その142 メス豚、心揺れる
どうやら現在、この国には隣接する大国の軍が押し寄せている模様。
敵は大陸の三大国家の一つ、大モルト。
その中でも、”新家”アレサンドロと呼ばれる貴族の軍らしい。
”新家”アレサンドロは、数あるアレサンドロ公爵家の中でも一番のザコとの事。
と言っても、それはあくまでも大国・大モルトでの基準。
貧弱なこの国の軍にとっては、全力で当たらなければならない程の大軍であった。
この火急の事態に対し、現在、敵の本隊には国王軍が。
別動隊にはショタ坊と彼の上司のイケメン王子の軍が対応しているらしい。
国王軍方面は戦力的にはほぼ互角。
王子軍は戦力の補強のために、ショタ坊を使者に立てて私への参陣を求めたのだった。
さて。ここまでの大まかな事情は分かった。
いやまあ、ショタ坊から話を聞いただけで、実際の所は分からんのだが。
自分達にとって都合の悪い事は、当然、言っていないだろうしな。
では次は具体的な話を聞こうか。
先ずはイケメン王子の戦力。それと、軍における私の待遇と、王子が私に何を望んでいるか、だ。
「イケメン――王子の軍の兵力は?」
「約一万となります」
ほほう。一万か。
私は少しだけ感心した。
この世界に来て、万単位の軍なんて初めて聞いた。中々頑張ってるじゃないか。
格上に攻め込まれている以上、出し惜しみをしている余裕は無い、といった所か。
「それで、敵の別動隊とやらの兵力は?」
「正確な数は不明ですが・・・さ、三万から四万かと」
はあっ?! おまっ、バカにしてんのか?!
三倍以上の敵と戦うって?! そんなのハナっから勝てるわけねえだろうが!
私に負け戦に手を貸せと? 帰れ帰れ! 話にならんわ!
私はウンタに会談終了の合図を出した。ウンタは外の隊員に声を掛けるために腰を浮かせた。
「――じゃあな。頑張れよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! お待ちを! 女王の魔法の力が無ければ、どうやって殿下の軍が勝つ事が出来るでしょうか?!」
どうやって勝つのかって? 知らんがな。
てか、魔法があったって勝てないって。相手は四万だぞ四万。
ショタ坊はこの国の人間だから、死地にだって向かえるのかもしれんが、私らには関係ないから。
負けると分かっている戦いに手を貸す義理はないから。
・・・あ~、そういや、山越えに協力した時の報酬をまだもらってなかったんだっけ。
ここでイケメン王子が負けたら取りっぱぐれになるのか。
うむ。それもまたやむなし。私から王子への香典とでも思っておくか。
「どうやったって絶対に勝てないって。命あっての物種なんだから、あんたも変に王子に義理立てしないで自分の命を大事にした方がいいわよ。村ではお爺さんやお婆さんがあんたの帰りを待っているんでしょ」
思わずキャラ付けを忘れて、素の言葉で忠告してしまったがまあいいや。
常識的に考えれば、別動隊ですら四万もの軍勢を出せる国を相手に、日頃は五千や六千で隣国とチマチマ戦争をしていたこの国が戦いになる訳が無い。
圧倒的な数の力に押しつぶされて終わりである。
士気や根性? そんなもんで戦争に勝てるなら、日本人のご先祖様は米国に負けやしなかったんだよ。
お爺さんお婆さんという言葉に、ショタ坊はハッと息を飲んだ。
彼は少しの間ためらう様子を見せたが、小さくかぶりを振ると正面から私を見据えた。
「こちらの要請はクロコパトラ女王の殿下の軍への参陣。その見返りとして、そちらが要求する条件の提示をお願いします」
「条件も何も、負け戦に手を貸す義理はないって――」
「私が必ず聞き届けます。だからそちらからの条件の提示をお願いします」
「ダメよ。そもそもあんたにそんな権限は無いでしょうが」
「絶対に聞き届けます。条件の提示をお願いします」
「・・・・・・」
「条件の提示を」
コイツ・・・。
私は頑固なショタ坊にイラッと来た。
ショタ坊は一歩も引かない覚悟を決めているらしい。
息も詰まりそうな空気の中、ウンタが私に振り返った。
本当に外の隊員に声をかけて良いのか迷っているのだろう。
私はショタ坊に向き直った。
「出来もしない事を言うもんじゃない。あんたにはその権限は無い。もしも王子が私との約束を破るように言ったら――王子にとって私との約束を守るよりも、切り捨てる方が利があると判断したら、それでもあんたは私との約束を優先出来るの? 王子の命令を破ってでも守ると言い切る事が出来るの?」
「・・・それは」
言い切る事なんて出来まい。
宮仕えとはそういうものだ。
上司が黒と言えば白い物でも黒と言わなければならないのだ。
