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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第六章 メラサニ山の戦い編
196/518

その194 メス豚、挑発される

◇◇◇◇◇◇◇◇


 大きな木の上に身を潜める、全身黒ずくめの姿があった。

 唯一露出している顔すら、炭で黒く塗られている事からも、その擬態は徹底している。

 ”五つ刃”の一人。”不死の”ロビーダである。


 彼が見下ろす先では、兵士達が作業を終えつつあった。

 落とし穴の天井を塞いでいた廃材は、細かく砕かれ、火を付けて燃やされている。

 更に穴の周囲の土は崩され、平らにならされている。

 落とし穴として再度使用出来ないようにしているのだ。


 指揮官の”双極星”コロセオが、時間と手間をかけてまで、わざわざ兵士達にこんな作業を行わせている理由は一つしか考えられない。


「どうやらコロセオは、今日の行軍を中止にするつもりのようだな」


 そう。指揮官のコロセオは、これ以上先に進むのを断念したものと思われる。

 好戦的な彼が、進軍を諦めねばならない程、兵士達の士気の低下が目に余ったのだろう。

 しかし、このまま何もせずに帰れば、わざわざ罠にかかりに来た事になってしまう。それではあまりにも示しが付かない。

 そこでコロセオは、「敵の罠を潰した戦果」を作るために、このような作業を行っているのだ。

 なんとも苦しい理屈と言えよう。だが、こんな事でもしないよりはまだマシというものだ。

 コロセオの悔しそうな顔が目に浮かぶようである。

 

「負け癖が付いた部隊はこんなもんだ」


 ロビーダは、自軍の事でありながら、まるで他人事のように切って捨てた。


 軍隊の強さを決める最大の要素は、数と士気である。

 一度崩れ始めた軍は、どんなに優秀な指揮官が率いていようと、持ち直すのはまず不可能だ。

 極論すれば、戦いとは、いかに相手の兵士に「もうダメだ」と思わせるかにかかっている、と言ってもいい。


 大モルト、カルミノ・”ハマス”オルエンドロ軍。

 彼らは四万もの大軍で攻めながら、大きく数に劣るイサロ王子軍を落とせなかった。

 最終的にはイサロ王子軍は降伏。勝利を収める事が出来たものの、あくまでもそれは、本隊が敵本隊に勝った結果、転がり込んで来たおこぼれ(・・・・)であり、自分達の手で成し遂げたものではなかった。

 それどころか、次期当主”古今独歩”ボルティーノ・オルエンドロを失うという、取り返しの付かない痛手まで負ってしまう始末だった。


 それでも、コロセオやロビーダ。部隊の主だった将はまだ耐えられる。彼らはいくつもの戦いをくぐり抜けて来た、いわば歴戦の勇士達である。

 その中には当然、勝ち(いくさ)もあれば、もっと酷い負け(いくさ)だってあった。

 しかし、ここにいる一般兵のほとんどは、今回、初めて(いくさ)に参加した者達となる。

 彼らは不幸にして、ちゃんとした勝ち(いくさ)を経験せずにここまで来てしまった。だから心の底では自分達の軍を信じ切れない。ここを耐えきればどうにかなる。そう思えるだけの根拠がないのだ。

 だから、状況が悪くなるとすぐに弱気に流されてしまう。「ひょっとして負けるのでは?」と、不安になってしまうのである。


「コロセオも、それは分かっているだろうが、亜人達が山に隠れて戦いを挑んで来ないのではどうしようもない、といった所か。・・・ふむ。亜人には優秀な参謀がいるのかもしれん」


 ロビーダはこの時点で、クロ子の狙いが遅滞戦術にある事を、ほぼほぼ見抜いていた。

 そしてその作戦がこちらにとって最悪な戦術である事にも気付いていた。


「それにしても、こちらを罠にかけておきながら、ひと当たりもしないのは解せない。敵と戦って勝っておかねば、自軍の士気が保てないだろうに」


 今回のように、負け癖が付いた軍を率いるのも厳しいが、同じように、逃げ癖の付いてしまった軍というのも、やはり指揮官としては厄介だ。

 攻撃は最大の防御、という言葉もあるように、戦いというのは、基本は「押さば押せ、引かば押せ」。ロビーダの経験上でも、攻めてさえいれば、大抵はどうにかなってしまうものなのである。

