その148 メス豚、戦場を観察する
魔法使いハリィが、ハイポートの苦しみから逃れるために改造した新魔法。
結論から言うと、この魔法は見事なまでに風の鎧の完全下位互換だった。
ちょっとガッカリ。
そもそも、人間や動物は足だけを動かして走る訳ではない。
体幹がブレないように腹筋や背筋、より早く走るためには腕や上半身の力も使う。
だからだろう。足だけ魔法で強化しても、中途半端な結果にしかならなかった。
苦も無く風の鎧を維持出来る私にとっては、残念ながらハリィの作った新魔法は、全く使いどころのないシロモノであった。
まあ、風の鎧の有用性が証明されただけでも有意義だったと思っとこうか。
しかし、私にとっては微妙な魔法でも、風の鎧を維持するだけの魔力を持たない亜人達にとっては違っていた。
足だけの強化の魔法でも、疲労の軽減と速度上昇の効果があったからだ。
といった使用感が判明した途端。
新兵達は一斉に色めき立った。
「お、俺に教えてくれ!」
「俺にも頼む!」
彼らは一生懸命足だけ風の鎧の魔法を練習した。
はたから見ていても、「なんでそこまで必死なの?」と疑問を覚える程だった。
そして、なんという事でしょう。驚くべきことに彼らはその日のうちに、全員が新魔法を使えるようになってしまったのだ。
マジで?
まだ圧縮の魔法すら、半数以上の人間がマスターしていないのに?
・・・いやまあ、日頃から狩りで野山を駆けまわる亜人達には、たまたま相性が良い魔法だったんだろう。多分?
そして今、物覚えの悪い最後の一人が魔法を発動していた。
「やった! 成功だ! やっと俺にも出来たよ!」
「やったな! 良かった! 本当に良かった!」
「これで全員が風の鎧の魔法を使えるようになったな!」
「ああ! もうハイポートだって怖くないぜ!」
新兵達の頬には嬉し涙が光っていた。
喜びの感情を爆発させ、互いの肩を叩き合う男達。
感極まって天に向かって拳を突きあげる者。大声で雄叫びを上げる者。感触を忘れないように足だけ風の鎧の魔法を使って走り回る者。
まるでスポーツ漫画のワンシーンような光景だ。
てか、あんた達どれだけ必死な訳? ドン引きだわ。
それはそうと、こんな中途半端な魔法を風の鎧とか言って欲しくないんだけど。
足だけ風の鎧なんですが。
いや、ここは新しい名前を考えよう。
そうだな。だったら、劣化・風の鎧で。
「ウインドスプリント!」
「ウインドスプリントか!」
「「「「「俺達の魔法! ウインドスプリント!」」」」」
お前らホントにウザ暑苦しいな!
そんなこんなで、彼らは全員風の鎧の魔法の下位互換、劣化・風の鎧を習得したのだった。
てか、どんだけハイポートがイヤだったんだよ。
しかし、これはクロコパトラ小隊にとって嬉しい誤算だった。
期せずして我々の部隊は高い機動力を得たのである。
そしてこの後、劣化・風の鎧はクロコパトラ小隊の必修魔法となるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
とまあ、そんな事があった訳だ。
そして現在。ショタ坊達の驚きの視線を受けて、クロコパトラ小隊の隊員達は自慢げに胸を張っている。
「馬に付いて行くと言っても、馬だってずっと走っている訳じゃないからな。全然問題無かったぜ」
「ああ。俺達にはウインドスプリントの魔法があるからな。それに訓練の時のハイポートに比べれば、むしろ楽勝だったんじゃないか?」
「ハイポートと一緒にするなよ。走りやすい平らな道だったじゃないか。ハイポートは山だろうが谷だろうがお構いなしだったんだぜ」
「そうとも。ハイポートを経験している俺達にとっては、なんてことのない行程だったな」
何度も比較対象に引っ張り出されるハイポートって一体。
もはやトラウマレベルなんじゃね?
ちなみにショタ坊達の驚きには、亜人達が私の駕籠を担いでいた点も含まれているようだ。
重い駕籠を担いだまま馬に付いて来るんだからな。私なら驚くよりも、気持ち悪いとか思ってしまいそうだ。
ちなみに、当然これにもトリックがある。
水母が魔力操作で浮かせていたのだ。
つまり隊員達は、ほぼ重量の無いスカスカの駕籠を担いでいたという訳だ。
とは言っても、当然、何も担いでいない時よりは走り辛いだろうから、彼らの負担になっていたのは間違いない。
「いつまでも天狗になってんじゃないの。敵の部隊が近くにいるんだから気を引き締めて」
「「「「「てんぐって何だ?」」」」」
天狗の意味は分からないものの、私の言いたい事は伝わったのだろう。ようやく隊員達の顔から浮かれた表情が消えた。
現在、我々は戦場を北に見下ろす山の中にいる。
移動中に街道を封鎖する敵兵が見えたので、それを避けて山の中に入ったのだ。
こうして山の中を移動する事半日。
我々は今いる場所に到着したのだった。
どうやら王子軍は丘に立てこもって防衛しているようだ。
対して敵軍は、周囲をぐるりと取り囲み、四方八方から攻撃を仕掛けている。
現在攻めているのは、敵軍全体の三割程度か?
