その133 メス豚と魔法訓練
若さって素晴らしい。
新兵達は昨日、あれほど死にそうな顔をしていたというのに、一晩寝ただけで見事に回復。
今は元気な姿を私の前に見せている。
厳しい試練を乗り越えた事が、確かな自信に結び付いたのだろう。彼らの顔付はどことなく引き締まり、精悍になったように見える。
もう何があっても一歩も引かない。この世に自分達が恐れるモノなど何も無い。俺達は誰の挑戦でも受ける。厳しい訓練だってどんと来い。
彼らの表情からはそんな頼もしさを感じさせた。
(※個人の感想です)
今まで心を鬼にして鍛えた甲斐があった。
私は確かな手ごたえと、大きな満足感に満たされていた。
『みんな、今日までよく苦しい訓練に付いて来てくれた!』
「「「「「えっ?! サ、サー! イエッサー!」」」」」
それは自然に私の口を突いて出た、掛け値なしの本心だった。
しかし新兵達にとっては余程意外な言葉だったようだ。彼らは一様に戸惑いの表情を浮かべた。
そういえばいつも訓練の時は罵倒するだけで、褒めたり認めたりは一度もしていなかったっけ。
あちゃあ、失敗したかな? まあいい、今更無かった事には出来ないし、このまま行こう。
『誰一人欠ける事無く、今日の日を迎えられた事を私は嬉しく思う!』
「「「「「サーッ! イエッサーッ!」」」」」
私の言葉から何かの予感を感じたのだろうか?
彼らの顔に興奮で朱が差した。
士気も上がっているし、これはこれで悪くない傾向かも?
『お前達はウジ虫だ! しかし、お前達は自身の行動で、自分達が兵士になる可能性を秘めたウジ虫である事を証明してみせた!』
「「「「「サァーッ! ィイエッサァーッ!」」」」」
みんなの興奮が止まらない!
おおっ。良いテンションだ。だったらここでダメ押しをしちゃうぞ。
『喜べ! いよいよ今日から魔法訓練に移るぞ!』
「「「「「ボソッ(あ。そっち) サ、サー イエッサー(※明らかな失意と失望の声)」」」」」
何だろう。急に彼らからやる気という名のオーラを感じなくなったんだけど。
ガチャで大当たりの演出が来ての、テンション爆上がりからの、ハズレ枠の装備SSRが来てメチャクチャへこんだふざけんな。そんな顔にしか見えないんだけど。
私の背中のピンククラゲが、触手でトントンと私を叩いた。
何? 水母。
『鬼教官』
あんたよっぽどそのフレーズが気に入ったのね。
鬼教官はそこはかとなく満足そうだ。
『鬼教官、否定。鬼教官』
どっちでもいいわ。
それはさておき、彼らのテンションが上がろうが下がろうが、魔法の訓練をさせるのは既定路線だ。というか、魔法を使わせるために水母に頼んで魔力増幅装置を移植してもらったのである。
私がこれから教える魔法が使えるようになって、彼らは初めて魔法部隊と呼べる存在になる。
よって、ここで訓練を終わらせるという選択肢はあり得ない。
諦めて私の命令に従って貰おう。
私が新兵達に覚えて貰う魔法。それは私が開発した圧縮と名付けた魔法だ。
今は亡き角イタチのスタングレネードの魔法が元になっている。
スタングレネードは、元の世界で使われていた、炸裂と共に大きな爆発音と強烈な閃光を放つ、非殺傷性の兵器の事を言う。
怪我をさせずに犯人を麻痺させるために開発された兵器で、人質の救出や暴徒鎮圧、対テロなどの牽制制圧に用いられている。
角イタチの魔法は、そのスタングレネードと同様の効果を発揮するものだったが、魔法の発動条件の性質上、自爆攻撃必至の使い所の難しい魔法であった。
それを私が独自にアレンジ。新たに生み出したのがこの魔法となる。
『では全員注目。いくわよ。圧縮』
パン!