 逆に言えば、不必要に受けに回るのは悪手と言ってもいい。

 それでは勝機を逃すばかりか、敵に手番を譲る事にもなるからである。


 ロビーダの常識では、どう考えてもここで敵は攻撃を仕掛けるべきであった。


「まあ勿論、コロセオはそれを狙って待ち構えている訳だが。それを警戒しているのか? しかし、ここが戦場(いくさば)である以上、戦いから逃げていては、いつまで経っても勝ちは掴めない。一体女王は何を考えている・・・」


 ロビーダはしばらく考えていたが、やがて「ふむ」と頷くとヒラリと地面に降り立った。

 そして、今も作業中の味方の部隊に合流するのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 私達は藪の中に潜んで敵軍の様子を伺っていた。

 彼らが落とし穴で作業を始め出してから、もうかれこれ三十分になるだろうか。

 最初は何をやっているのか分からなかったが、どうやら落とし穴を再利用出来ないように潰しているようだ。

 わざわざそんな事をやっていたとはな。敵の指揮官は随分とマメな性格らしい。

 ゲームのダンジョンでは、正解のルート以外も一応全部回っておく派と見た。

 まあ私もそうなんだが。


 そんな作業もそろそろ終わりそうな気配である。

 兵士がいくつかの集団に集められている。

 おっと、敵が行軍を再開する前に、こちらも次の罠の場所に移動しておかないと。――私がそう考えたその時だった。

 クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の誰かが不思議そうに呟いた。


「なんだ? ヤツら荷物を降ろし始めたぞ」

「本当だ。飯にでもするつもりかな?」

『えっ?』


 確かに。良く見れば、一部の兵士が荷物を降ろして何かをしている。

 やがて多くの兵士が同じように荷物を広げると――本当に食事の支度を始め出したのだ。


 えっ? マジで?


 いやまあ、確かにお昼ご飯の時間だから、頃合いっちゃあ頃合いだけどさ。

 ここってお前達の仲間が落とし穴に落ちた場所だぞ?

 普通、そんな場所でご飯を食べようとするか?


 戸惑っているの私達だけではないようだ。当の兵士達も戸惑っているらしい。

 今も何だか落ち着かない様子で、辺りをキョロキョロ見回しながら、お湯を沸かしたり、何かを火で炙ったりしている。


 ・・・・・・ジュルリ。


「・・・おい、クロ子。よだれ」

『お、おう。いかんいかん』


 そういや昨日の夜からロクに食べてなかったわ。

 朝から緊張の連続で忘れていたが、流石にお腹が空いていたようだ。

 出来れば私達もお昼ご飯にしたい所だが、敵に見付かる危険は冒せない。なんだよチクショウ。

 そうこうしているうちに支度が終わったのか、あちこちで昼食が始まった。

 いいなあ、温かいご飯。私も食べたいなあ。


「――携帯食で良ければ食うか?」

『貰おうかしら』


 ウンタが携帯用の保存食を分けてくれた。

 兵士達の食事に合わせて、パクパクと口を動かしてエア食事をしている私を見るに見かねたらしい。

 ううっ。スマンのお。モソモソ。モソモソ。

 ・・・う~ん。別にマズくはない。マズくはないけど、今はコレジャナイ気分。――いやまあ、自分でも贅沢を言っているのは分かってるけど。


 食事がひと段落付くと、兵士達は歌を歌い始めた。

 良く分からんが、あちらの国では誰でも知ってるヒット曲なのかもしれん。

 最初は明らかに歌わされてる感じだったが、歌っているうちに興が乗って来たのか、次第に声も大きくなっていった。

 やがてお調子者が立ち上がると、身振り手振りを交えながらステップを踏み始める。

 なんだコレ。ここだけ見てると、まるでキャンプみたいだな。

 ていうか、私達は何を見せられているんだ? アイツらここが私達の縄張りだって事を忘れているんじゃないか?