残っているのは武器を持たない輜重部隊なんだろうか。それにしては数が多すぎやしないか?
あるいは、いくら戦場が広いとはいえ、全軍を投入する程は広くないのかもしれない。
あまりの敵の多さにショックを受けたのか、ショタ坊達の表情は硬く、顔色は悪い。
しかし、私のような疑問は抱かなかったようだ。
後で知った事だが、総攻撃の時は別として、普通は全軍で攻撃するような事はないらしい。
大将や将軍が軽率に動いては、部隊をコントロールする者がいなくなるからだ。
動く時はここぞという時。それ以外の時はどっしりと後方に構えて、攻撃や後退の命令を出しているそうだ。
三国志の武将なんかはずっと前線で戦っているイメージがあるけどな。あれはフィクションゆえの演出だったのか、大昔の中国の戦争は実際にそうだったのか。
ショタ坊の護衛がショタ坊に尋ねた。
「ラリエール様。我々の人数では、あの敵の囲みを突破して殿下の軍と合流するのは不可能です。どうしますか?」
「・・・ひとまずここで様子を見ながら夜まで待ちます。囲みが薄い場所が見つかればそこを突きましょう」
この世界の戦闘は日中にしか行われないようだ。
夜襲もしなくはないだろうが、戦闘において一番恐れなければならないのは同士討ちだ。
それはそうだろう。必死こいて殺し合ったと思ったら、実は味方同士なんて事になれば最悪だ。
湧き上がる恨みや憎しみは敵との戦いの比ではないだろう。
敵に仲間が殺されたのなら、「許せない」「仲間の仇だ」と、怒りは敵に向けて発揮される。ある意味では健全な(?)怒りだ。
しかし、同士討ちの場合、怒りの感情を向ける先が同士討ちの相手――味方となる。当然仕返しをするわけにもいかず、内に籠った不健全な(?)怒りとなる。
その結局、怒りは恨みや不信感、不満の元となり、全体の士気を大きく下げる原因となるのだ。
そんなイヤげな同士討ちだが、昼間でも発生する事があるというのに、視界不良の夜間ともなればその確率は跳ね上がる。
数に勝る敵が、あえてそんな危険を冒すとは思えない。ショタ坊はそう判断したのだろう。
逆に我々にとっては、夜の闇が姿を隠す格好の隠れ蓑となる訳だ。
「皆さんには今のうちに休憩を取らせてください」
「分かりました。おい、見張りを残して休憩だ。準備に取り掛かれ。そこのお前達は近くに水場がないか探してこい」
テキパキと部下に指示を出す護衛隊長。
対して、私達クロコパトラ小隊の面々は手持ち無沙汰でいた。
実はこの行軍中、毎回こんな感じだった。
経験不足の素人軍隊の悲しさよ。我々はこういう時の行動がマニュアル化されていないのだ。
「クロコパトラ女王、水場を探すなら俺達も手伝った方が良くないか?」
「・・・デアルカ」
「亜人のみなさんは山に慣れているでしょうから、手伝って貰えれば助かります」
くっ。ショタ坊に気を使われてしまったわい。
副官のウンタは仲間の何人かに、ショタ坊の部下を手伝うように指示を出した。
こんな事ならマサさん達、野犬の群れを連れて来ておけば良かった。
彼ら野犬は、鋭い嗅覚で水場や獲物を探すのを得意としているからな。
アホ毛犬コマは付いて来たがっていたが、危ないので村に残したのだ。
次いでウンタは第一分隊隊長のカルネに声を掛けた。
「夜まで休むならこの辺を片付けた方がいいと思う」
「そうだな。おい、お前ら」
カルネは仲間に声をかけるとナタで下生えを刈り取り始めた。
「夜になったら移動するかもしれない。あまり念入りにする必要はないぞ」
「分かっているって」
彼らは刈り取った草や大きな石を他所にどけていく。
狩りの時には山で野営をするらしく、彼らの動きは手慣れたものだった。
ショタ坊の部下はというと、馬の汗を拭いたり、塩を舐めさせたりしている。
こうしてみんなが作業をしている間も、ショタ坊は真剣なまなざしで戦場を見つめていた。
う~ん。私は何をすればいいんだ。
私は一人、身の置き所のない状態で、ぼんやりとご飯の時間を待ち続けるのだった。
次回「メス豚、解放感を味わう」




