その169 メス豚と防衛戦(二日目)
私はぼんやりとした頭で、兵士達が外を歩き回る足音を聞いていた。
ていうか、眠い。静かにして欲しいんだけど。
私は自分のテントの中で、ゴロリと寝返りをうった。
我ながら無茶を言っている自覚はある。
なにせ今は朝。そろそろ朝日が完全に昇ろうかという時間だ。
今のうちに食事を終わらせておかないと、敵の攻撃が始まってしまう。
腹が減っては戦は出来ぬ。私の言い分の方が身勝手なのだ。それは分かっている。
けど、思わず愚痴りたくなる程、私は睡眠不足だった。
原因は昨夜の作業にある事は言うまでもない。
昨日の昼間の戦闘で、敵の凄腕”五つ刃”は、こちらの堀の五か所に埋め立て地を作った。
敵軍は早ければ今朝の一発目から、そこを通って攻め込んで来るだろう。
王子軍は敵軍に比べて、兵士の数も、兵士の質も、兵士の装備も、全てがことごとく劣っている。
ぶっちゃけ、まだ負けていないのが不思議なくらいのザコなのだ。
ていうか、負けていれば手伝いになんて来なくて済んだのにな。
私は大口を開けてあくびをした。
『ふあ~あ。う~む、いかんな。どうも朝からテンションがだだ下がりだわ。水母、どこ?』
『朝の挨拶』
『ういーっす、って・・・何その挨拶。てか前から思っていたけど、アンタどこでそういう言葉を覚えて来る訳?』
ピンククラゲがニョロリと触手を伸ばしてペコリと折り曲げた。あれでお辞儀のつもりらしい。
彼は私が寝ている間に、クロ子美女ボディーのメンテナンスを行っていたのだ。
昨日の私は、昼間に戦場で、夜に埋め立て地でと、立て続けに魔法を使用したために、美女ボディーの方にも負荷がかかっていた。らしい。
そこで水母は、今日の戦いに備えて徹夜で調整を行ってくれていたのだ。
人を働かせて、お前はグースカ寝てたけどいいのかって?
水母の本体は、施設の奥に眠る超古代文明のコンピューターだから。
生身の私と違って、睡眠を必要としない、常時稼働モデルだから。安心の一万年連続稼働補償だから。
むしろ止めたら、誰がスイッチを入れ直すんだ? って話になるわな。
『準備万端』
水母は触手を伸ばすと、美女ボディーの身だしなみを整えた。
心なしかいつもより、じっくり丁寧な気がする。
なにせ今日は朝から最前線に出る予定だからな。水母としては、自分の作った作品が衆目に晒される形になる訳だ。
前人類の残したスーパーコンピューターのプライドにかけて、新人類共に見苦しい姿を見せる訳にはいかないのだろう。
『プライド? そんなの存在しない。私は感情を持たない』
そう? 私は結構水母は感情が出やすい方だと思っているけどさ。
まあ、そういう設定で押し通したいのなら止めはしないけど。コンピューターだし、無感情系キャラってのも定番だからな。
その時、テントに誰かが近付いて来る気配があった。
「クロコパトラ女王。起きているか? 人間の子供がやって来たんだが」
この声は副官のウンタだ。
どうやらショタ坊が私を呼びに来たらしい。早いな。何かあったのか?
『分かった。直ぐに出るから、小隊員達を集めといて』
さて。いよいよ本格的な戦闘に介入する時が来た。今日は気が抜けないな。
「ふあ~~あ」
「・・・おい。何度あくびをしたら気が済むんだ」
いつまでもあくびが止まらない私を、ウンタが見とがめた。
仕方がなかろう。出ちゃうものは出ちゃうんだから。
てか、ショタ坊がイケメン王子との食事になんて誘うからいかんのだ。
やけに早く呼びに来たから何事かと思ったら、「食事をご一緒にどうですか?」と来たもんだ。
いやいや、普通に無理だから。
義体という梱包材に包まったまま食事なんて出来ないから。
『理屈の上では十分可能』
マジでか。
水母がフルリと体を震わせた。
この義体は、元々患者の欠損部位を補うものなので、ほぼほぼ人体と同じ機能を持っている。
だから義体でも食事がとれるそうなのだが・・・いや、やっぱ無いわ。ご飯は生身で味わって食べないと。
「ご飯って・・・日頃、森でどんぐりや虫を拾い食いしているアレの事か?」
「あれなら、調理した食事が食べられるだけ、女王の体で食べた方がマシなんじゃないか?」
「ここの飯はまあまあ美味いからな」
小隊員達に正論でフルボッコにされる私って。
散々勝手な事を言いおって。お前らはこの体に入った事が無いから、そんな事が言えるのだ。
ぶっちゃけ、食事の時くらいはここから出たいのよ。外の空気が吸いたいのよ。
さて。我々が何をやっているのかと言えば、ショタ坊の食事待ちである。
イケメン王子からの食事のお誘いを「いえ、結構です」とバッサリ断った私は、小隊員達に囲まれた状態で、ショタ坊が戻って来るのを待っていた。
どうやら王子の中では、ショタ坊が私の担当者というか、お世話係になっているらしく、今日の作戦にも彼に同行するように要請して来たのだ。
まあ別に私らはそれで構わんのだがな。
昨日世話になった(世話をした?)腰曲輪守備隊の元優男君は、私にくっ付いて来たかったようで、悲しい目をしながら副官に引きずられて行った。
あっちはあっちで重要防衛拠点だ。頑張ってくれたまえ。
”二つ矢”アッカムはブッ殺してやったからな。少しは楽になっていると思うぞ。
などと考えていたら、ショタ坊がやって来た。いつもの護衛も一緒だ。
さらに背後には例のロマンスグレーの伯爵様も続いている。
「お待たせしました。それで、クロコパトラ女王のお立てになった作戦なんですけど――」
「是非、私もこの目で実際に確認したいと思いまして」
なに? 伯爵様も一緒に来たいとな?
