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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第五章 大モルト侵攻編
179/518

その177 メス豚、夜逃げする

 私は割り当てられたテントの中で、雨音をBGMにお芋を齧っていた。

 やがて入り口が小さくスッと開くと、そこからフラリと半透明の濡れクラゲが入って来た。

 クラゲは元々半透明なものだろうって? ノンノン。それは海に浮かぶクラゲの話だ。

 あれは認識阻害(ステルス)機能を使用中の水母(すいぼ)なのだよ。


問題無し(ただいま)

『お帰り水母(すいぼ)。上手く話は聞けた?』


 水母(すいぼ)はワサワサと触手を動かして体に付いた水滴を払うと、最近の彼の定位置――クロコパトラボディーの膝の上にチョコンと着地した。

 するといつものピンク色に戻る。

 これってあれか。美女の膝枕に乗ってピンクになったのか? お主も好き者よのお?


理解不能(なに言ってんの?)。それよりも調査報告(いいから聞け)


 サーセン。

 私はブヒっと鼻を鳴らすと、真面目に水母(すいぼ)の報告を聞く事にした。




『くそっ! マジかよ、最悪だ!』


 よりにもよって、そんな話になっていたなんて!

 水母(すいぼ)が持って来た情報は、私達を崖っぷちに追い詰めてしまうものだった。


 待て待て。落ち着こう。一度、状況を整理するんだ。


 さて、今回の戦い。戦場は二箇所となる。

 先ずは我々が参加している王子軍の戦場。

 ここの相手は、敵の別動隊である。


 この国の辺境伯の領地を陥落させた大モルト軍は、街道を使い、領地との境となる川まで進出。川を挟んで国王軍と対峙した。

 その際、敵は部隊を二つに分けて、その一方を川の上流で渡河させ、国王軍の背後なり側面なりを突こうと試みた。

 これはイケメン王子軍によって妨害されたのだが、敵はなぜか迂回作戦そっちのけで王子軍を追い回し、遂にはこの丘で王子軍と戦う事になってしまったのである。

 正直言って、敵の狙いがさっぱり分からない。ショタ坊も不思議がっていた。


 さて、先程の話にも出た、川を挟んで対峙している敵主力軍vs国王軍。

 双方の最高司令官同士が直接、軍を指揮している事からも分かるように、こちらがこの(いくさ)の主戦場となる。


 戦力比はざっと四対三。少ない方がこちらだ。人数ではやや不利だが、防衛戦という事もあって、逆に地の利はこちらにある。

 そもそも、王国軍にとって勝利条件は敵軍に勝つ事ではない。守り切りさえすれば勝利なのだ。

 サッカーだって守備的な相手から点を取るのは大変なのである――って、なでしこジャパンの試合で解説者が言ってた。

 局地戦においては防衛側が有利。つまり王国軍が有利なのだ。


 さて、その主戦場に最近、大きな動きがあった。

 敵の主力が王国軍を打ち破ったのである。

 王国軍は潰走。指揮官である国王は敵に捕らえられてしまった。

 捕虜となった国王は、敵の司令官の要求を呑み、全軍の降伏を受け入れた。

 サンキーニ王国敗北のお知らせである。

 ・・・マジか。


 てか国王、そこはもっと粘れよ。

 こっちは割と頑張っていたんだからさ。

 私らの参加で、敵に一泡吹かせてやったばかりだってのにさ。


 ・・・いや、違うか。

 使者がやって来たタイミングから考えると、ひょっとして私達が王子軍に合流した時には、王国軍は既に敗れていたのかもしれない。

 そうでなくても、王子軍は敵軍に囲まれて守るだけで精一杯。攻める事も逃げる事も出来なくなっていた。

 もし、その時の状況が国王に伝えられていたとしたら。例えば王子が国王に救援を求めていたとすればどうだろうか?


