その143 メス豚、見誤る
旧亜人村。その建物の一つに、私とクロコパトラ小隊の隊員達は集合していた。
彼らと相談したいからと言って、ショタ坊達には席を外して貰っている。
小さな家の中は二十人の男達で立錐の余地もなかった。
私は隊員達にショタ坊との会談内容を話した。
ショタ坊からの依頼。
それはまるで勝ち目のないイケメン王子軍への参加だった。
もちろんそんな話は受ける訳にはいかない。
私は断るつもりだった。
「なんだ、断るのか?」
「当然でしょ。私は隊員達の命を預かっているんだから」
小隊の副隊長、小柄な亜人の青年ウンタが不思議そうな顔をした。
「俺はてっきり受けるものだと思っていた」
「はあっ? あんたさっきの私の話を聞いてなかったの?」
「だってお前、どう見てもあの時、受けたがっていただろう」
どう見てもって、クロ子美女ボディーは完全無表情のクールビューティーなんだが。
あんたに私の何が分かったの? 適当な事を言わないで欲しいんだけど。
「負け戦と決まっているのに、みんなを連れて行く訳にはいかないわ」
「ちょっと待ってくれ」
ここで別の小隊員から待ったがかかった。
「それはクロ子――クロコパトラ女王の魔法でもダメなのか?」
「いやいや、あんた、私を何だと思っているのよ」
敵は四万の大軍勢だ。普通に考えて、私一人が加わっただけでどうこう出来るわけないだろう。
しかし、呆れているのは私だけだった。
小隊員達はむしろ不思議そうな顔で私を見ていた。
「けど、お前はククトと二人で、人間の軍隊に捕まった俺達を助けてくれたじゃないか」
私とパイセンだけで助けた訳じゃない。
あの時は水母もいたし、マサさん達、野犬の群れの仲間もいた。
「敵が四万人って言っても、こっちも一万人いるんだろ? あの時よりも全然大した差じゃないじゃないか」
うんうんと頷く小隊員達。
この時私はハッと気が付いた。
私は見誤っていた。私と彼らの間には大きな認識の違いがある。
思えば今までも、何度か気付くチャンスはあった。
なぜ、彼らはあれほど積極的に水母の手術を受け入れたのか?
なぜ、彼らは私の新兵訓練の時に、文句ひとつ言わずに(※実際はクロ子のいない所では盛大に文句を言っていたのだが)ついて来たのか?
彼らは私の持つ魔法に。私の力に心酔していたのだ。
彼らの私に寄せる信頼は、私の想像以上に強固で重い。
それこそ、私なら四倍の戦力差をひっくり返せると信じ込んでいる程に。
最早、私なら何でも出来ると思っているレベルかもしれない。
村をアマディ・ロスディオ法王国の外道騎士団が襲った日。亜人の男達はあっさりとボロ負けし、最前線で指揮をとっていた村長、モーナのパパも命を落とした。
人間達は男達と村の若い女達を連れ去った。
彼らには人間の奴隷となる運命が待ち受けていた。
男達は打ちひしがれた。尊厳も誇りも打ち砕かれ、未来は閉ざされてしまった。
そんな彼らを助けたのが、私とパイセンだった。
村の男達が全員で戦っても手も足も出ず、殺されるだけでしかなかった人間達の軍隊。
私達はそんな圧倒的な強者から彼らを解放した。
しかも誰一人欠ける事無く。である。
残念ながらパイセンの死という大きな犠牲を払う羽目になったのだが、それすら私に対する評価を下げる要因にはならなかった。
むしろ、満身創痍とはいえ、無事に生きて戻った私に対し、彼らは益々憧憬の念を深めたのではないだろうか。
先日、私は村の男達の要望に答えて、追加で希望者に水母手術を受ける事を許可した。
私としても戦力の補強は必要だったし、てっきり、彼らはカルネ達クロ子十勇士が持ち帰った略奪品を羨ましいがっているものとばかり思っていたからだ。
だが、私は勘違いしていた。
彼らは略奪品を羨ましがっていたんじゃない。
私と一緒に戦場に行った仲間が羨ましかったのだ。
「クロコパトラ女王。何を悩んでいるのかは知らないが、俺達はあんたの部下だ。あんたが戦えと命じれば俺達は戦う」
「ああ。お前とククトが助けてくれなきゃ、どうせ俺達は人間の奴隷になっていたんだ。ここから遠く離れた知らない土地で、惨めたらしく野垂れ死にしていた訳だからな」
「スイボの手術を受けた時から覚悟は出来ている。俺達は村の連中を代表してお前に恩を返すためにお前の部下になったんだ」
「あんた達・・・」
くそっ。なんだよ、鼻水が垂れて来ちゃったじゃないか。
もう大人のレディーなのに。
まあ、私は今もクロ子美女ボディーの中にいるので、誰にも見られる心配はないんだがな。
最後に全員を代表してウンタが言った。
「クロコパトラ女王。もしも俺達の事を気にしているのならその必要は無い。お前はお前のやりたいようにやってくれ。それに、これは俺達だけの話じゃない。村の誰に聞いても同じ事を言うはずだ」
みんな・・・
既に何度も話し合っていたのかもしれない。誰一人、ウンタの言葉に不満そうな顔をする者も、異を唱える者もいなかった。
私は私の肩に彼らの命が重くのしかかって来たのを感じた。
しかしそれは、力強く私の背中を押してくれる手でもあった。
「・・・みんなの気持ちは分かった。いや、分かったと思う」
私は全員の顔を見回した。
「それでも、やっぱり私は今回の件は受けるべきではないと思う」
でも――
「でも、私は受けたい。
理由は・・・ゴメン。ここではちょっと言えない。
けど、自分なりに理由はあるの。その理由で私はショタ――あの人間の子供の要請を受けたいと思っている。
それでも、あくまでもこれは私の個人的な感情で、あんた達や村のみんなの事を考えれば、受けるべきではない。そんな事は分かっている。
だからこれは私のわがままに過ぎない。自分でもそれは良く分かっている。だから諦めるつもりだった。そうする方が正しいと分かっていたから」
私は何を言っているんだろうか?