お目付け役のつもりか? 私の? それともショタ坊の?
私は彼の表情を窺うが、相手は流石は上級貴族。ポーカーフェイスに隠されて、その本心は全く分からない。
案外私の考え過ぎで、さっきの言葉の通り、単に自分の目で戦場を確認したいだけかもしれない。
「――デアルカ。好きにするがいい」
考えても分からない事は、考えるだけ無駄である。
こちらとしても、反対さえされなければ、反対する理由もない。
そもそも私らって、亜人の小集団とそれを纏める小娘だからな。
軍でも偉い人が一緒にいてくれた方が、現場で舐められずに済んでいいんじゃなかろうか?
てなわけでここからは移動タイム。目指すは”大手”。この陣地の出入り口である。
はい、到着。移動タイムの終了のお知らせです。
まあ、道なりに丘を降りただけだからな。
ここは、敵が埋め立てて作った五か所の橋の一番真ん中。
さてさて、敵の様子はどうなっているのやら。おっと、その前に仕込みの具合を確認しておかないとな。
「水母」
『フルリ(了解)』
私はショタ坊達と陣地の指揮官が話をしている間に、土塁の上に移動した。
魔法発動――ふむ。この手応えの無さよ。
これは上手くいきそうだな。
そして対岸の敵兵は――と。
かがり火の後ろには、ここからでも分かる程、黒い燃えカスが山と積まれている。
彼らは入れ代わり立ち代わり一晩中、こちらが埋め立て地を崩さないように見張っていたのだろう。
ご苦労な事である。
私が土塁の上から降りると、ショタ坊が駆け寄って来た。
「女王。言われていた物はあちらに準備出来ているそうです」
「デアルカ」
さて。十分な数は集まったのかな?
私達が案内されたのは、丘のふもと。
そこには一抱えもある大岩が、ゴロゴロと転がされていた。
「大体ニ十個ですか。意外と少ないですな」
伯爵様の呟きに、指揮官が慌てて言い訳を始めた。
「そ、そうはおっしゃられても、あまり斜面を切り崩すわけにもいかず、また、十分な大きさの岩ともなると、ここいらでは中々条件に適した物は見当たりませんで」
伯爵様は片手を上げて指揮官の言葉を遮ると、私に振り返った。
「どうですか? クロコパトラ女王。こちらで足りますか?」
足りるかどうかで言えば足りないが、要防衛箇所は五か所もある。
私の魔力だって無限にある訳じゃないからな。一ヶ所あたりニ十個ならまあまあなんじゃない?
「さての。やってみなければ分からぬ」
「そ、そんなあ・・・」
指揮官は世にも情けない顔になった。
よっぽど伯爵様の機嫌を損ねるのが怖いらしい。
封建社会だからな。さもありなん。
さて。今日の作戦だが、私は昨夜のうちに、現場の指揮官に話を通して貰っていた。
先ず第一に、明日は私も勝手にやるから、そちらも勝手に防衛をして貰う事。
これには当然、異論も不満も出なかった。ぶっちゃけ、私のような怪しい女から、あえて言われるまでも無い事だったからである。
次に、私が許可を出すまで、絶対に陣地から出て攻め込まない事。
一見、彼らが従えるはずもない乱暴な言葉だが、こちらも特に異論も不満も出なかった。
なにせ明日の相手は、”五つ刃”の指揮する精鋭部隊だ。
守るだけでも精一杯。こちらから攻め込むなど、「やれ」と言われても不可能な話だからである。
さて。最後は少し手間と労力のかかるお願いだ。大きな岩を出来るだけ数多くそろえて欲しい。大きさは問わないから、大きければ大きいほどいい。
背後の丘を人海戦術で掘り返せば、いくらでも手に入るだろう。
出来れば分かり易い場所に纏めておいて欲しい。というものだった。
「この三つの要求を呑んで貰えさえすれば、明日は妾の力を存分に振るおうぞ」
指揮官達は呆気に取られていた。
きっと「この女、何を言っているんだ?」とでも思っていたのだろう。
私に協力するともしないとも言わない指揮官達だったが、伯爵様の一言で目の色を変えた。
「クロコパトラ女王の魔法は、非常に大きな力と聞いています。殿下も女王の戦果には期待しておられるご様子。現場の指揮官は女王のご希望に全力で応えるように」
上位者からの命令は絶対である。それがお願いや要望の形をとっていても、「だったらやらない」という選択肢は彼らには存在しないのだ。
彼らは快く(?)、私に協力してくれる事を約束したのだった。
次回「攻撃始まる」




