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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第五章 大モルト侵攻編
172/518

その170 ~攻撃始まる~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 長い夜が明け、太陽が昇ると、堀の向こうのサンキーニ王子軍が騒がしくなった。

 とはいえ、この位置からは土塁に阻まれて全容は掴めない。

 遠目の効く味方の兵が、周囲に向かって何かを叫んでいる。

 流石に声までは聞こえないが、何を言っているかの見当は付く。

 敵部隊が前線に布陣した――防衛のための準備を整えた。そういう事を言っているのだろう。

 今日の戦いが始まるのだ。

 しかし兵士達は、前方の敵よりも、背後から漂う緊張感に落ち着かない気分にさせられていた。


 彼らは一晩中、堀の周囲に大量のかがり火を焚き、埋め立て地に敵兵を寄せ付けないように見張っていた。

 最初は敵も埋め立て地の撤去を試みていたが、その度に大量の矢を受け、這う這うの体で逃げ出した。

 夜が更ける頃には敵の動きは無くなり、その後は静かな睨み合いが続いていた。

 こうして夜が明け、空が白み始めると共に、ようやく陣地の中には弛緩した空気が流れ始めたのだった。


 その空気が変わったのはつい先ほどの事である。

 突然、後方の本陣から騎士達がやって来ると共に、あちこちに布陣を始めた。

 兵士達が戸惑いの表情を浮かべる中、傷一つ無いピカピカの鎧を着た男達がやって来た。

 大モルト軍の将軍達である。


 いつもなら後方の陣地でふんぞり返っているはずの貴族達が、なぜこんな前線に?

 今や兵士達は、眼前の敵よりも、自分達の後ろの将軍達が気になって仕方が無かった。


「来ました! 若様のお越しです!」


 連絡の騎士が駆け付けると、将軍達は一斉に床几(しょうぎ)(※折り畳み式の腰掛け)から立ち上がった。

 兵士達が「すわ、何事?!」と戦慄する中、眉目秀麗たる若武者が、お供の騎士達を引き連れて前線へとやって来た。

 彼こそはこの軍の総指揮官の女婿(じょせい)、”ハマス”オルエンドロの次期当主、”古今独歩”ボルティーノ・オルエンドロであった。




 ボルティーノは髭の大男と談笑しながら歩いている。

 その表情と態度から、二人は気安い関係だと思われた。


「若様にはお恥ずかしい所をお見せしました。どうして仲間同士、みんな仲良く出来ないんでしょうか」

「ははは。俺は気にしていないぞ。それに(いくさ)の前だ。血気に逸るのも当前だろう」


 髭の大男は努めて厳めしい顔を作ろうとしているのだが、元来の童顔が邪魔をして、どう見ても困っている顔にしか見えない。

 彼は”五つ刃”の一人、”フォチャードの”モノティカ。

 フォチャードとは偃月刀(グレイブ)の一種で、刀身の背の部分に鉤が付いている武器の事である。


「それにしたって、若様の前でケンカをするのはやり過ぎです! ”一瞬”も止めてくれれば良かったのに!」

「”双極星”の意地の張り合いは、長年染み付いた二人の本能のようなものだ。マレンギでも止められないだろうさ」


 ボルティーノはそう言うと苦笑した。


 先程行われた作戦会議の最中、五つ刃の双極星の二人――ペローナ・コロセオとペローナ・ディンターが、自分達の下に配備される兵士の数を巡って、言い争いを始めたのだ。


 我の強い五つ刃の中でも二人は特に強情で頑固。時には主人であるボルティーノにすら反発する厄介者でもあった。

 共に同じペローナ(※この世界での極星の呼び名)の名前を持つ二人だが、性格は正反対。

 苛烈で直情的なコロセオに対し、生真面目で融通の利かないディンター。

 年齢も同じなら武勇にも秀でた二人は、昔から良く比較され、出世争いのライバルとしてしのぎを削っていた。

 そんな生活を長年続けていたせいだろうか? 二人は絶対に相手にだけは譲らない困った性格になっていた。

 

「とはいえ二人の武勇は本物だ。それに、あの二人を(ぎょ)し得ないようなら、俺の器量もその程度の物というだけの事だ」

「若様の器量がその程度なんて事はありません! あ、でもそれだと、双極星を認める事になるのか・・・いや、でも・・・うううっ」


 モノティカは童顔を歪めて頭をバリバリとかきむしった。

 ボルティーノは、そんな部下の姿を微笑ましく見守っている。


 モノティカは決して知恵の回る方ではない。――が、彼の単純で裏表の無い素直な性格と、サバサバとした偉ぶらない態度は、やたらとアクの強い五つ刃の中にあって、ある種の清涼剤のようになっていた。

