その1 メス豚人生が始まる
日本のどこかで、高校一年生のナイスバディな美少女が自宅のお風呂でうっかり心臓麻痺で死んでしまった。
まあ私の事なんだけどね。
そして私は現在、謎の異世界の小さな村で可愛いメス豚に転生していたのであった。
勿論最初はショックだったよ。だってよりにもよってメス豚だし。
でもショックの時間が過ぎると、現状に対する焦りと恐怖がジワリジワリと私の心を蝕んでいった。
だって今の私って家畜じゃん。いずれは食材になって誰かの食卓に美味しく上る運命じゃん。
幾日かの葛藤を経て、私はこの過酷な運命に断固として抗うと決めた。
運命なんてくそくらえ! 私は戦って生き残る!
さて、運命に抗うと意気込んでみたものの、どうしたもんだか。
私は全然方針も定まらないまま、日々を豚のごとく怠惰に過ごしていた。まあ私は豚だしね。
あ~あ、どうせなら馬に転生だったら良かった。
人を乗せて運んだり馬車を引かされたりするのはイヤンな感じだけど、食肉に加工される未来しかないよりはなんぼかマシよね。
牛だったら巨乳のオプション付き。みんな大好き牛乳姉ーちゃんですよ。ふはっ、萌える。
しかしなんでまた私は、よりにもよってメス豚になんぞに転生したのやら。トホホホ・・・
一度リセットしてキャラメイクからやり直そうかしらん。って、それって死ぬって事じゃん。お断りだっつーの。
そもそも生まれて数日の子豚では運命に抗うも何もない。
何事も体が資本。健全なアイデアは健全な肉体にこそ宿るのだ。
よし! 先ずは体を作るところから始めよう。
というわけで今の私は兄弟揃ってママ豚の母乳をチューチュートレイン。
いっぱい食べて大きくなるのだ。
ママ豚はビヒブヒと鼻を鳴らしております。
実は豚は結構頭が良いらしく、こうしてブヒブヒ鳴く事で仲間内でコミュニケーションを取っているのだ。
かく言う私も、ママ豚の声だけは絶対に間違わないという謎の自信がある。というか兄弟豚達の声も大体聞き分けられる。
多分前世の頃は、豚の鳴き声なんてどれも一緒にしか聞こえなかったんだろうなあ。
そう考えると、「私って本当にメス豚になっちゃったんだな」などとしんみりしてみたり・・・ てか何だかヤだなあ今の独白。
兄弟と押し合いへし合い、元気にママ豚の乳首に吸い付いている私の耳に、聞き慣れた足音が聞こえて来た。
ちなみに豚は聴覚も非常に優れている。驚くなかれ、なんと1km先に針が落ちた音すら聞き取れるのである。スゲエ!
いや、普通にウソだけどな。スマン。そんなわけないない。
「元気にしていたか、お前達」
そう言って柵の中に入って来たのは、まだ幼さを残した小柄な男の子。
日本で言えば男子中学生? 目がクリッとした大人しそうな、半ズボンが似合いそうな男の子だ。
ぶっちゃけクラスメイトの佐々木さんが好きそうなショタっぽい男子なのだ。――って分かる訳ないか。
佐々木さん、親にも隠していた趣味をばらしちゃってゴメンなさい。
私はママ豚から離れると男の子の足に鼻面を押し付けた。
オッス。
「おっ、クロ子。挨拶に来てくれたのか」
ジャッジメントですの。いやいやそうじゃなくて。
ちなみにクロ子というのはこのショタ坊が私に付けてくれた名前だ。
家族全員白豚の中で、何故か私だけ真っ黒な毛並なのでそう呼ばれている。
ていうか、なぜに黒毛だし。前世の私の後ろ姿が黒髪美人だったからかしらん?
自分で美人言うなって? だから後ろ姿って言うとるやんけ。
ちなみに私は佐々木さんじゃないからショタ好きという訳では無い。
ならなんで貴重な食事タイムを削ってまで愛想を振りまいているのか。
計算だよ計算。打算とも言う。
今のうちからこうしてマメに媚を売っておけば、将来私達をしめる日が来た時に、情が湧いて見逃してくれるかもしれないじゃないの。
なにせ私はショタ坊から既にクロ子という名前まで貰っておるからな。
名前で呼び合うのは信頼関係構築の最初の一歩。
私の生き残り計画は着々と進行しているのだよ。
あれっ? そういえばショタ坊の名前はなんて言ったっけ?
