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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第一章 異世界転生編
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その17 メス豚、王子様と語らう

 敵軍の秘密兵器――暴走竜部隊によって王子軍は壊走した。

 敗れた王子軍は遂には陣地も放棄し、撤退する事になった。

 王子軍の完全な敗北である。


 その夜、私は憂い顔で一人佇む王子様に出会った。

 青い月明かりの下、王子様は私を自分の側に招くと、欲望のおもむくままに私の体をまさぐるのだった。



「意外だな・・・ お前見た目に寄らず剛毛なんだな」


 ブヒッ。お恥ずかしい。

 もう殿下ったら、レディーに剛毛なんて言うものじゃないですわ。


「・・・豚というものに初めて触ったが、こんなに固く毛深いものだとは知らなかった」


 私の背中を撫でながら驚く王子様。


 まあね。豚の毛は案外長くて固いのだ。

 豚毛はブラシの材料にもなっているから、家に持っている人もいるんじゃないかな?


「俺は今日ほど打ちのめされた事は無かった。幼子のように全て投げ出してベッドに逃げ込んでしまいたいほどだ」


 王子様の声に力は無かった。余程今日の敗戦がこたえたのだろう。


「こちらに負ける要素はほぼ無かった。勝てる戦いだったのだ。だが結果はこれだ。わが軍は負け、こうして撤退をしている。全てはあの貪竜の部隊が原因だ」


 王子様の手が止まった。

 私は背中を彼の手に擦りつけて続けるように要求した。

 いや、なんか王子様のぎこちない愛撫が癖になっちゃって。

 王子様は再び私の背中を撫で始めた。

 意外と真面目な性格のようだ。


「一体何だったんだあの部隊は。報告を聞いてもまともでは無かった。あれは俺達の知らない別種の貪竜だったのだろうか? だとすればヒッテル王国はどこであの新種を見つけたんだろうか・・・」


 ふむふむ――あ、手は休めないでね。

 ふむふむなるほど、やはり暴走竜の存在は知られていなかったんだな。

 何となくノリで”敵軍の秘密兵器”なんて言ってたけど、実は誰でも知ってるものだったら恥ずかしいかも、ってちょっと心配だったのよね。いやあ、実際に秘密兵器みたいで良かった良かった。


「確かに今朝の敗戦の切っ掛けを作ったのはあの部隊だ。だが現在軍が撤退している理由は俺にある。あの時、崩れかけた戦線を立て直すためにルジェロが右翼に向かうのを止めるべきだった。陣地まで退却した時、負傷したルジェロを見舞いに出てカサリーニから目を離すべきじゃなかった・・・」