 そのため(くだん)の双極星も、我の強い”一瞬”マレンギも、協調性の無い”不死の”ロビーダも、このモノティカとだけは絶対に揉める事は無かった。

 時には意見を違える事があったとしても、彼らは後で必ず詫びるようにしていた。

 そういう時、モノティカは決まって「もう怒ってないよ」と屈託のない笑みを見せるのだった。

 もし、ボルティーノが自分以外に五つ刃のリーダーを任せるのであれば、この五つ刃最年少の少年以外には考えられない。モノティカはそんな稀有な存在だったのである。


「若様! ご足労ご苦労様です!」

「若様! こちらにどうぞ!」


 先に到着していた将軍達が、ボルティーノに声を掛けて来た。

 ボルティーノは「うむ」と頷くと、モノティカの肩を軽く叩いた。


「今日は期待しているぞ。存分に暴れ回ってやれ」

「はっ!! 絶対に若様のご期待に応えてみせます!」


 モノティカは興奮で頬を染めながら、大きな拳で鎧の胸当てをドンッと叩いた。

 彼は元気良く自分の部隊へと走って行った。

 ボルティーノは、少年の背中を見送ると、ぐるりと陣地を見回した。

 ここからでは見えないが、堀の埋め立て地の前では、モノティカ同様、五つ刃がそれぞれ準備についているはずである。


 ボルティーノは勝利を確信していた。


 勝利のための段取りは整えた。

 こちらには最強の部下達がいる。

 そして敵軍は自軍に比べて二段は劣る格下の弱兵である。

 これで負けるはずがない。いや、最初から勝ちは決まっている。

 後はどう勝つか。

 どれだけ早く、犠牲を出さずに勝つか、の勝負だ。


 理想としては、電撃的に敵前線を突破。勢いを殺さず丘を駆け上って、一気に敵の本丸まで攻め込み、敵の指揮官――イサロ王子を確保する。

 討ち取ってしまってもいいが、おそらく実際に敵軍を指揮しているのは王子ではない。

 王子を確保し、彼の身柄の安全と引き換えに、敵軍の指揮官に降伏を呼びかけるのである。


(最上はこの形だが・・・果たして五つ刃が上手く動いてくれるかどうか)


 もし、敵本陣に最初に到達したのが双極星あたりであれば、武勲に逸るあまり、王子の首を取ってしまう可能性は非常に高い。

 いや。不死のロビーダ辺りも怪しいか。

 一瞬マレンギかフォチャードのモノティカなら、王子の護衛を薙ぎ払い、生かしたまま身柄を確保するだろうが・・・それもその時の状況による。

 逃げられてしまいそうなら、むしろ仕留めてしまった方がいい。

 これ以上、この地に――王子軍に足止めをされ続ける訳にはいかないからだ。


 戦いはこれで終わるわけではない。

 次はサンキーニ国王軍の本隊と。そしてその先には、この遠征軍の総指揮官、ジェルマン・”新家”アレサンドロとの政争が待っているのである。


「あの、若様。何か?」

「いや。何でもない」


 ボルティーノはつい浮かんでしまった苦笑を消し去った。


(まだ今日の戦いが始まってもないのに、もう勝ち方だのその先だのの心配をしているとはな。我ながら気が早い事よ)


 その時、各部隊の伝令が走って来た。


「ペローナ・コロセオ隊、準備良し!」

「ペローナ・ディンター隊、同じく準備良し!」

「マレンギ隊、同じく!」

「ロビーダ隊、同じく!」


 フォチャードのモノティカが準備を終えているのはここからでも見て取れる。

 五つ刃各部隊の準備は全て整った。

 ボルティーノは、大きく頷くと良く通る声で命じた。


「全軍攻撃を開始せよ!」




 攻撃開始の角笛が鳴らされると、各方面で大きな(とき)の声が上がった。

 中でも、激戦地帯となる陣地の大手からは、特に大きな声が上がった。


 堀を埋め立てた五か所の橋を、盾を持った兵士達が二列になって突撃する。

 イサロ王子軍からは矢が射かけられるが、多少の兵士が脱落した所で、怒涛の勢いを止める事は出来ない。

 あっという間に先頭の兵士が土塁に取り付くと、柵を挟んで槍や剣の近接戦闘へと移行した。

 あちこちで柵が引き倒され、兵士達が陣地になだれ込む。


「耐えろ! 敵を押し返すんだ! ここを突破されれば後は無いぞ!」


 指揮官が喉も裂けよと叫ぶが、劣勢は誰の目にも明らかである。

 王子軍の兵士が逃げ出さなかったのは、敵の勢いが激し過ぎて、恐怖で背を向けられなかったためである。


 ブオン!


「ギャアアア!」

「ひ、ひいいっ!」


 土塁の上に立った大男が、大きな偃月刀(グレイブ)を振るうと、周囲に血しぶきが舞った。

 いや、偃月刀(グレイブ)ではない。刀身の背の部分に鉤が付いたフォチャードだ。

 五つ刃の一人。フォチャードのモノティカである。


「行け行け! 立ち止まるな! 一気に押し込め!」


 彼は配下の兵士を鼓舞しながらも、後方の橋を気にしていた。

 所詮は土嚢を積んだだけの簡易な橋だ。今の所は大丈夫のように見えるが、これほどの人数で駆け抜ける以上、いつ崩れてもおかしくはない。

 主人のボルティーノからも、注意をしておくように散々念を押されていた。


(崩れる気配があれば、俺が止めなきゃいけないんだよな。てか、今でも結構揺れてるみたいなんだが、ホントに大丈夫かな)


 モノティカは内心でハラハラしながら後続の兵士達を見守っていた。

 その時、彼はふと不安を覚えた。その原因が何なのかは分からない。

 戦場で高ぶった神経が、本人すら意識しない小さな違和感を、不安という形で拾い上げたのである。


 しかし、モノティカには違和感の原因を突き止めている時間はなかった。

 突然、前線で大きなどよめきが上がったのである。

 彼は背後に振り返ると――予想外の光景に出くわして、ポカンと大きな口を開けた。


「――はあ?! なんだあれ?!」


 モノティカが見た物とは。


 それは空高くに浮かんだ、二つの大きな岩の塊だった。

次回「最大打撃パイルハンマ

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