィ。こっちは無事だ。第六分隊には俺の所から応援に送ろうか?】
【第八分隊ハッシ。俺は今からハリィの所の投石機の予備パーツの製作に取り掛かる。部隊の人間は、投石機と一緒にシンモの所に預けるけど、それでいいよな?】
【こちらハリィ。投石機の予備パーツって何の話だ?】
何人かが勝手に打ち合わせを始めたが、私はそれどころじゃなかった。
落ち着け。被害状況をまとめるんだ。
死亡した隊員数は一人、二人、四人、一人の合計八人。しかも第六分隊は隊長に戦死者が出ている。
思ったよりも被害が大きい。今は持ちこたえているようだが、早急に対応が必要だろう。
そして重傷者は七人――だが、これには明確な基準は無い。ケガ人の数も含めればもっと増えるのは間違いない。
私達に予備戦力はない。
ここで戦っている人数が全てである。
今は辛うじて持ちこたえているものの、戦線は崩壊しかけている。
崩れる時は一気に来る。それは最初から予想していた。
敵軍は、まるで雪崩や津波のように怒涛のごとく押し寄せ、私達を飲み込み、すりつぶし、圧殺してしまうだろう。
逃げるなら崩れる前でなければならない。
そのギリギリのタイミングを見極める必要がある。
それは今なのか? それともまだ粘れるのか? 敵には十分な被害を与えられたか?
私達が死に物狂いで戦ったと、敵に印象付ける事は出来たか?
十分ではない――かもしれない。
けど、ここで引き時を見誤れば、確実に部隊は全滅する。
私は緊張にゴクリと喉を鳴らしたが、口内はカラカラで、空気しか飲み込めなかった。
その時、敵軍に大きな歓声が上がった。
私はハッと我に返ると、敵軍に振り返った。
私の視線の先で敵軍が二つに割れると、髭の武将が進み出た。
大きな男だ。お相撲さん、と言う程は太っていないか。大柄な外国人レスラーといった感じだ。
髭モジャの顔に太い眉。町を歩いていたら、自然とみんなが避けて通りそうな強面である。
この距離からでもひと目で分かる立派な装備に大きな槍。ひとかどの武将である事は間違いない。
髭モジャの声は、この距離でも良く響いた。
「魔獣! そこにいるなら出て来い! 俺と勝負しやがれ!」
えっ? コイツ、何言ってんの?
「魔獣! そこにいるなら出て来い! 俺と勝負しやがれ!」
あ・・・ありのまま、今、起こった事を話すぜ。
な・・・何を言っているのか、わからねーと思うが、私も、何を言われたのか、さっぱりわからなかった。
あいつはバカなのか?
勝負しやがれと言われて、敵のド真ん中にのこのこ出て行くヤツがいるとでも思っているのだろうか?
ああ、あいつらは私の事を魔獣――ただの獣だと思っているんだっけ。
獣だから知恵が足りない。挑発されたら、きっと出て来るだろうと。いやいや、んなわけないって。
「どうした! 怖気づいたか?! それとも俺に恐れをなして震えているのか?! それで魔獣を名乗るとは片腹痛いわ!」
いや、私は自分から魔獣を名乗った訳じゃないから。この国の人間達が勝手にそう呼んでいるだけだから。
そんなやっすい挑発で私を煽っているつもりなら、全然無駄だから。
「ワンワン! ワンワン!(怒)」
『身の程知らず』
ああ、うん。やっすい挑発に乗せられているヤツらが、二人ほどいたわ。
アホ毛犬コマと、ピンククラゲは怒りで体を震わせている。
てか水母。あんたって「コンピューターだから心がない」設定じゃなかったっけ?
【クロ子、どうした? 急に黙ったけど、そっちで何かあったのか?】
通信機から私を心配する声がする。
いやまあ、何かあったかと言うと、ここにバカがね・・・って、待てよ。
――よし。やるか。
『こっちに敵の有力な武将が現れた。何だか知らなけど、私に勝負を挑んで来てる。丁度いいタイミングだから今から相手して来るわ』
【お、おい! 大丈夫なのか?!】
大丈夫かどうかで言えば、大丈夫でしょ。
こっちには無敵の流星鎚もあるし、水母だって付いている。
「ワンワン!」
いや、コマ。あんたは連れて行かないからね?
『あいつをぶっ殺したら、そのまま暴れ回って敵の目を惹き付けるから。そのタイミングでみんなは村を脱出して頂戴。退却よ』
【クロ子! 待て! どういう事だ?! おい!】
私は通信を切り上げると、『風の鎧!』。身体強化の魔法を身にまとい、一直線に髭モジャの下へと駆け出したのだった。
次回「メス豚vs”双極星”」