しかしショタ坊の返事は意外な物だった。
「――出来ます」
「馬鹿言え。出来るわけないだろ」
「いいえ。出来ます」
意地になっているのか? まるで子供だ。――そういや子供だったわ。
「――女王。この国は大陸の三大国家と言われる国々に挟まれる形で存在しています」
? 何を今更当たり前の事を。
いや、ショタ坊は腹を割って話そうとしている。
いいだろう。言ってみろ。
「三大国家の力に比べれば、この国は弱小の小国です。それでも国が滅びないためには、三大国家に匹敵する――いえ、三大国家に手を出すのをためらわせるだけの軍事力が必要です。しかし、国力で大きく劣るこの国が、三大国家に匹敵する軍事力を持つ事は不可能です」
まあ理屈だな。
数は力なり。
近代的な軍隊なら、国力の不足を最新兵器で補う事も考えられる。
例えば地球でも、第一次中東戦争の時、15万のアラブ諸国軍に対して、イスラエル軍は3万弱の兵力で勝っている。
しかし、この世界では動員できる兵の数と戦力とがニアリーイコール、ほぼほぼ同等だ。
装備や兵の練度で補う事も出来るだろうが、それすらも国力と直結している。
互いに同じように軍隊を作れば、当然、より国力の大きな方が強くなる。それが道理だ。
そして現実の戦場はアニメやゲームとは違い、圧倒的な強者が戦況を左右する事など出来ない。
数の力がそのまま戦力となるのである。
私? 私は人間と違って魔法が使えるからな。例外ってヤツだ。
「しかし、この国には”例外”が存在します。それは魔法を使える存在。クロコパトラ女王、あなたです」
ショタ坊の心を読んだかのような言葉に、私は一瞬ドキリとした。
「女王の魔法には、戦場を支配するだけの力がある。私はそう考えています。繰り返しますが、我が国の軍だけで三大国家に対抗する事は出来ません。しかし、女王の理外の力が加われば決して不可能ではなくなります。いえ、女王の力無くしては絶対に敵うはずがありません!」
私は軽くショックを受けていた。
確かに私は、私の魔法の有用性を見せるために、山越えと砦攻めに協力した。
ショタ坊はたったあれだけの出来事で、ここまで私の魔法を評価したのだろうか?
――いや。ショタ坊はクロコパトラの存在を知る前から、亜人達の力を借りにこの村へと訪れていた。
最初から彼は”魔法を持つ者達”を――”魔法部隊”を、戦力に組み込むつもりだったのだ。
よもや私以外に魔法部隊の可能性に気付いた人間が、それもこんなに身近にいたなんて・・・。
「私はこの国が生き残るためには、絶対に女王と亜人のみなさんの魔法の力が必要だと考えています。仮にそのために一時殿下の不興を買う事があっても・・・いえ、完全に殿下のお心に逆らう事になっても、女王の力をお借りする事こそが、必ず最後には殿下のためになると信じています」
ショタ坊は、例え主を裏切る事になっても、自分の行動こそが最終的に主のためになるのであれば、その道を行くと。つまりはそう言いたい訳だな。
自分の保身よりも、主人の利益を優先すると。
立派な忠誠心だ。考え方としては十分に好感が持てる。
本気で言っているというのも伝わって来る。
だが弱い。
しょせん口先だけの言葉だ。
実際にその場に立たされた時に、本当に言ったような行動をするという保証はどこにも無い。
しかし・・・。
正直に言おう。私はショタ坊の言葉に心が揺れていた。
ショタ坊の言葉は何一つ実績を伴わない空理空論。なんら当てにならない誇大広告だという事は分かっている。
だが、私の心は、こうしている今も、無意識のうちに彼の言葉に従う利点を探していた。
そもそも、ここでショタ坊の申し出を断れば、王子軍の勝ち目はほぼゼロになるだろう。
ひょっとして今日がショタ坊との今生の別れになるかもしれない。
・・・・・・。
くそっ。私はなんて甘ちゃんなんだ。
自分でも全くイヤになる。
私は困っている知り合いを見捨てたくないのだ。
いや、ショタ坊はただの知り合いじゃない。赤ん坊豚のころから私を育ててくれた恩人だ。
ガチムチから命を救ってくれた事だってある。
そうだ。ショタ坊はただの知り合いじゃない。私の命の恩人だ。
――パイセン。
私と同じく、運命のいたずらに翻弄され、この異世界に転生してしまった日本のアニメオタクの元フランス人。
ここでショタ坊を見放せば、パイセンに続いて今度はショタ坊が死んでしまう。
そうなれば私は恩人を、この異世界での数少ない身内とも呼べる関係者をまた失ってしまう事になる。
それでいいのか?
「・・・考える時間が欲しい」
「分かりました」
ショタ坊は私の言葉を受け、護衛の男と連れ立って家から出ていった。
次回「メス豚、見誤る」




