表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第六章 メラサニ山の戦い編
197/518

その195 メス豚、ホッとする

 敵軍はこれ見よがしに、私達の前で堂々と昼食を摂っている。

 敵の狙いが私達に対する挑発である事は明白だ。

 苛立ちを堪える私に、クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)副官のウンタが声をかけた。


「落ち着け、クロ子。それともお前だけでも下がって昼飯にするか?」


 そっち(メシ)の話かよ! いや、それも気になるけどさ。てか、私はそんなに物欲しそうに見えたのか? 見えたんだろうな。チクショウ。

 敵ながらあっぱれ。悔しいけど、お前達の策は、私の胃袋に見事にクリティカルヒットだよ!


『・・・耐えてみせる』

「そ、そうか。無理はするなよ」


 これは戦争だ。飯がどうこう言ってる場合じゃない。

 耐えろ、耐えるんだ私。欲しがりません、勝つまでは。


 こうして私にとっての我慢の時間は、じれったい程ゆっくりと過ぎて行った。

 やがて彼らは食事の片付けを終えると、隊列を整え始めた。行軍の再開だ。

 ここでクロカンの隊員達は怪訝な表情を浮かべた。


「えっ? まさかヤツら山を降りるのか?」

「わざわざ後退前に飯を食ってたのか? なんで? 山を降りた後で食えば良かっただろうに」


 そう。敵は食事の片付けを終えると、山を下り始めたのだ。


『これも敵の挑発? ひょっとして私達の攻撃を誘っている?』


 一見、素直に退却しているようにしか見えない敵の動きに、私は混乱してしまった。

 果たして敵の真意は? 退却か。それとも何らかの罠か。


 その時、敵の部隊の中から、アホ毛をぴょこんと生やした一匹の野犬が飛び出した。

 てか、あれってコマじゃん。

 そういや、コマの姿がなかったわ。あの子、あんな所で何やってんのよ。


「ワンワン! ワンワン!」


 コマの鳴き声に、兵士がパンだか肉だかを投げると、彼は見事に空中でキャッチ。嬉しそうにペロリと平らげた。

 どうやらコマは目の前の食事風景に耐えられなくなって、「突撃! 隣の昼ごはん」していたらしい。

 ていうか、本当に何やってんのよ。あの子は。


 コマは満足そうに尻尾を振り振り、私達の下へと帰って来た。


『コマ・・・あんた何、敵に餌付けされてんのよ』


 私はジト目でコマを睨んだ。

 コイツ、なんて羨ま――ゲフンゲフン、けしからん事を。

 敵に尻尾を振るとは何事だ。あんたにはプライドがないのか。


 お腹が膨れて満足したコマは、機嫌良く私に体を摺り寄せて来た。

 くっ。寄るんじゃない。この裏切り者め。口から食べ物の匂いをさせおって。お前は後で軍法会議だ。

 なんだろう。真剣に敵の狙いを考えていたのが馬鹿馬鹿しくなって来たんだけど。

 この能天気犬め。真面目な空気をぶち壊しにしてくれおってからに。


 副官のウンタが私に尋ねた。


「クロ子。それでどうする? このまま敵を追うか? それとも、また俺が単独で偵察に出ようか?」

『・・・そうね。ウンタ、頼める? 水母(すいぼ)。ウンタを手伝って頂戴』

同行承諾(かしこまり)


 私の背中のピンククラゲがフワリと浮かぶと、ウンタの頭上に移動した。

 水母(すいぼ)が付いていれば、大抵の場合、どうにかしてくれるはずだ。

 本当は私も偵察に行きたい所だけど、今日の戦場はここだけじゃない。

 目の前の部隊が撤退するのなら、他の戦場の手助け(フォロー)に回るべきだろう。


「じゃあ俺は行って来る。俺の小隊のメンバーを頼む」


 ウンタは身軽になるために荷物を降ろすと、仲間に一言挨拶をして山を降りて行った。


『コマ。あんたは自分のパパ(マサさん)を呼んで来て頂戴』

「ワンワン!」


 コマは元気いっぱい、山の中を駆けて行った。


『他のみんなはここで待機。私は他の場所の様子を見に行って来るわ。もし、敵が戻って来るようなら、私への連絡はコマ達に任せて、みんなはウンタと一緒に次の罠で迎撃。時間を稼いでいて頂戴』