「わっ!」「うおっ!」「な、なんだ?!」
突然の大きな音に驚く新兵達。
『今のが圧縮の魔法ね。空気を限界まで圧縮する、という効果を発動する魔法よ』
圧縮の魔法効果は極めて単純な物だ。というか、誰にでも扱えるようにあえてそうなるように作った。
それはさっき私が言った、”空気を限界まで圧縮するという効果を発動する”というものである。
『具体的にやり方を説明するわね。まず最初に空間の一点を定める。圧縮の魔法を発動すると、周りの空気を吸い込んでどんどんとその点の密度が上がっていく。やがて圧縮率が限界を超えると魔法が壊れ、圧縮された空気が一気に解放されてさっきみたいな大きな音が鳴るってわけ』
そう。圧縮の魔法は文字通り圧縮するだけで、さっき大きな音が鳴ったのは副次的な物でしかない。
『どの程度圧縮できるかは、空間の体積――ええと、どのくらいの小ささに圧縮するかにもよる。体積が小さいとさっきみたいに限界を超えて魔法が壊れるけど、大きいと魔法が壊れる前に魔法の効果が尽きて、空気は解放されて元に戻る』
ええと、風船を思い浮かべてもらいたい。息を吹いて風船を膨らませてみようか。
風船の大きさが小さければやがて限界を迎えて破裂する。
けど、風船のサイズがバラエティー番組に使われるような特大のものだった場合、風船が破裂するより先にこちらの肺活量が限界を迎えてしまう。
風船のサイズが空間の体積で、肺活量の限界が魔法の効果時間の限界、というわけだ。
この魔法の効果時間は約一秒。一秒後には魔法発動のための魔力が尽きて圧縮効果は無くなる。
『基本的には圧縮限界を超えて破裂させてもらうから。というよりも、この魔法は空気を破裂させるために作られた魔法と考えてもらえばいいから。どの程度の空間のサイズが適切かは、本人の魔力量も含めて感覚的な物もあるし、自分で試行錯誤してみて頂戴。ただし、あまり小さなサイズだと流石に意味が無いからね。目安として大体、豆くらいの大きさは必要だと思ってもらえればいいかな』
豆もそら豆と小豆では結構なサイズ差があるけど、この村で主に食べられているのは元の世界の大豆によく似た豆だ。
あれくらいの大きさがあれば多分、問題無いだろう。
私の言葉に男達は戸惑った顔を見合わせた。
『それじゃ開始!』
・・・私が号令をかけても、男達は顔を見合わせるばかりで誰も動かない。
それはもういいんだってばよ。早くやれって。
ウンタが心底困った顔で私に尋ねた。
「すまん、クロ子。どうすればいいのかさっぱり分からないんだが」
そういえば新兵達の「サー、イエッサー」以外の声を聞いたのって久しぶりかもしれない。
あ。ハイポートの時の掛け声もあったか。まあそれはいいや。
それよりも今、問題なのは、彼らが誰も私の言った魔法が使えないという事だ。
いや、使えない訳は無い。その辺りは事前に水母に確認済みだ。
水母は角――魔力増幅装置が付いた亜人になら問題無く使えるはずだ、と言っていた。
なのに使えない? まさか魔法が使えない訳じゃないよね?
『・・・魔法そのものが使えないって訳じゃないのよね。試しにどんな魔法でもいいからちょっと使ってみて』
「分かった」
ウンタは周囲を見回した。
彼が何を探しているのか察したのだろう。水母が空間を操作すると、壁の窪みから小さな藁の束が転がり出て来た。
『使用可』
「すまん。点火」
点火は物に火をつける魔法だ。ウンタの魔法が発動して藁に火がついた。
魔力の動きとしては、まずまず及第点といった所か。良くは無いが特に悪いという程でもない。
これなら圧縮の魔法も問題無く使えそうだ。
男達の間から小さなどよめきが上がった。
「魔法一発で火がつくなんて」
どうやらウンタの発動した魔法の威力に驚いている様子だ。
中には自分でも試してみたそうにしている者もいる。
それはさておき。彼らに移植した魔力増幅装置はきちんと働いているようだ。
『そこまで出来るなら圧縮の魔法だって出来そうだけど?』
「そうは言うが・・・」
ウンタの返事は煮え切らない。
「物を燃やす事は出来るが、何も無いものを圧縮するとか言われてもな」
? 何も無い? どういう事だ?
しかし、ウンタの言葉が理解出来ないのは私だけだったらしい。
周囲の新兵達も、彼の言葉にしきりにウンウンと頷いている。
『何も無いって、空気があるじゃない。空気を圧縮するのよ』
「だから空気って何だよ。それが分からないんだ」
『空気は空気よ。ほら、風が吹けば体に風を感じるでしょ。あれは周りの空気が体に当たっている感触なのよ』
「確かに風は分かるが・・・けど、見えないし触れないものを”圧縮しろ”とか言われても」
どうやら私とウンタ達の間には常識の開きがあるようだ。
しかし、考えてみればそれも当然か。
ウンタ達は誰一人、まともな教育を受けた事が無いのだ。
そして私は小学校にすら行った事の無い大人と会話した事は無い。
知らない者が何を知らないかなど知らないのだ。
『空気って言うのは・・・ええと・・・あれ? どう説明すればいいんだろう? あ、そうだ! 水母、私が魔力増幅装置の手術を受けた後、魔法を試し打ちした部屋があったわよね。あそこに案内してくれない?』
『了承した』
口で説明しても分からないなら、自分の目で見て触って貰うのが一番だ。
私達はかつて私が魔法を試し打ちした部屋――以前に角ペリカンがいたあの部屋へと移動した。
次回「メス豚とアハ体験」




