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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第六章 メラサニ山の戦い編
189/518

その187 ~魔獣再び~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 メラサニ山の麓に、”双極星”ペローナ・コロセオの率いる三千の仇討ち隊が到着したのは、太陽が西に傾き始めた時刻だった。

 サンキーニ王国の捕虜によって案内されたその場所は、放棄されて野ざらしになった陣地だった。

 第二王子カルメロ率いる魔獣討伐隊が、隣国ヒッテル王国のドルド・ロヴァッティと戦った、あの場所である。


 山は日が落ちるのが早い。ここでモタモタしていると、今夜は直接地面で寝る羽目になってしまう。

 彼らは急ぎ野営地の設営に取り掛かった。

 設営作業と並行して、一部の部隊が周辺の偵察に出された。

 それは行軍中の定常作業(ルーティンワーク)でもあり、特に特別な任務という訳では無かった。

 いつもと違う点があるとすれば、明日から本格的に始まる調査の下調べとして、森林偵察部隊――通称”(ましら)の兄弟”が加わった事くらいである。

 普段通りの偵察任務。しかし、彼らはなかなか戻って来なかった。ようやく戻って来たのは、空が赤く染まり、そろそろ食事の準備が始まろうかという時間になっての事であった。

 偵察隊の帰還により、野営地はちょっとした騒ぎが起こる。

 彼らは、(ましら)の死体を持ち帰ったのだ。




 恰幅の良い大柄な男が、大股で野営地の入り口に向かっていた。

 この仇討ち隊の指揮官、”五つ刃”の一人。”双極星”ペローナ・コロセオである。

 集まっていた野次馬達が慌てて左右に分かれて道を開ける。

 コロセオは兵士達を突き飛ばさんばかりの勢いで、野営地の外――ようやく戻って来た偵察部隊と、彼らの足元に横たわった死体へと近付いた。


(ましら)がやられたというのは本当か?!」


 しかし、偵察部隊の者達は、コロセオの剣幕に怯えて中々返事をしない。

 コロセオは直情的で気が短い。彼は髭だらけの顔を苛立ちで大きく歪めた。

 指揮官の怒りの爆発を恐れて、野次馬達が思わず後ずさる。

 その時、コロセオの背後から陰気な声がかけられた。


「・・・味方の兵士を脅してどうする」

「不死の。そういや偵察部隊はお前に任せたんだったな」


 黒装束の細身の男は”不死の”ロビーダ。

 彼もコロセオと同じく、五つ刃の一人である。

 ちなみに、この部隊に参加しているもう一人の五つ刃、”一瞬”マレンギはこの場にはいない。

 後方の町ランツィで補給の手配を整え次第、合流する予定になっている。


 ロビーダは死体のそばに跪いた。

 異様な風体の死体だ。手が異様に長く、全身が毛皮で覆われている。そして血だらけの顔面は炭で黒く汚されている。

 彼らはロビーダ直属の部下、森林偵察部隊。別名”(ましら)の兄弟”である。


 (ましら)の死体は三つ。

 共通点として、いずれも頭部にすり鉢状の大きな傷が残っている。最初にクロ子に殺されたあの三人だ。

 おそらく即死だったのだろう。全員、驚いた顔のまま息絶えていた。


 ロビーダは瞬時にそこまで見て取ると、偵察部隊の兵士達に向き直った。


「誰かコイツらが殺られた所を見た者は?」


 兵士達は戸惑っている様子だったが、年かさの男が緊張にゴクリと喉を鳴らしながら返事をした。


「いえ、誰も。――その、我々は遅れていましたので」

「・・・・・・」


 ロビーダは黙ったまま、男に説明を促した。

 男の話はこうであった。


 山に入ってしばらくの事。木の上を行く森林偵察部隊――(ましら)の兄弟達に対して、地上を行く兵士達は、山の地形に阻まれて思うように前に進めなかった。

