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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第一章 異世界転生編
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その14 メス豚と負け戦

 王子軍の陣地の中は騒然としていた。


 陣地と言っても、昨日作ったばかりのなんちゃって陣地だ。

 一応簡易な柵くらいは立ててあるものの、とても敵軍を防げるような作りではない。

 後方の物資集積所くらいの感覚だったんだろう。

 まあ最初から長期戦を想定していなかったんだろうし、そりゃそうか。


 ショタ坊は私を抱きかかえたままここまで必死に走って来た後、息を荒くして倒れ込んでいる。

 私はその横でブヒブヒと鼻を鳴らしながら、地面を掘り返しては地中の虫や草の根を食べている。

 なんかスマン。でも他にやる事も無いし。


 こんな時にする話でもないと思うが、豚は満腹中枢が存在しないと言われている。

 実際にメス豚に転生してみて分かった事だが、これは事実だ。

 いくら食べてもお腹がいっぱいになったという感覚は無いのだ。


 とはいえ地球の豚とこの世界の豚が生物学的に全く同一かどうかは分からない。

 少なくとも人間の姿は元の世界と何ら変わりなく見えるかな。

 けど、豚の事は良く分からんからなあ。


 まあそんな訳で、私ら豚は満腹することが無い。つまりは食べ過ぎて動けなくなるまで食べ続けるのだ。

 英語では大食らいの事を「ピグ アウト」――豚のように食べる、と言うそうだけど、さもありなん。

 悪食だし暴食だしでホンマに豚は食欲の権化やで。



 騎士達が兵士に何やら指示を飛ばしている。

 とはいえそれも「柵を強化しろ」だの、「打って出るから武器を持って集まれ」だのと、錯綜している事甚だしい。

 どうやら指揮系統が上手く機能していないようだ。

 相反する指示をあちこちで怒鳴っているのでうるさいったらない。

 なすすべなく右往左往している優柔不断な騎士の姿も見えるな。

 何というか”ザ・大混乱”というやつだ。


 ショタ坊とショタ坊村の村人達は、そんな喧騒から少し離れた場所に固まっていた。

 そんな私らにとっては、前線から下がって来た兵士達の会話が唯一の情報源であった。


「将軍が敵にやられたらしいぞ」

「ああ、それなら俺も見たぞ。騎士が慌てて担いで行ったが、ぐったりとして全然動いて無かった」

「俺はもう死んだって聞いたが」

「王子もやられたんじゃないか? 誰も姿を見てないらしいぞ」

「なんだって?! じゃあこれから俺達はどうなるんだ?!」


 村人達はギョッと目を見開いた。

 戦場からずっと後方に位置していた彼ら(私もだが)は、何が起こっているのか全く理解していなかったのだ。

 まさか軍の最高指揮官がやられているとは思わなかった。


 どうやら状況は想像以上に悪いらしい。

 まあ思うも思わないも、私らに分かっていたのは、早朝から戦いが始まった事と、半日もせずに後方の陣地に全力撤退の命令が出た事くらいだったんだがな。



「将軍が死んだって? なら俺達は負けたって事なのか?」

「そんな、どうするんだよ。こんな場所にいたって敵が俺達を殺しに来るだけなんじゃないか?」


 村人達は額を突き合わせて、仲間と不安を共有している。


 彼らの言う通り、こちらの軍が戦いに敗れて敗走したのなら、当然敵の追撃部隊がその後ろを追っているはずである。

 まだその姿が見えないのは、一目散に逃げたこちらに対して、組織的に追う彼らの方が足が遅いからだと思われる。

 とはいえ、さほど時間に余裕が無いのも確かだ。

 すぐにでも彼らはここに現れるだろう。

 まあ兵士達の話はあくまでも噂話に過ぎない。それが真実かどうかなんて私らには知るすべはないんだけど。


「とんでもない事になっちゃったな・・・」


 ショタ坊が青白い顔で呟いた。

 私はブヒッと鳴いて答えておいた。


 周囲に比べてお前はのんきだなって? まあ私にとっては王子軍が勝とうが負けようが関係ないからね。

 危険というなら、脱柵したあの夜、野犬の群れに囲まれた時の方がよっぽど危険だったし。

 今は敵の姿も無ければ周りには味方の兵士がたくさんいるし。

 これで危機感を持てという方が難しいだろう。


 そんな事を考えている間に、いつの間にか周囲の怒声が収まっていた。

 どうやらこの陣地を強化して敵を迎え撃つ事になったようだ。

 今はその方針で騎士が兵士達を配置している。


 恐竜ちゃんに乗った隊長がショタ坊達の方へとやって来た。

 初日に出会った例の恐竜ちゃんだ。


ブヒッ(オッス)

ギョエッ(やあ)

