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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第五章 大モルト侵攻編
177/518

その175 メス豚と残念なお知らせ

◇◇◇◇◇◇◇◇


 兵士達が雨の中、休日を満喫する間、イサロ王子は難しい顔をして考え込んでいた。

 王子は彼の軍師となる少年、ルベリオに問いかけた。


「お前は今日、敵の動きが無い事をどう捉える?」


 昨日まで王子の軍は、ずっと防戦一方だった。


 敵が攻める。

 全軍で守る。


 延々とこの繰り返しだった。

 とにかく、敵の方が強くて数が多いのだ。その敵が攻めてくる以上、全力で守る以外に取るべき方法はなかった。

 そこには王子の考えが介入する余地はどこにも無かった。いや、介入しようもない状況だった。


 しかし、今日。大モルト軍は初めて王子に手番を譲った。

 初めて王子に選択肢を選ぶ余裕が生まれたのである。


 ルベリオは慎重に返事を返した。


「分かりません。しかし、敵にも余裕は無いのではないかと思います」

「――理由は?」


 昨日の戦いで捕虜にした敵兵から、敵は軍を二つに割って、半分を兵糧の調達に出した事は分かっている。

 これは二つの意味を持つ。

 一つは言うまでも無く、敵の戦力が半分に減っているという事。

 ただし、半分になっていても、こちらの倍の戦力である事は忘れてはいけない。

 もう一つは、敵が補給の問題を抱えているという事である。


「おそらく、私達が敵の後方基地の物資を焼き払った影響もあるのかと。どうやら敵に与えたダメージは相当に大きかったようです」


 これは、単純に物資の不足以上の意味を持つ。

 なぜなら、後方の物資集積場に攻撃を受け、そして襲撃者が行方をくらましている以上、敵は今まで以上に物資の輸送に兵力を割かざるを得なくなった、という事になるからである。

 つまり敵にとって、今後は「後方だから」と気を抜く事は出来なくなったのだ。


「確かに。ここは大モルト軍にとって敵地。土地勘のない彼らにとって、どこをどう通って我々の軍が現れるかは分からないという訳ですな」


 ルベリオの意見を、壮年の将軍が――”目利きの”カサリーニ伯爵が補足した。


「ならば、今こそこちらから攻め込むチャンス――という訳にはいかんのだろうな?」


 王子の言葉に、ルベリオとカサリーニ伯爵が同時に頷いた。


「兵士は連日の戦いに疲弊しています」

「それに攻めるのであれば、自ら地の利を捨てることになります。今まで大きな被害も無く敵の攻撃を跳ね除けて来られたのは、地の利が完全にこちらにあったからでございます」


 王子はイライラと机を爪で叩いた。


「しかし、攻めねば明日にでもまた敵に攻められるのかもしれんのだぞ」


 敵は補給に難点を抱えている。しかし、それは王子軍にとってみても同じ事だ。

 事前にある程度の物資は持ち込んだとはいえ、それもいつまでももつ物ではない。

 敵は後方から運んで来れば良いが、こちらは敵に取り囲まれていて運び込みようもない。

 むしろ王子軍の方がタイムリミット的には厳しいかもしれないのだ。


 王子は目をつぶってジッと考え込んだ。


 やがて彼はルベリオに尋ねた。


「亜人の女王。あの者の魔法の力でどうにか出来ないのか?」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 雨の中、ショタ坊が私のテントに尋ねて来たかと思えば、急にムチャを言い出した。