 (ましら)達も、最初は地上部隊に合わせていたが、足を引っ張られ続ける事にうんざりしたのか、じきに彼らだけで先行するようになってしまった。

 兵士達は藪漕ぎをしながら汗だくで彼らを追ったが、身軽な(ましら)達に到底追いつけるものではない。

 諦めてかなり後ろを進んでいるうちに、やがてこの三人の死体を発見したのだった。


「周囲に戦った跡は?」

「いえ、全く。最初はその場に脱ぎ捨てられた毛皮かと勘違いしたくらいです」


 三人は折り重なるように倒れていたという。争った形跡どころか、武器すら抜いていなかったそうだ。

 突然、奇襲を受けて三人纏めてやられたか、あるいは完全に油断していた所に不意打ちを食らったのか。

 死体の下に大量の血の跡が残っていた事と、死体を運んだ形跡もない事から、どこか他の場所で殺されて、ここに捨てられたという訳ではないだろう、との事だ。


「森の中で(ましら)の兄弟を相手に不意打ちだと? それも三人纏めて? 不可能だ」


 ロビーダは眉間に皺を寄せた。

 (ましら)の異名は伊達ではない。

 森の中では彼らは木から木へと、一切地上に降りずに移動する。

 仮に待ち伏せを食らった所で、地上から樹上に向けての攻撃――下から上への攻撃は非常に精度が下がる。

 敵に”二つ矢”アッカム程の強弓の使い手でもいれば話は別だが、アッカムでも(ましら)全員を相手にして無事で済むとは思えない。

 木の上から発見され、あっという間に距離を詰められて、なますに切り刻まれるのがオチだろう。


 ここで一人の捕虜が見張りの兵士に連れられてこの場に現れた。

 まだ若い男だ。彼の名はタウロ。

 彼はイサロ王子軍が降伏した際、真っ先に大モルト軍に取り入った者の一人である。

 タウロはショタ坊ことルベリオの護衛だった男で、今はその時の知識を買われ、双極星コロセオ達、仇討ち隊の案内をしているのであった。


 タウロは顔に卑屈な笑みを張り付かせながら進み出ると、憮然としたままのコロセオに尋ねた。


「あの、なんで私が呼ばれたんでしょうか?」


 コロセオはタウロをジロリとひと睨みしただけで答えなかった。

 額に冷や汗を浮かべたタウロを救ったのは、不死のロビーダだった。


「お前を呼んだのは俺だ。こっちに来てこの死体を見ろ。亜人の兵士に殺られた者だ。この外傷がどのようにして付いたものか良く分からん。ひょっとしてお前に何か心当たりはないか?」

「亜人に?」


 タウロはその顔に驚きと――幾ばくかの好奇心を浮かべながら死体のそばに近寄った。

 彼は最初、死体の異様な風体にギョッとした様子だったが、彼らの直接の死因となった頭部の傷を見ると明らかに動揺した。


「こ、これは、まさか!」

「――何か知っているのか?」

「おい、貴様! 隠すとためにならんぞ!」


 タウロの反応に、コロセオがいきり立った。

 コロセオはタウロに掴みかかりそうな勢いで詰め寄った。しかし、今やタウロはそれどころではなかった。彼は食い入るように傷口を見つめたまま、震える声で叫んだ。


「”魔獣”だ! 魔獣が出たんだ!」

「魔獣だと? 何だそれは?」


 タウロは――というよりも、この国の王都に住む者でメラサニ山の魔獣を知らない者はいない。


 たった一匹でアマディ・ロスディオ法王国の一部隊を壊滅させた、通称、メラサニ山の忌まわしき血の夜。

 この国の第一王子アルマンドの命を奪った忌むべき野獣。

 触れる者全てを切り裂き、敵の体に穴を穿って殺す殺戮の魔獣。


 彼も仲間の兵士達から魔獣の噂は散々聞かされていた。


「魔獣は子犬くらいの大きさの、額に角が生えた黒い獣と聞いています。姿は豚に似ているとも言われていますが、目にも止まらぬ速さで動くので、正確な所は不明です。

 魔獣が殺した者の体には――そう、丁度この死体にあるような、拳大から手のひら大の穴が開いているそうです。討伐隊を指揮されたカルメロ殿下(※この国の第二王子。現在は死去)は、魔法による攻撃だと考えられていたようです。