はうっ。全然名前で呼び合ってないじゃん。信頼関係構築出来てないじゃん。
「ほら、この子に場所を空けてやってくれ」
ショタ坊は全裸の私を(豚は服を着ないからな)ヒョイと抱き上げると、兄弟達をかき分けてお乳の出やすい頭に近い方へと案内してくれた。
イヤン、ショタ坊紳士やん。ひょっとして私に惚れて欲しいんか? 勘違いしないでよね。私はそんな安い女の子じゃないんだからね。
ショタ坊に押しのけられた兄弟がブギーブギーと文句を言っている。
おうおう。負け豚の遠吠えが聞こえて来るわ。
乳ゲーット。チューチューチュー。う~ん今日もママのお乳はテイスティー。
ショタ坊はさらに兄弟をかき分けると、女の子を選んで良い場所にエスコートしている。
こ、こやつ、出来おる。この若さでどれだけプレイボーイなんだ。
私はショタ坊の女泣かせの才に恐れおののいた。
ちなみに後日知った事だが、豚はオスよりメスの方が肉が美味しいらしい。
つまり坊主は私らメスを肥え太らせるために、乳の出やすい良い場所に割り当ててくれていたのだ。
ガーン、ショタ坊って全然紳士じゃなかった・・・
ひ、酷い男。私の心を弄んだのね。
てか最初からそんな事だろうと思ってたけどさ。ホラ、私らって家畜だし。
子豚七兄弟(私含む)が一心不乱にママ乳に吸い付く間に、ショタ坊は寝床の掃除を始めた。
ちなみに豚はトイレはちゃんと寝床から離れた場所にすると決めている。
驚いたかね? 我々は綺麗好きなのだよ。
とはいえ所詮は畜生。自分で寝床を綺麗に保つような知恵まではございません。
ついでに言うとトイレの上を歩いた足で平気で寝床に入り込むからバッチイったらない。
豚は靴を履かないから仕方が無いけどな。
元日本人としては、せめて寝床に入る時には、全員足ふきマットで足の汚れを落としてからにしてもらいたい。
ショタ坊は掃除を終えると、今度は水桶の中身を地面にバシャー。
地面に水たまりが出来る。
ママ豚は起き上がると水たまりに体をこすり付け始めた。
そんなママ豚のマネをする私達子豚共。
ひゃっほう泥んこ遊びじゃあ。
豚はこうやって泥を浴びる事で、体に付いたダニなどの寄生虫を洗い流しているらしい。
後は豚には汗腺が無いからどうとかこうとか。夏場は体温調整も兼ねてうんたらかんたら。
まあそんな理由はなくても私は楽しいからやるけどね。
ヤッホーイ! ブヒーッ! ブヒーッ!
元人間のプライドは無いのかって?
今の私は人間ちゃうから。フレンズだから。
たーのしー!
カバンちゃん――じゃなかった、ショタ坊は桶を担ぐと水桶に新しい水を入れている。
私は新たな足音の接近に耳を立てた。
ちいっ。イヤなヤツらが来おったわ。
「おい、ルベリオ。ウチの豚を盗んだりしていないだろうな」
「そ、そんな事するわけがないだろう」
現れたのはガチムチの大男と嫌味なその息子――そう、私ら一家の飼い主様である。
ショタ坊は――そういやルベリオとか呼ばれていたか。・・・いいや、ショタ坊で。
ショタ坊はコイツに頼まれて私らの世話をしているのだ。
つまりガチムチはショタ坊の雇い主というわけな。
ついでに言えばガチムチはここの村長なんだそうだ。これまた強そうな村長だな。
ガチムチはいつも偉そうにふんぞり返っているヤツで、私らの事もまるで家畜を見るかのようなさげすんだ目で見るのだ。って、私らモノホンの家畜だったわ。
村ではこの家以外には家畜を飼っている所はないらしく、その事からもガチムチ家が裕福である事が分かる。
まあ私の目には、他所の家より少しばかり大きいだけの平屋の掘っ立て小屋なんだけどもな。
ガチムチの横のクソ生意気そうな小太り少年。
コイツはガチムチ家の長男で、ショタ坊の同年代の少年だ。名前はええと・・・
何だっけ?
「パパ、もうルベリオなんてクビにしちゃえよ」
「何だロック。お前がルベリオに代わって豚の世話をするならそうしてもいいぞ」
「冗談だろ、何で僕が豚の世話なんか! 貧乏人のルベリオにやらせりゃいいよ! どうせコイツは豚の世話くらいしか出来る事がないんだし!」
ああそうそう、ロックとかいってたかこのデブは。
ロックねえ。何というかロックってツラじゃないな。
じゃあ、お前は岩男で。
岩男は泥だらけになっている私らを見て嫌そうに顔をしかめた。
コッチだってお前に世話なんてされたかねーやい。
コイツは正真正銘悪ガキで、棒を手に私らを追い回すわ、ロープで輪を作ってカウボーイのように投げ縄を投げて来るわと、ロクな事をしやがらない。
兄弟の一匹はコイツの投げたロープに足を引っかけられ、そのケガが治らずに今も後ろ足を引いている。
それをショタ坊相手に自慢そうに話すのだから、元の世界だったらブログの炎上間違いなしの問題児なのだ。
ガチムチ親子は元々別の用事で家から出て来たようで、早々に私らに興味を失くすとどこかへ去って行った。
全く。あんなヤツらが飼い主というだけでも不愉快なのに、いずれは兄弟共々美味しいお肉になってヤツの腹に収まると考えると尚更我慢が出来ん。
やはりどうにかしてプリズンブレイクするしかないようだ。
村長親子と入れ替わるように新たな足音が近付いて来た。今度は女の子だ。
そばかすの大人しそうな女の子で、これまたショタ坊と同年代。
そう。実は二人は幼馴染なのだ。
幼馴染の少年少女なんてまるで漫画みたい――って、狭い村だから全員顔見知りの幼馴染なんだろうなきっと。
「今のを見てたのかいベラナ」
「・・・ええ。またロックはルベリオに悪口を言ってたわ。ロックはいつもルベリオに酷い事ばかり言うのね」
女の子はおこである。ショタ坊は恰好悪い所を見られたせいか少しへこんでいるようだが、それに気が付く様子もない。
ショタ坊も可哀想に。
「なんでいつも黙っているの? ルベリオも言い返せばいいのよ」
「そんな・・・僕なんて」
女の子にじっと見つめられてタジタジになるショタ坊。
まあ明らかに岩男の方がガタイが良いからねえ。
ショタ坊は小柄で気も弱そうで、見るからにケンカとかしなさそうだし。
でも、男の子としては流石に女の子の前で「岩男が怖いから」とは言えないのだろう。
ショタ坊は居心地が悪そうに目を反らした。
そんな煮え切らない態度が女の子の苛立ちを煽るのだろう。ますます不機嫌になる女の子。
う~む。男は辛いのお。
まあ、そんな感じで私の赤ん坊時代――授乳期は過ぎていくのだった。
次回「メス豚、脱柵を試みる」