感情が先走り過ぎて、話が支離滅裂になっていやしないだろうか?
みんなには通じているだろうか?
「――だから諦めた。そのはずだった。けどあんた達にそんな風に言われたら。そんな風に認められたら、諦められなくなっちゃったじゃない」
「別に諦める必要はないだろう」
「そうとも。要は勝てばいいんだ」
なんだよチクショウ。
だったら言葉に甘えちゃうぞ。いいんだな?
「――分かった。今回だけだから。この一度で彼からの借りを全部返した事にする。
だから今回だけは私のわがままに付き合って頂戴!」
「「「「「サー! イエッサー!」」」」」
だからその返事はもう・・・まあいいや。
さあ、クロコパトラ小隊の新兵共! 戦いの始まりだ!
◇◇◇◇◇◇◇◇
通りを挟んだ別の家の中では、ショタ坊ことルベリオが護衛の騎士達に囲まれてテーブルに座っていた。
「女王は我々に協力してくれますかね?」
「・・・分かりません」
隊長の問いかけに、ルベリオは小さくかぶりを振った。
女王クロコパトラは、彼の提案を亜人達と協議しているはずである。
ルベリオは正直言って厳しいと考えていた。
「しかし、少々意外でした。女王はもっと自分の力に絶大な自信を持っているものと思っていました」
「それは・・・実は私もそうです」
そう。そこがルベリオが大きく見誤った点である。
ルベリオはあれほど強力な魔法を使うクロコパトラ女王なら、さぞ自分の力に絶大な自信を持っている――悪く言えば天狗になって力に溺れている――だろう、と考えていたのである。
しかし、女王は冷静に敵との戦力差を図り、ルベリオの甘言に乗って来なかった。
それどころか、逆に見通しの甘さを手厳しく叱責した程である。
「こちらからの報酬を吊り上げるために、敢えて厳しい態度を取ってみた――なんて事はありませんよね?」
「そう・・・なんでしょうか? 私の目にはそういうふうには映りませんでしたが」
あの時、クロコパトラ女王は本気で席を立つつもりに見えた。
咄嗟にルベリオが止めなければ、間違いなくそうしていたのではないだろうか?
その後、クロコパトラ女王はいつもの口調を崩して、ルベリオに親身になって忠告してくれた。
あの態度が全てブラフだったとは信じ難い。
ルベリオはカップの白湯をチビリと飲んだ。
「しかし、ある程度はクロコパトラ女王の理解は得られたと思います。一度ではダメでも何度も話す事で参陣してもらいたいと思っています」
会見の最後、クロコパトラ女王の心は揺れ動いていた。少なくともルベリオにはそう感じられた。
興味が無いのならば、あの時断れば良かったのだ。部下と協議をする意味など無いだろう。
ルベリオ達に残された時間は少ない。
仮にクロコパトラ女王の協力を取り付けたとしても、戦場に間に合わなければ意味は無いのだ。
ここでこうしている今にも、イサロ王子の軍は既に敵に敗れて敗走しているかもしれない。
最悪の予想に、思わずルベリオの手が震え、カップの中の白湯が揺れた。
・・・いや。自分の手の届かない場所の事をあれこれ思い悩んでも仕方がない。
今は自分の出来る事を全力で行うだけだ。
ルベリオは湧き上がって来る不安を懸命に押し殺した。
「! 亜人達が家から出てきました!」
外を見張っていた護衛が声を上げた。
亜人達のざわめき声が届く中、家のドアがノックも無しに開かれた。
護衛達にサッと緊張が走る。
ドアを開けたのはクロコパトラ女王の横にいた、小柄な青年亜人だった。
青年はややぶっきらぼうに告げた。
「クロコパトラ女王が話の続きをしたいそうだ」
「分かりました。すぐにうかがいます」
ルベリオは隊長に目配せをするとイスから立ち上がった。
会談の再開である。
次回「メス豚とルベリオの衝撃」