「どうでしょうか? 女王の魔法のお力で、どうにか出来ないでしょうか?」


 何を言っているんだお前は? 魔法で軍隊がどうにか出来れば、大モルト軍なんぞを相手にするより先に、この国の方をどうにかしているに決まっているだろうが。

 伊達に魔獣扱いされて、第二王子(だったっけ?)に追い回されたりしていないっつーの。


「それが出来れば世話はないのう」

「・・・そうですか」


 ガッカリするショタ坊。私もガッカリだがな。

 とはいえ、流石にショタ坊も、これがイケメン王子のムチャ振りだという事は分かっていたようだ。

 それでも上司から「いいから聞いて来い」と言われれば、足を運ばない訳にはいかなかったのだろう。

 宮仕えの辛さよのお。


「・・・あの、一緒に来てもらって、今のお話を直接殿下にして頂く訳にはいかないでしょうか?」


 ショタ坊も子供の使いという訳ではない(あ。リアル子供の使いだったわ)。手ぶらで王子の所に帰る訳には行かないのだろう。

 やれやれ、折角の休日だと思っていたのに面倒な。

 まあ仕方がないか。王子の機嫌を損ねて契約を反故にされてもいかんし。

 どのみち、朝からずっとテントの中で退屈していた所だ。ここは目の保養がてら、イケメンのご尊顔でも拝しに行きますかね。


 こうして私は、残念なお知らせをお伝えするために、イケメン王子のテントを尋ねる事にしたのだった。




「女王の魔法でもどうにもならないのか?」

「どうにもならんの。数の力には勝てんわ」


 この雨が明日も続くようなら、自在鞭(ウイップ)の魔法で切り込むという手も――て、やっぱムリだわ。


 自在鞭(ウイップ)の魔法は、水を鞭のように操り薙ぎ払う、という効果を発動する魔法である。

 かつてアマディ・ロスディオ法王国の人さらい軍団、教導騎士団を相手に猛威を振るった魔法でなる。

 その性質上、周囲に十分な量の水がないと使えない。

 あの夜は日中から激しく降り続いた雨で、教導騎士団の野営地は水浸しになっていた。

 今回もこの雨が降り続き、あの夜のような状況になればワンチャンありかも? と思ったが・・・。


(あの日と今回とじゃ、条件が違うんだよねえ)


 あの夜、私は戦いの初手で敵の指揮官の命を奪っていた。

 敵は指揮官を失って烏合の衆と化し、さらに夜の闇は、私という小さな子豚の姿を隠してくれた。

 そもそも教導騎士団は千人程の小規模な部隊だった。

 千人と言えば、現代なら大隊から連隊規模の人数だが、こちらの世界では重火器も無しで機械化もされていない歩兵のみの編成だ。

 そもそも、一万を超える大モルト軍とでは比較にもならない。


 今回、あの夜と同じことをしようとしても、大軍に周囲を囲まれてフルボッコにされて終わりだろう。

 あの時はたまたま条件が私に味方してくれたのだ。まあ、それでも全身に傷を負ってボロボロにされてしまったのだが。


「女王は魔法でいくつも大岩を飛ばしたという話を聞いたが?」

「飛ばしたわけではない。運んで落としただけじゃ」


 最大打撃(パイルハンマ)の魔法の事だな。

 けどあれも、逃げ場のない敵の真上から落としたので戦果が上がっただけで、普通に考えれば、見てから避けられてしまう程度のものだ。

 そもそも、爆弾を落とすのならともかく、岩をいくつ落としたところで、敵に与える被害は微々たるものだろう。

 もし、岩の攻撃が決定打になるのなら、今頃、投石機部隊は各地の戦場で引っ張りだこになっているに違いない。


 あれ? そういえば敵はこちらの陣地を攻めて来ているが、投石機は持っていないのだろうか?

 他国に攻め込んで来ている以上、きっと、攻城戦も想定しているとは思うんだけど・・・。

 今の所、敵が使っているのを見た覚えはないなあ。


 ちなみにかなり後の話になるが、私は大モルト軍も投石機を持って来ていたのを知る事となる。

 とはいえ、投石機を持っているのは敵の本隊で、私達と対峙していた別動隊は機動性を重視していたのか、持っていなかったようだ。


「・・・・・・」


 王子はそれでも諦めきれないのか、無言で黙考を始めた。

 イケメンは悩んでいる姿も絵になるのお。

 さあさ、気が済むまでドシドシ悩んでくれい。どうせ今日は敵は攻めて来ていないんだ。時間はたっぷりあるでな。

 その時、雨でビショ濡れになった兵士が、慌ててテントの中に駆け込んで来た。


「失礼します! 殿下! 使者を名乗る男が参りました!」

「使者だと?」


 王子の眉毛がピクリと跳ねた。


「敵がこのタイミングで何の話だ」


 王子は不愉快そうに顔をしかめた。

 多分、戦が始まる前にも、同じように敵からの使者が来たのだろう。

 王子の表情から見て、居丈高に降伏を迫られた、といった所だろうか。


 しかし、兵士は王子の言葉にかぶりを振った。


「敵軍からの使者ではありません! 使者は国王陛下からの書状を持って来たそうです!」

「なに?! 父上からの?!」


 兵士の言葉に、王子のみならず、ショタ坊とロマンスグレーの伯爵も目を丸くして驚くのだった。

次回「メス豚と国王からの書状」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今日は更新早いね。助かります。 [一言] もしかして本隊(国王軍)のほうが潰走しちゃったとか…。それとも敵軍がそういう偽の書状を用意して王子軍を拠点から動かそうとしてるのやもしれん。クロ子…
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