 魔獣が付近の村を襲ったという話はありません。村人は生活のために良く山に入るそうですが、襲われた者は皆無との事です。

 魔獣が殺すのは騎士や兵士だけです。なぜ兵士だけが襲われるのかは分かっていません。死体に食われた跡は残っていないので、食べるために殺す訳ではないようです。あるいは人間には良く分からない理由で、兵士を殺す事自体を目的としているのかもしれません。

 兵士達の間では、魔獣は冥府神ザイードラの使徒ではないかと噂されています」

「冥府神の?」


 コロセオはムッと眉間に皺を寄せた。

 彼ら五つ刃の名前は、冥府神ザイードラがその手に持つと言われている、命を刈り取る鎌から付けられている。

 彼は自分達が獣と同じ扱いをされているように感じて不快だったのだ。


 タウロは未だに怯えている。こんな場所に来るんじゃなかったと後悔しているのだろう。

 コロセオは「はんっ!」と鼻を鳴らした。


「何が魔獣だ! 魔法を使う? だったら亜人共の女王クロコパトラを仕留める前の丁度いい肩慣らしだ! お前達、何をぼやぼやしている! 魔獣退治に出発するぞ! 山狩りの準備だ! ナメたマネをした魔獣を俺の手で引き裂いてやる!」


 コロセオは腰の剣を引き抜くと、高々と天に掲げた。

 不死のロビーダは、慌てて同僚を止めた。


「――正気か? 今から出れば、途中で日が落ちて山の中で立ち往生するのがオチだぞ」

「うるせえ! やられっぱなしで黙ってられるかよ!」


 コロセオの無計画な勢い任せの発言に、ロビーダは呆れ顔になった。


「ならせめて、残りの(ましら)が戻って来るのを待て。(ましら)のリーダーは有能な男だ。仲間の死体を残して行ったのにも、何かそうしなければならない理由があったのだろう」


 (ましら)の兄弟のリーダーは、不死のロビーダと共に”捨身剣”と呼ばれる剣術を学んだ、いわば同門の先輩後輩の関係にあたる。ちなみにロビーダの方が後輩となる。

 動乱の大モルトでは、いくつかの剣術の流派が広まっている。その中でも捨身剣は体術を中心とする、一風変わった超実戦剣術である。

 リーダーは捨身剣の中でも、特にその体術の部分に魅せられた。

 彼は独自の理論で捨身剣の体術を発展、体系化。自らに厳しい訓練と無数の試行錯誤を繰り返す事で、見事に新しい体術を作り上げた。

 それが”(ましら)”である。


 リーダーの情熱とストイックさ、そして実際に新たな物を生み出したという実績。

 滅多に他人を認めない不死のロビーダだが、この変わり者の先輩の才能は高く評価していた。

 その証拠に、リーダーはロビーダ(後輩)の部下だが、ロビーダはリーダー(先輩)と彼の部下達――(ましら)に、独自の判断で行動する自由を与えていた。


「大体、魔獣の姿も知らないのに、どうやって兵達に探させるつもりだ。(ましら)が戻って来れば連絡する。それまでは兵士に飯でも食わせておけ」

「・・・腹が減っては戦も出来んか。ちっ。分かった。俺は本陣の天幕にいるからよ」


 コロセオは、まだ怯えたままのタウロを引き連れて野営地に戻って行った。

 おそらく彼から、もっと魔獣の情報を聞き出すつもりなのだろう。

 ロビーダは周囲の兵士に死体を片付けさせると、その場で(ましら)達の帰りを待った。


 しかし、いくら待っても、(ましら)は誰一人戻って来なかったのである。


 こうして大モルト仇討ち隊は、戦場に到着早々、替えの利かない貴重な戦力を失う事となる。

 山林に特化した偵察部隊の全滅は、仇討ち隊にとって、後々にまで響く大きな痛手となった。

 偶然の遭遇戦がもたらした結果とはいえ、クロ子ははからずも前哨戦となる戦いで、敵の優秀な目と耳を奪っていたのであった。

次回「メス豚と開戦前夜」

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― 新着の感想 ―
[良い点] クロ子の敵は「殺されるだけのザコキャラ」という書き割りではなく、人間味があるだけに痛ましさがありますね。 今回の戦争からみれば無駄死にと言っていい死に方をしていく仇討ち隊。 理性的に考えれ…
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