その200 メス豚と防衛戦始まる
遂に敵軍の攻撃が始まった。
「ウワアアアアアアアアアッ!!!」
ドドドドドド
敵の数は千五百。八十人のクロコパトラ歩兵中隊の二十倍。絶望的な戦力差である。
幸い、こちらの方が高い位置にあるため、敵は坂を駆け上がる形で攻め込む事になる。
つまり声や足音程は勢いがないという事だ。
とはいえ、その迫力に隊員達は腰が抜けそうになっている。
「ヒ、ヒャン! ヒャン、ヒャン!」
本当に腰を抜かしているアホ毛犬が、私の隣にいたわ。
アホ毛犬コマは、目の前の光景に腰を抜かして弱々しく吠えている。
『てか、そんなに怖いのなら隠れてなさい。水母!』
『打ち合わせ通り』
私の背中のピンククラゲがフルリと震えると、ポコンとピンク色の塊を生み出した。
ガチャガチャの容器に入るくらいの小さな塊だ。小学生の時に持たされていた防犯ブザーのようにも見える。
各分隊の隊長達には、全員にこれと同じ物を持たせてある。
水母はヒョロリと触手を伸ばすと、小さな塊を私のスカーフに結び付けた。
『みんな聞こえる?! 各隊は自分の持ち場を死守! 絶対に敵を村に入れちゃダメだからね!』
塊がブルブルと震えると、私の声をみんなに伝えた。
そう。これは簡易通信機なのである。
水母のピンククラゲボディーは各種、高性能観測機器の集合体だ。
彼はその気になれば体の一部を――観測機器の一部を――こうやって分離出来るし、遠隔操作する事も出来るのだ。
操作可能な範囲は五百メートルから一キロメートル。誤差が大きいのは、機器の種類や操作する数にもよるためらしい。
てなわけで、私は彼に頼んで、私の声をみんなに伝えて貰う事にしたのである。
原理上、一度、水母の本体(※施設の地下にあるコンピューター。私は見た事が無い)を介す方法のため、微妙に遅延時間が発生するが、気になる程ではないかな。
やがて通信機がフルフルと震えると隊長達の声を伝えた。
【第一分隊、カルネ了解!】
先日の戦いで大怪我を負ったカルネは、今は戦列に復帰。第一分隊の隊長に就任している。
ケガの遅れを取り戻そうと張り切り過ぎているのが、少し気になる所だ。
カルネに続いて、各分隊の隊長達から連絡が入った。
【第二分隊、トトノ了解!】
【第三分隊、コンラ了解!】
【第四分隊、クルダ了解!】
【第五分隊、シンモ了解!】
【第六分隊、リゾード了解!】
【第七分隊、ハリィ了解!】
【第八分隊、ハッシ了解!】
・・・こんな時にする話でもないが、私が隊員達の名前を覚えきれない理由が分かって貰えただろうか?
どうも亜人は「名前は三文字」という習慣があるらしく、似たような名前が多くてちっとも頭に入って来ないのだ。
一応、分隊長くらいは頑張って覚えたのだが、他の隊員達は完全にお手上げ状態である。
いや、流石に顔くらいは覚えたぞ、うん。でもホラ、私って女の子じゃない。亜人とはいえ、男性の顔をマジマジ見るのはちょっと。はしたないって言うか、こっぱずかしいって言うか。
ちなみに、最も激しい攻撃が予想される真正面――村の入り口付近には、私と第一分隊と第二分隊が。第三分隊から第六分隊は各方面の防衛を。第七分隊と第八分隊は補助部隊としてサポートに回る事になっている。
【トトノ! 来るぞ! ぬかるなよ!】
【うるせえカルネ! お前は病み上がりなんだ、無理すんじゃねえぞ!】
『コラ! 通信を私語に使わない! 水母、通信を切っちゃって』
『切断完了』
なにせ私を含めて九人が一本の回線を使っているからな。全員に勝手に話をされたら何が何やら分からなくなってしまう。
そういう点では不便だが、水母の判断でオンオフが切り替えられるのは便利な所だ。
水母に任せておけば、必要に応じて通話を切り替えてくれるはずだ。きっと。
そんな話をしているうちに、先頭の敵兵は堀の中に飛び込んでいた。
「ウワアアアアアアアアアッ!!!」
さあ、来やがれ木端共! このクロ子の目が黒いうちは、お前らに村の土を踏ませはしないぜ!
『EX最も危険な銃弾乱れ撃ち!』
不可視の弾丸がマシンガンのように打ち出される。
数には数を。今、必要なのは一発の威力よりも手数だ。
堀を登って来ようとしていた兵士達が、衝撃を受けて落下する。
「魔獣がいるぞ!」
「射手はヤツを狙え!」
私を狙って敵の弓兵が矢を放って来る。
はん! そんなヒョロヒョロ矢に当たるかよ!
