その180 ~混乱する王都~
お待たせしました。新章を開始します。
◇◇◇◇◇◇◇◇
サンキーニ王国の歴史に、今まさに終止符が打たれようとしていた。
きっかけは半年ほど前。サンキーニ王国には縁もゆかりもない場所で起きた、小さな戦いから始まる。
場所は中原の三大国家の一国大モルト。その東端。サイラムという町での防衛戦。
攻め込んだのは、こちらも三大国家の一国、アマディ・ロスディオ法王国のコーマック男爵軍。
戦略性も何もないこの小さな戦いは、防衛側である大モルトの圧倒的な勝利で終わる。
この大敗により、現在の地位が危ぶまれた法王国の司教、カルドーゾは、早急に目に見える成果を上げる必要に迫られた。
彼は亜人と呼ばれる希少な野人を捕らえ、法王庁に献上する計画を立てた。
カルドーゾは、以前から昵懇にしていたサンキーニ王国、第一王子アルマンドを仲間に引き入れ、サンキーニ王国の山中に隠れ住む亜人達の確保へと向かった。
この計画は上手くいくかに思われたが、怒れる魔獣と化したクロ子によって教導騎士団は半壊。
カルドーゾはアルマンド王子共々、復讐に燃えるクロ子の魔法で殺されるのであった。
第一王子死す。この報せを受けて、第二王子であるカルメロ王子は軍を率いてクロ子の――魔獣の討伐へと乗り出した。
クロ子に危機迫る。だが、この状況を好機ととらえる者がいた。
サンキーニ王国の敵国、隣国ヒッテル王国の復讐者、ドルドである。
ドルドはわずかばかりの手勢を率いると、カルメロ王子の軍を強襲。
戦いは膠着状態に陥り、両国は増員という形で逐次戦力を投入していかざるを得なくなってしまった。
泥沼と化した現状を打開すべく、サンキーニ王国は第三王子イサロの指揮する部隊を、カルメロ王子救出の切り札として派遣した。
イサロ王子の軍師ルベリオは、亜人の守護者クロコパトラ女王(※クロ子)を説き伏せ、メラサニ山脈を越えて隣国に攻め込むという奇策を決行。
これにより無防備な領地を突かれたドルド軍は、戦線が維持出来なくなり、撤退せざるを得なくなった。
しかし、功に逸ったカルメロ王子は逃げる敵軍を追撃。反撃にあって命を落としてしまう。
サンキーニ王国は国内に侵攻して来た敵を撤退させ、隣国ヒッテル王国は敵国の王子を討つという戦果をあげた。
これで両軍痛み分け、と思いきや。実はこの時、隣国ヒッテル王国はサンキーニ王国側が予想もしない切り札を切っていた。
かねてから親交のあった大モルト。それも最大の権力を持つ”執権”アレサンドロ家に、サンキーニ王国の背後を突くように要請を出していたのである。
要請を受けた”執権”当主は、自分の代わりに、”新家”アレサンドロ家当主に出兵するように命じた。
運命のいたずらと言うべきだろうか?
これら一連の騒動の遠因となったサイラムの町の防衛戦。あの時、軍を率いてサイラムを救い、カルドーゾの軍を散々に蹴散らした男こそ、この”新家”アレサンドロ家当主、ジェルマンだったのである。
”新家”は”執権”の後ろ盾を受けているとはいえ、完全に独立したアレサンドロ家である。
本来であれば、”執権”の命令に”新家”が従う道理は無い。
しかし、ジェルマンはこの依頼を受け、ほぼ全軍となる四万の兵でサンキーニ王国へと向かった。
”執権”の当主は、このジェルマンの行動に不審なものを感じ取った。
彼は監視役として、有力な傘下であるカルミノ・”ハマス”オルエンドロに、ジェルマンの軍と同じ兵数で参加するように命じた。
こうして大モルト軍は八万の大軍へと膨れ上がったのであった。
八万の軍は瞬く間にサンキーニ王国の国境を突破。辺境伯領を抜き、更に東へと進軍を続けた。
この国難にサンキーニ王国国王バルバトスは自ら三万の軍を率いて出陣。
ブラマニ川でジェルマン・アレサンドロの軍と対峙した。
この時、ジェルマンと仲違いをした”ハマス”オルエンドロは、別動隊として本隊から離れて行動している。
この”ハマス”軍と相対したのが、隣国ヒッテル王国との戦いを終えて急遽戻って来た、イサロ王子の軍だった。
しかし、”ハマス”軍四万に対して、イサロ王子の軍は一万。
しかも王子の軍は、ほとんどの兵士は数合わせ。ハリボテ同然の寄せ集めの軍であった。
イサロ王子は、建設途中で放棄された砦の跡地に立てこもって抗戦した。
途中でクロ子達亜人小隊も合流。彼らの協力もあって、カルミノ・”ハマス”オルエンドロの息子、”古今独歩”ボルティーノ・オルエンドロを討ち取るという大金星をあげる。(もっとも、これに関してはほぼクロ子一人の力によるものなのだが)
しかし、イサロ王子軍の善戦もここまでだった。
本隊となる国王軍が、ジェルマンとの戦いに敗れてしまったのである。
国王バルバトスは捕虜となり、イサロ王子にも降伏を命じる命令書が届けられた。
これを知ったクロ子は、夜陰に紛れて亜人全員を連れて脱走。メラサニ山の亜人の村に逃げ帰った。
それから数日後。イサロ王子は”ハマス”オルエンドロの軍に投降したのであった。
こうしてサンキーニ王国は国王と王子、それと従軍していた有力貴族達が全員捕虜になってしまった。
サンキーニ王国は組織として戦う力を完全に失った事になる。
そして―――
サンキーニ王国、王都アルタムーラ。
王城内の宰相の執務室。
国王軍からもたらされた急報は王城を震撼させた。