 大軍に囲まれて王子の命は風前の灯火。

 そんな中での自軍の敗北。そして自分も捕らわれの身に。

 正に手詰まり。降伏を受け入れるのも止む無し。そう国王が判断したとしても仕方がないのかもしれない。


 国王の気持ちは分かる。

 分かりはするが・・・。


『くそっ! どうせ敗けるんだったら、私らが合流する前に敗けとけってーの!』


 そう。私達にとって、この敗北は最悪のタイミングなのだ。


 仮に国王の敗戦が後数日早ければ、私らがたどり着いた時には既に戦闘は終わり、王子は敵の捕虜になっていたはずである。

 そこからどうする事になったかは知らん。助けに動いたかもしれんし、諦めて村に帰ったかもしれん。


 逆に、もしも数日遅ければ、補給に不安のある敵軍は王子軍の包囲を解いていたかもしれない。

 そうなれば、敵は一旦後方に下がって補給を受けたに違いない。

 当然、こちらも追撃はしない。王都に戻るか、国王軍との合流に動いたはずである。


 とにかくハッキリしているのは、我々は王子軍に参加してしまった、という事実だ。

 今や我々は大モルト軍と敵対してしまっている。旗幟(きし)を明らかにしてしまったのだ。

 吐いた唾は呑めない。敵として戦場に立って、相手を殺したという事実は覆らない。

 イケメン王子にとって我々は傭兵みたいなものだが、我々と戦った大モルト軍にとっては同じ敵国の人間である。

 いや、我々は亜人だ。人間よりも立場が弱い。

 敗戦し、弱い立場に置かれてしまった王子軍が、私達を庇ったり助けたりしてくれるはずはない。

 むしろ積極的に私達を相手に差し出して、復讐の矛先を逸らす、というのも十分に考えられる選択肢である。というか、多分そうするだろう。


『何せ彼らにとって私らは亜人――同じ人間じゃないんだからな』


 まあ、クロコパトラ女王は見た目で人間と思われているようだが、亜人の女王を名乗っている以上、同じ穴のムジナだろう。

 ましてやクロコパトラは美人さんだ。のし紙を付けて贈り物にされるのは目に見えている。

 そして戦争の勝者が捕虜の女に何をするかなんて考えるまでもないだろう。


 あ~やだやだ。ゾッとするわ。

 まあ、私が抜け出した後なら、男共がクロコパトラの体に何をしようが、どうでもいいんだが。

 これぞクロ子流忍法、抜け身の術。

 とはいえ、水母(すいぼ)が丹精込めて作ってくれたこの義体を、ラブドール扱いされるのは激しく不快ではあるがな。


 そんな妄想はさておき。

 私はいざとなればそんな感じで逃げればいいし、魔法という切り札だってある。いくらだって逃げ切れるだろう。

 しかし、小隊の亜人達はそうはいかない。

 彼らの魔法は戦いに使えるような物じゃないし、戦闘能力だってそこらの兵士と大差ない。

 多勢に無勢。人間の兵士達に囲まれてしまえば一巻のお終いである。


 ――動けなくなる前に脱走するしか無いか。


 行動に移すなら早い方がいい。

 ショタ坊達も、自国が降伏した事を直ぐに兵士達に告げたりはしないだろう。

 先ずは敵軍に降伏の使者を送り、それが受け入れられ、実際に降伏してからの話になるはずだ。

 もし、敵軍がこちらを騙して攻撃を仕掛けてきた場合、敗戦した事を先に兵士に告げていたら、ろくに抵抗も出来ずに皆殺しにされてしまうだろう。

 卑怯だって? 相手は戦勝国、こちらは敗戦国だぞ。

 真実は闇に葬り去られ、勝者にとって都合の良い形に書き換えられるに決まっている。

 王子が最後まで抵抗したから止む無く殺すしかなかった、とかまあ、そんな所になるんじゃないか?


 今頃、王子はショタ坊達と自分達が生き残るための策を練っている最中に違いない。

 その中には当然、私達を敵に差し出すなんて話も出ているはずだ。

 冗談じゃない。協力しに来てやったってのに、最後は王子軍の保身のための生贄にされるのなんてまっぴらごめんだ。

 私らはお前達のために死んでやる義理はないんだよ。


『そうはいくかってんだ。ウンタ! ウンタはいる?!』


 私の声に、副官のウンタが慌ててテントに飛び込んで来た。


「どうしたクロ子。人間に声を聞かれたらどうする」


 あっと、そういや人間の言葉で喋ってなかったわ。まあいいや。


『それどころじゃないわ。みんなを集めて。全員よ』

「全員? ――分かった」


 私の言葉に、何か緊急の事態が起きた事を察したのだろう。彼は何も聞き返さずテントの外に走り去って行った。

 流石はウンタ。相変わらず頼りになるわ。――さて。


『夜になったらここを逃げ出すわ。水母(すいぼ)、周囲の警戒をよろしく』

了解(かしこまり)


 それにしても、とんでもない事になってしまった。

 この場は逃げ出してどうにかなったとしても、ショタ坊は私達が住んでいる山を知っている。

 新亜人村の場所までは知らないはずだが、大モルトのヤツらの判断次第では、討伐軍が編成され、山狩りに来る可能性も十分にあり得る。

 あるいは、現地部隊としてこの国の軍隊が差し向けられる可能性すらある。


(もしそうなったら、戦場でショタ坊と戦う事になるのか)


 私はお腹に石を飲み込んだような不快感を覚えた。


 ・・・何を今更。私は戦って生き残ると決めたんだ。ショタ坊が私の邪魔をするなら、全力で排除するのみ!

 私は改めて覚悟を決めたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 その日の夜。クロコパトラ女王率いる亜人達の部隊は、ひっそりと移動を開始した。

 負傷したカルネは、どこからともなく入手した荷車に乗せられた。

 幸いな事に、クロ子達の行動に気付いた兵士はいなかった。

 大半の兵士は、久しぶりの休日に満足してすっかり寝入っていたし、夜になっても降り続く雨の音で、移動中の足音はかき消されていた。


 王子軍を脱走したクロ子達は、全員で劣化・風の鎧(ウインドスプリント)の魔法を発動。その快速を生かして大モルト軍の包囲網も難なく突破した。

 こうしてクロ子達は、闇の中を東へと姿を消したのであった。


 それから四日後。王子軍は丘を捨て、大モルト軍に投降するのである。

次回「ブラマニ川の戦い・決着」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 劉備の長坂での逃避行のように亜人の民を引き連れて新天地を目指すことになるのかね…? [一言] 逃げ出した先に復讐心にかられた敵軍と遭遇してこれを撃破してしまい王子が投降出来なくなるようにな…
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