敵軍は山の下から上に攻めている。その上、私は高い土塁の上。更にはキュートでコンパクトな子豚ボディーだ。
相手に以前戦った弓の名手、”二つ矢”アッカムでもいれば話は別だが、アイツは私が上半身を吹き飛ばしてキッチリ仕留めたからな。
少年漫画でもない限り、あの状態から復活するなんて事はあり得ない。
『調子乗り過ぎ』
水母が魔力操作で私の周囲に障壁を張った。
矢が一本、障壁に阻まれて地面に落ちた。
ちゃうねん。ちゃんと見えてたから。ギリギリで避けるつもりだったから。
『要反省』
くうっ。あんたは私のママか。
おっと。今は戦闘中だ。矢に気を取られてばかりはいられない。
『EX最も危険な銃弾乱れ撃ち!』
「ぐあああああっ!」
「くそっ! 下がれ! 狙い撃ちされるぞ!」
そうそう。そうやって大人しく引っ込んでなさい。
少しだけ余裕の出来た私は周りを見回した。クロカンの隊員達は大丈夫だろうか?
◇◇◇◇◇◇◇◇
正面の左翼。第一分隊が防衛を担当している箇所は敵に取り付かれつつあった。
「カルネ! 下がれ! 前に出過ぎだ!」
「! す、すまねえ!」
仲間の言葉に、亜人の大男――カルネは慌てて敵に背を向けた。
第一分隊、分隊長カルネ。彼は先日、クロ子達がイサロ王子軍に参加した際に大ケガを負って長く戦列を離れていた。
村人は子供から老人まで、全員が敵を迎え撃つために忙しく働いている。だというのに、自分はケガのせいで動けない。
カルネは激しい焦りを感じた。
――いや、ダメだ。ここで無理をしても却ってみんなに迷惑をかけてしまうだけだ。
しかし、カルネはここで自重した。
クロ子の新兵訓練で散々鍛えられただけではなく、命のかかった戦場も経験した事で、カルネは集団の力を――誰かの身勝手な行動が、仲間の足を引っ張るという事を――学んでいたのである。
とはいえ、本人の性格までは変わらない。
戦いが始まった途端、カルネはカッと頭に血が上って、いつの間にか土塁を乗り越えて前に出ていたのだった。
「あの大男を討ち取れ! 射手はヤツを狙え!」
「うおっ! 危ねえ! くそっ!」
「カルネを守れ! ハッシ隊、頼む!」
土塁をよじ登るカルネに、敵の矢が集中する。
幸い、下から打ち上げる形になっているせいもあって、ほとんどは見当違いの場所に突き立った。それでも何本かは、ギリギリで彼の体をかすめていた。
カルネ隊の要請を受けて、第八分隊分隊長のハッシは、隊員達に巨大な機械の操作を命じた。
「いくぞ! せえの!」
隊員達が機械の横から伸びたクランクハンドルに取り付くと、力を込めて回し始めた。
垂直に伸びたアームが大きく傾くと、別の隊員が先端のバケットに黒い塊を乗せる。
「角度良し! 放て!」
ドン!
大きな音と共にアームが弧を描き、巨大な塊が勢い良く天に放たれた。
塊は空中で無数の粒にばらけ、敵の頭上から降り注ぐ。
そう。第八分隊の担当は投石機。
第八分隊の分隊長ハッシは、水母のライブラリに残っていた資料を元に、投石機を完成させていたのである。
ちなみにこれと同じ物がもう一つ。こちらは第七分隊のハリィが担当していた。
着弾点の敵軍が大きく崩れる。
「うわあああっ!」
「くそっ! 仲間がやられた!」
「敵は投石機を持っているぞ! 頭の上に盾を構えろ!」
カルネを狙っていた矢がパタリと止んだ。
どうやら弓兵は慌てて後方に下がったようである。
盾を構えた状態ではボウガンは使えない。
そして投石機の射手を狙い撃とうにも、ボウガンの矢は短くて軽い。
土塁を越えて曲射をするような能力はないのである。
「方位そのまま! 角度五度マイナス! 放て!」
黒い塊は粘土で固めた石の塊である。石の一つ一つは大体、握り拳大。
乾いた粘土は発射の衝撃で砕け、塊は空中でバラバラに分離し、広範囲に石をぶちまけるのだ。
「ぐあっ!」
「怯むな! 進め、進め!」
ここでようやくカルネが仲間達の下にたどり着いた。
「す、すまねえ。世話をかけた」
「「「「本当にな」」」」
カルネは面目の無さに、大きな体を小さく縮こまらせた。
次回「メス豚と防衛戦」