「――サンキーニ王国軍は敗北。陛下も敵に捕らえられただと?」
それは最悪の知らせと言っても良かった。
国王バルバトスの指揮する軍は敗北。国王と主だった将兵達は全員敵の捕虜になったというのだ。
四賢侯――現在でも現役なのは二人だけだが――の一人、宰相ペドロは、あまりの衝撃に呼吸をするのも忘れてしまった。
サンキーニ王国は今年に入り、第一王子アルマンド、第二王子カルメロと、継承権を持つ二人の王子を立て続けに失っている。
男子で唯一残っている第三王子イサロは、現在、軍を率いて敵の別動隊と交戦中である。(※この報せが届くのと前後して、王子の下にも国王からの命令書が届き、敵軍に投降する事になるのだが)
宰相ペドロは出陣中の国王に代わって、王城の全てを任されていた。
言葉を失った宰相に代わって、彼の部下が、急報をもたらした騎士に尋ねた。
「それで陛下のお命――お体は無事なのか?」
「少しご病気を患われているとの事ですが、ケガ等はされていないと聞いております」
敗戦に加え、国の要である国王までが死亡してしまっていては、国内の押さえが利かなくなる。
この情報は、最悪の事態の中、辛うじて彼らに残された光とも言えた。
宰相の部下は報告者に、「くれぐれもこの事は他言無用」と念を押してから下がらせた。
騎士が部屋を去ると同時に、部下達は一斉にペドロ宰相の下へと殺到した。
「閣下! 我々は・・・この国はこれから一体どうすれば良いのでしょうか?!」
ペドロ宰相は何も言葉を返す事が出来なかった。というよりも、ショックで何も考える事が出来なかった。
確かにペドロは四賢侯に数えられる程の優秀な男だが、どちらかと言えばその能力は交渉や折衝等、外交的な方面を得意としている。
国家存亡の危機に、リーダーシップを取れるような生粋の英雄ではなかったのである。
しかし宰相は、何も考えられないからといって、全てを投げ出すような男でもなかった。
彼は青ざめた顔で無理やり声を絞り出すと、部下達に命令を下した。
「――すぐにこの場に全員を集めろ。今から対策を協議する」
「「「「――はっ!」」」」
全員というのが誰から誰までの事を言うのかは分からない。しかし、部下達は全員はじかれたように部屋を飛び出して行った。
何か仕事をしていなければ――体を動かしていなければ――不安で頭がどうにかなってしまいそうだったのである。
ポツンと一人だけ残されたペドロ宰相は、部下が戻って来るまで、まんじりともせずイスに座ったままでいたのだった。
王城というのは噂話の巣窟である。
国王軍が敗れた報は、瞬く間にほとんどの者の知る所になった。
そしてこの情報が王城から城下の貴族へ、そこから彼らの懇意にしている商人へ、やがては一般の市民にまで広まっていくのに三日とかからなかった。
それほど王都に住む者達は、大モルトの侵略に脅威を感じ、神経を張り詰めていたのである。
この情報に多くの者達は絶望した。また、一部の者達は自分の信じたい希望に縋り付いた。
噂話は悲観論や楽観的な願望で上書きされ、何が真実で何がウソか分からなくなっていった。
王都は混乱の渦に飲み込まれていた。
「陛下の軍を破った大モルトの軍は、もう王都のすぐ西にまで迫っているらしいぞ」
「西から来た行商人が言っていたが、大モルトは降参した貴族の軍を傘下に入れて、今や十万の大軍に膨れ上がっているそうだ」
「実際に見たヤツの話では、地平線の端から端まで大モルト軍が埋め尽くしていたそうだ。それは凄い光景だったらしいぜ」
大モルト軍を恐れて王都を逃げ出す者も中にはいた。しかし、王都に住む多くの者達は、逃げ出そうにも外に何の伝手も持っていなかった。
王都に残された人々は、イサロ王子の存在に僅かな希望を見出した。
「大モルト軍はイサロ殿下の軍を警戒して動きが取れないらしい。今、この王都から軍を送れば、殿下の軍と挟み撃ちにするチャンスなんだ」
「イサロ殿下は大モルト軍の背後を突いて、父親である国王陛下をお救いしたとの話だ。今は戦力を集めて起死回生の戦いに挑む準備をされている所らしいぞ」
今年に入ってから二度も隣国ヒッテル王国の軍を退けたイサロ王子は、彼らの期待の象徴とされるのに相応しかったのだ。
また、王都を捨てて逃げ出した者達も、何か目算があって行動している訳ではない。
王都でジッと待つのが怖い。そんな不安から逃れるために、ただ闇雲に王都から離れているだけに過ぎなかった。
この国のどこに行けば安全で、どこにいれば危険か。それは当の大モルト軍に聞かなければ分からないのである。
王都アルタムーラは、大きな混乱に包まれていた。
しかし、実はこの時点で、大モルト軍の本隊は、国王軍との決戦の場となったブラマニ川の側から動いていなかった。
いきなり三万近くの国王軍を捕虜にしたため、部隊の混乱が避けられなかったのである。
しかし、指揮官のジェルマン・”新家”アレサンドロの目論見はそれだけではなかった。
この稀代の英雄は、この国の国王を手中に収めた事で、早くも次の戦いを見据え、そのための準備に取り掛かっていたのである。
サンキーニ王国を舞台にした一連の戦争は、遂にクライマックスを迎えようとしていた。
せっかく再開したのにクロ子が出ない話だったので、夜にもう一話更新します。
次回「メス豚、敵軍に備える」