「貴様達は柵の外に堀を作るんだ! 敵はすぐそこまで来ているかもしれん、急げ!」


 隊長は私と恐竜ちゃんの挨拶を無視して指示を飛ばした。

 まあ、彼には私らの言葉は分からないからな。


 ちなみにこの恐竜ちゃん、なんと私に魔法を教えてくれたあの恐竜ちゃんの息子なのだ。

 最初に知った時には驚いたよ。いやあ世間は広いようで狭いですなあ。


 息子恐竜ちゃんは喋る子豚――私の事をママ恐竜ちゃんから聞いていたらしい。

 話をすると私をママ恐竜ちゃんの所まで案内してくれた。

 恐竜ちゃんとの感動の再会! ・・・やっぱり全く見分けが付かなかったよ。

 まあ、それはそれ。

 しかし、よもや恐竜ちゃんが王子軍にいたなんてね。

 いや、あの時の騎士が王子軍の連絡係だとしたら、恐竜ちゃんがここにいてもおかしくはないのか。


 そんなわけで私は戦場(ここ)まで恐竜ちゃん達に運んで貰って来たのだ。

 騎士達は変な顔をしながらも恐竜ちゃんを止める事は無かった。

 どうやら恐竜ちゃんは全員王家の所有物で、騎士達はそれを貸し与えられて(レンタルして)いる形らしい。

 そのため、彼らは恐竜ちゃん達にあまり強くは出られないみたいだ。

 まあ、恐竜ちゃん達は頭も良いし性格も大人しいから、言えば素直に従ってくれるので、それでもさほど問題は無いのかもね。


 ショタ坊達は騎士から命令を受けると、急いで土木作業の準備に取り掛かった。

 自分達の命も掛かっているのでみんな必死だ。

 彼らが持つのは先の尖ったショベル――いわゆる”剣先スコップ”と呼ばれるものだ。

 木製だが先端には鉄がはめこまれており、村人達は「すげえ! 鉄の農具なんて初めて使ったけど、こんなにサクサク地面が掘れるんだ!」とみんな大喜びだった。何だか可愛いヤツらだな。萌えたわ。


 しかし今から堀を作るのか。そりゃあやらないよりはやった方がいいのは分かるけど、のん気にそんな事をしている時間はあるんだろうか?

 何だか泥縄な気がしないでもないけど、敗戦時というのは案外こんなものなのかもね。


 私は柵の外を大急ぎで掘り返しているショタ坊達を見ながら、ボンヤリとそんな事を考えていた。

 えっ? お前は手伝わないのかって?

 まあ確かに私の魔法なら塹壕なんてみるみるうちに掘れるだろうけど、何で私がそんな事をしなきゃいけないわけ?


 さっきも言ったと思うけど、私にとってはこの戦の勝敗なんてどうでもいい。

 私は軍の一員としてここに来た訳じゃなくて、ショタ坊を無事に村まで送り届けるために来ているのだ。

 それさえ見届ければ、村になんて戻らずにサッサと逃げ出すつもりだし。


 まあ、せめて周囲の警戒くらいはしてやるかな。

 私は物音に耳を澄ませながら、地面にドングリでも落ちてないかと丹念に嗅ぎまわるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 陣地に張られた大きな天幕。その入り口から金髪の少年――第三王子イサロが出て来た。

 彼は肩を怒らせながら大股で歩いている。

 どうやら余程腹に据えかねる事があったようだ。


「撤退だと?! まだこちらの方が兵力は上だというのに全く馬鹿げている! あの腰抜け共が!」


 王子は言葉を吐き捨てながら近くの天幕を訪ねた。

 天幕の入り口には立哨中の騎士がいた。

 あまりの王子の剣幕に彼は驚いた表情を浮かべた。


「将軍はどうしている?!」

「はっ! 只今医師の治療を受けております!」

「意識はあるのだな?! 入るぞ!」


 前線から戻って来たばかりの王子の服は埃まみれだ。

 とてもではないが医者の治療中に入って良い恰好ではない。

 とはいえ医療技術が未熟で防疫観念の存在しないこの世界では、王子の行動は特に問題とも思われなかったようだ。

 立哨の騎士は横に避けると王子に道を開けた。


「ルジェロの容態はどうだ?!」

「これは殿下。将軍閣下の意識はまだ戻られておりません」


 王子の予想は外れ、ルジェロ将軍はグッタリと寝台に横たわったままだった。

 今は医者により矢傷の治療が行われていた。


「あれからずっとこのままなのか?」

「・・・はい。その、将軍閣下はお年を召されておりますので、回復が追いつかないのではないかと」


 王子は苦虫を嚙み潰したような顔になった。


 ルジェロ将軍は崩れかけていた前線に出て、兵士を鼓舞していた所に流れ矢を受けたのだ。

 矢は腿に刺さったので致命傷では無かったが、驚いた馬が棹立ちになってしまった。

 将軍はバランスを崩して落馬、打ち所が悪かったらしく意識を失ってしまったのだった。


「死ぬような事はないのだな?」

「それは・・・ 将軍閣下の宿運によられるかと」


 負傷した意識不明の兵士が気が付いたら死んでいた。戦場では良く聞く話である。

 大きな外傷は見られなくても脳に重い障害を負っている場合もあれば、不意の呼吸不全を起こしてそのまま窒息死する事もある。


 王子は舌打ちを漏らした。


「チッ・・・ ルジェロ抜きでどう戦うか」


 自分の力不足に体を小さくする医者。

 その時、王子の側近が天幕に駆け込んで来た。


「殿下! 急いで本陣にお戻り下さい! カサリーニ様の部隊が撤退を始めました! 他の部隊にも同調する動きが出ています!」


 王子の白い顔が怒りでサッと真っ赤になった。


「カサリーニのヤツめ、勝手なマネを! 馬を用意しろ! 俺が直接怒鳴り込んでやる!」



 イサロ王子は怒り狂ったものの、実績も無くまだ若い彼には、部下を纏める事も兵士達の間に生じた動揺を鎮める事も出来なかった。

 結局王子は陣地を放棄、全軍に撤退を命じる事になるのだった。

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