「分かった。ここは俺達に任せとけ」

「なあに。いざとなれば山の中を逃げ回って、敵を遭難させてやるぜ」

「そりゃいい。そしたらヤツら勝手に野垂れ死にだ。わざわざ戦わなくても済む」


 コラコラ、調子のいい事言わないの。――って、あれ? これって案外いい作戦かも。

 日本でも、登山道から外れた登山客が道に迷って遭難した、なんて話は結構あるらしいし。

 上手く敵を山の奥まで誘導する事が出来れば・・・いやいや、流石に難しいか。敵だって馬鹿じゃない。山岳遭難にだけは十分に注意しているだろうしな。


『欲張って無理はしない事。私達は敵より数が少ないんだからね。一人が戦えなくなれば、その分、みんなの負担が増えるという事を忘れないように』


 私の言葉に隊員達は神妙な面持ちで頷いた。


風の鎧(ヴォーテックス)!』


 私は身体強化の魔法を使って駆け出した。

 敵の別動隊は二部隊。それぞれ戦力は五百ずつ。

 どちらか片方だけでも、亜人の村の総人数(※約三百人)を軽く上回っている。

 別動隊とはいえ侮れない。それほど私達と敵軍とでは戦力の開きがあるのだ。


 私は緩みかけていた気持ちを引き締め直しながら、山の中を駆け抜けるのだった。




 夕方。

 クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の隊員達が旧亜人村に戻って来た。

 彼らは今日の戦果に意気軒昂。出迎えに出ていた村人達と嬉しそうに言葉を交わしている。

 流石にこの時間に敵が再度進軍してくるとは思えない。

 もし、そんな事をすれば行軍途中で日が落ちて、暗い山の中で前進も後退も出来なくなるのがオチである。

 つまり、今日の戦いは終わったのだ。


 私はホッと胸をなでおろした。

 まさか敵の司令官が、初戦から全軍を投入して来るとは思ってもみなかった。

 これにはアドバイザーの水母(すいぼ)も、完全に裏をかかれた形だ。

 かなり厳しい戦いが予想される中、誰の犠牲も出なかったのは本当にラッキーだった。


 そう。こちらの被害はまさかのゼロだったのだ。


 ちなみに心配された敵の本隊だが、あのまま山を降りて、陣地に戻ってしまったという。

 罠でも何でもない、本当の退却だったのだ。

 ウンタはしばらくの間、敵陣の様子を伺っていたが、敵の動きが無かったため、見張りを野犬達に引き継いで部隊に合流したそうだ。

 

 更に、敵の二つの別動隊。

 そのうちの一つは、どうやら道に迷っていたらしい。

 同じ場所をグルグルと歩き回った挙句、どうにか日が高いうちに山を降りる事に成功したようだ。

 今は陣地に戻っているという。

 そのまま遭難してしまえば良かったのに。ちょっと残念。


 もう一方の別動隊は、いい感じに丸太の罠にはまってしまったらしい。

 不安定な足場の場所を、これまた不安定なバランスで丸太が塞いだ形となり、行軍どころか、危険で近付く事も出来なくなったようだ。

 結局、指揮官は退却を選択。陣地まで戻ってしまったという。


 こうして敵軍は全て退却。我々の初戦は完封で終わった。

 こちらの被害はゼロ。それに対し、敵の戦死者は十人程。重傷者は百人強。軽傷者はその三倍以上。


 大して敵を倒せていないって? いやいや、むしろこれが狙い通り。願っても無い戦果なのだよ。

 普通に戦っても数の暴力には敵わない。

 ならば正面からは戦わない。相手の土俵には上がらない。

 敵軍の勝利条件は私達の殺害だが、私達の勝利条件は敵軍の撤退だ。そもそもの勝利条件が違うのだ。

 だったら敵兵を殺す必要はない。いや、戦ってやる(・・・・・)必要すらない(・・・・・・)

 そのための遅滞戦術なのである。


 ここで炊き出し担当のおばちゃんが声をかけて来た。


「クロ子ちゃん。晩御飯の準備が出来たわよ。それとモーナが捜していたわよ」

『ありがとう、おばちゃん』


 モーナも村長代理として、今日の戦いの結果を知っておきたいのだろう。

 私は喜びに沸く村を抜けて、彼女の家――村長宅へと向かったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 クロ子は食事を終えると、村の男達を連れて、再び山に戻った。

 移動の途中で完全に日が落ちてしまったため、暗闇の中、松明の明かりでの作業となったが、心配していたケガ人も出ず、作業は無事に完了した。

 クロ子達はその日のうちに、ベースキャンプ地である旧亜人村に戻り、そのまま眠りについた。


 こうしてメラサニ山の戦い、最初の一日は幕を閉じたのであった。

次回「闇の中」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あ、これ下山したと見せかけて不死の人が闇夜に紛れて襲撃してくるやつかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