『アイツらここが戦場だって事を忘れてるんじゃない? あんなに堂々と食事をした上に歌まで歌うなんて――あっ!』


 そういう事か。

 私は最初から攻撃を仕掛けるつもりなんてないから、うっかりしていた。


 これはヤツらの挑発だ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 指揮官の”双極星”ペローナ・コロセオは、浮かれ騒ぐ兵士達を渋面で眺めていた。

 つい先ほど、”不死の”ロビーダが現れると、兵に食事を摂らせるように進言して来たのだ。

 コロセオは確かに勝手にしろとは言った。だが、まさかこの場で全軍に一度に食事を摂らせるとは思わなかった。

 更にはこのバカ騒ぎである。

 コイツらは敵地で一体何をやっているのか。

 コロセオは兵士達を怒鳴りに行こうとした。

 そんな彼の前に陰気な黒い影が立ちはだかった。


「どうしたコロセオ。そんな剣幕で」

「”不死の”! 貴様、何を考えている?! もしも今、敵襲があればどうなる!」

「敵は攻撃して来んよ。その理由までは分からんが、亜人達は俺達を罠にかけるだけで、戦いは挑んで来ない。もし、ヤツらにその気があるのなら、今まで何度もその機会はあったはずだ。それはお前にだって分かっているだろう? しかし、こうしてヤツらは動いていない。今更、方針を変えて攻撃を仕掛けて来るとは思えんな」

「それは・・・」


 確かにロビーダの言葉は筋が通っている。

 コロセオも、どうにかして敵をおびき出し、直接、戦闘で打ち破ろうと考えていた。今までも何度か隙を作ってみたが、敵は一向にこちらの挑発には乗らず、動きはなかった。


「だが、これはやりすぎだ! 流石の敵もここまでの隙を見せられれば、手を出すつもりがなくても勝手に行動を起こすヤツが出るかもしれん! そうなればどうなる?!」 

「どうなる、か。仮定を論じてもどうもならん。実際に敵は動いていないし、姿すら見せていないんだからな。それより兵達を見ろ」


 ロビーダは背後を振り返った。


「さっきまで病人のような顔だったヤツらが、今はこの調子だ。コロセオ。兵士達はお前のように恐れ知らずの強者(つわもの)ではない。戦いは今日で終わる訳ではないんだ。兵士達に敵に対する苦手意識を持たせないためにも、時には危険を顧みずに豪胆に振る舞う事も必要なんじゃないか?」

「う・・・む。そ、それはそうだが・・・」


 コロセオも、兵士達の士気が下がっている事には気付いていた。そしてその事を危惧もしていた。

 ロビーダの行った策は、確かに奇抜ではあったが、根っからの武人の彼では、思い付きすらしない方法でもあった。


 ロビーダはクロ子の作戦が遅滞戦術である事も、山での戦いに不慣れな敵兵を、心理的に圧迫しようとしている事にも気付いていた。

 ならば敵の狙い通りにさせないためには、兵士達に苦手意識を持たせない事。

 明日、再び進軍を命じられた時、兵士達が山に入るのを躊躇するようにさせない事であった。

 そう。ロビーダは、兵士達に敵地で無防備に食事をさせ、歌を歌わせる事で、相手を呑んでかかる――心理的に相手を上回った気持ちになれる――ように仕向けたのである。


 コロセオはロビーダに返す言葉も無かった。

 だが、ロビーダはコロセオには言っていない事があった。

 それは先程コロセオが危惧した言葉「もしも敵の司令官にそのつもりが無くても、ここまでの隙を見せられれば、勝手に行動を起こすヤツが出るかもしれない」。もちろんロビーダもその可能性には気付いていた。

 だが、彼が異常なのは、「その時は負けてもいい」と割り切っていた点である。


 敵の力も規模も、拠点の場所すら分からない今の状態では、策の立てようがない。

 例え味方が犠牲になったとしても、敵の作戦なり情報なりが得られればそれで問題は無い。


 敵が出て来なければ兵士の士気が上がり、敵が攻めて来れば貴重な敵の情報を得る事が出来る。

 今回は、たまたま敵が攻めて来なかったが、どちらに転んでもロビーダにとって損は無かったのである。

 兵士をただの戦力――数値として考えるロビーダにとって、犠牲とは単なる損失でしかなく、いわば、勝利のために必要な先行投資に過ぎなかったのであった。

次回「メス豚、ホッとする」

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