 ポツリポツリとこぼす彼の言葉から、私は王子軍の大体の事情を察した。



 どうやら暴走竜部隊が王子軍の右翼に襲い掛かった時、崩壊しかけた戦線を立て直すために、将軍はわざわざ自分で直接出向いたようだ。

 勇敢な行動だし、有効な方法でもあったのだろう。

 なにせ昔の戦争では、特に兵士の士気が勝敗を大きく左右する要素だった訳だからな。

 彼はここがこの戦いの潮目になると判断したのだろう。

 そしてその判断は彼の予想とは違う形で正しかったと証明されてしまう事になる。


 将軍は不意の流れ矢を受けて落馬、意識不明の重体となったのだ。

 こうして将軍の行動は結果として、右翼の戦線の崩壊、軍の最高司令官の不在、という最悪の事態を招いてしまった。


 ここでいち早く動いたのが王子の兄、次男派のカサリーニとやらだった。


 王子は三男で上に二人の兄がいる。

 二人の兄は次期国王を狙って日頃から色々と政争を繰り返しているらしく、今回の王子の遠征にも色々と彼らの横やりが入ったそうだ。なんとも迷惑な。

 そして、次男王子からの横やりの一環として王子軍に配属されたのが、くだんのカサリーニだったらしい。


 次男派のカサリーニの目的はただ一つ。

 指揮官である王子様の足を引っ張る事である。

 まあ次男派ならそう考えるわな。正に獅子身中の虫。


 それでも将軍が健在だった時にはまだ大人しく言う事を聞いていたらしい。

 無闇に反発して戦の前に後方に下げられでもしたら、彼個人が恥をかくだけでは済まなくなるからだろう。

 下手すりゃ彼を押した次男王子にまで責任が飛び火しかねない。それを警戒したのだろう。


 しかし今朝の戦いで運悪く将軍が負傷してしまった。

 将軍という上位者が不在となった事でカサリーニが好き勝手を始めた。

 彼は早々に部隊を後退させる事で王子軍の動揺を誘った。

 また悪い事に将軍の負傷による指揮官不在と、暴走竜による右翼部隊の戦線崩壊が重なった事で、一概にカサリーニの判断が間違っていたとは言えない状況となってしまった。

 カサリーニはその事実を利用して、今度は配下の部隊を纏めて勝手に撤退を始めたのだ。


 本来であればカサリーニのこの行動は敵前逃亡になる。

 しかし、敗戦のショックと将軍の負傷で弱気になっていた他の将達も彼に同調してしまった。

 王子は懸命に頑張ったのだが、一度撤退に傾いた彼らの心を覆す事は出来なかった。

 こうして王子軍は敗戦を覆すチャンスも得られないまま、あえなく撤退する事になってしまったのであった。



「俺は今日ほど自分の無力さを思い知らされた事は無い。もし俺に力と実力があれば、将達もカサリーニになど従わなかっただろうに・・・」


 俯いて唇をかみしめる王子様。


 まあ貴族達にとって王子様は、親の七光りで軍の指揮官になった生意気な金髪の小僧だろうからな。キ〇ヒアイス。おまえと姉上がいない宇宙は暖かい光が欠けている。

 余裕がある時には大人しく従えても、命がかかった状況では従えなかったのだろう。

 王子様もそれを思い知らされたからこそ、口惜しい思いをしているのだ。


 とはいえ今回は王子様にツキが無かっただけだと思う。

 暴走竜部隊にかち合うなんてどう考えたってイレギュラーだ。

 預言者でもなければあんなのが出て来るなんて分かるはずがない。

 勝敗は兵家の常。勝てると思った戦いに負けるなんてよくある事だ。

 気持ちを切り替えて行こうよ。


「なんだお前、ひょっとして俺を慰めているつもりなのか? 軍の陣地をウロウロしているし、本当に変わったヤツだな」


 ブヒブヒと慰める私の気持ちが通じたのか、王子様は力無く笑顔を見せた。

 ええい、もどかしい。人間に私の言葉を伝える魔法はないんだろうか?

 豚の神よ。私に人語を話せる魔法を授けたまえ。


 そんな風に私と王子様が良い雰囲気(私主観)になっていた時、ふと王子様が何かに気付いて顔を上げた。


「そこにいるのは誰だ!」


 ハッと振り返る私。この匂いは――


「す・・・すみません。立ち聞きするつもりはなかったんです」


 そう、そこに立っていたのはまだ中学生くらいの少年――ショタ坊であった。




「僕はクロ子・・・そこの子豚を探していただけなんです」

「お前は・・・ 村の者か?」


 あたふたとするショタ坊に胡乱な視線を送る王子様。

 あ~、やっぱり覚えて無いのか。


「あ、はい。グジ村のルベリオといいます。殿下にはパーチをお届けした時に名前を覚えて頂きました」

「・・・そうか。あの時の。無論覚えているぞ」


 パッと嬉しそうな表情になったショタ坊。そして微妙な対応をする王子様。

 はたから見ていれば、彼がショタ坊の名前も顔も全然覚えていない事が丸わかりである。


 見るからに面倒くさそうな態度を取る王子様だったが、ショタ坊にしてみれば偉い人とこうして話が出来るだけでも嬉しいのだろう。

 夜目にも分かる程頬を赤く染めて興奮している。

 王子様的にはまたそれが余計に面倒くさかったのだろう。

 ヒョイと私を持ち上げるとショタ坊に放り投げた。


 ちょ、おまっ、何すんじゃい!


 ショタ坊は慌てて私を抱きとめた。

 ショタ坊ナイスキャッチ! そして王子、テメエはアウトだ! 動物虐待!


「わわわっ!」

「ほら、それで用は済んだだろう。明日も早いんだ。今のうちに良く寝ておけ」


 王子は立ち上がるとズボンの土を払ってこの場を去ろうとした。

 その背に向かってショタ坊が叫んだ。


「待ってください! あの、良ければ僕の話を聞いてもらえませんか?!」


 んなっ! ショタ坊お前何言ってんの?!

 ほら、王子が明らかに機嫌を損ねているじゃん。

 どう見たってイラってしてるじゃん。

 無礼討ちされる前に早く謝った方がいいって。早く。


 しかしショタ坊は微妙に空気の読めない子だったようだ。

 まあ、こんな子だからあの女の子ちゃんと付き合ったり、村長の馬鹿息子と友達でいられるのかもね。


 ショタ坊は勢い込んで言葉を続けた。


「ここから少し先にある湿地帯、あそこで敵を迎え撃つのはどうでしょうか?!」

「? 何だと?」


 よもや村の子供が軍事作戦を献策して来るとは思わなかったのだろう。

 王子は立ち止まると、驚きの表情でショタ坊を見つめるのだった。



 物資を積んだ荷車と同行していたショタ坊村――さっきショタ坊が村の名前を言ってたような気がするけど・・・まあいいか――ショタ坊村の男達は、どうしても行軍に付いて行けずに遅れがちになっていたそうだ。

 隊列の最後尾の彼らは、自分達の後ろから敵軍の物見と思われる者が後を付けている事に気が付いたらしい。


「そんな報告、俺は受けていないぞ」

「その、村の者が気付いただけなので・・・」


 ギョッとする王子様。

 もしショタ坊の言う事が本当なら、今にも敵がこの陣地に夜襲をかけてくるかもしれない。

 王子様は今更ながらその危険性に気が付いたのだろう。


「分かった。報告してくれて助かった。礼を言う」


 立ち上がる王子様。ショタ坊は慌てて彼を止めた。


「待って下さい! まだ僕の話は終わってません!」

「お前・・・ 中々図々しいヤツだな」


 王子様は呆れつつも再び腰を下ろした。

 文句を言いつつも、村の少年の言葉を素直に聞くようだ。案外根はお人好しなんだな。

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