その130 メス豚ブートキャンプ
三十人の新人角付き亜人が目覚めたその日。
私は水母の施設内に、彼ら全員とウンタ達旧クロ子十勇士を集めていた。
学校の体育館を一回り小さくしたぐらいの大きな部屋だ。
バスケットボールのコートくらいなら、余裕で作れるんじゃないだろうか。
そんな広い部屋で、男達は互いの額の角――魔力増幅装置を見せ合っては、笑っている。
旧クロ子十勇士もこの三日間、周りからチヤホヤされっぱなしだったのか、彼らの顔からはすっかり緊張感が抜け落ちている。
和気あいあい。そんな言葉が良く似合うほのぼのとした光景だ。
だが、それもここまで。この場所はすぐに地獄に変わる。
いや、私が変える。
旧クロ子十勇士の大男、カルネが不思議そうに私に尋ねた。
「クロコパトラ女王――じゃなかった、クロ子、今日は一体どうしたんだ?」
遠征の時はずっとクロコパトラ女王と呼んでいたせいだろう。カルネは未だに頭の切り替えが出来ていない様子だ。
私は背中に乗ったピンククラゲに、あらかじめ頼んでおいた指示を出した。
『水母、やれ』
ピンククラゲから二本の触手がスルスルと伸びると、カルネの体に触れた。
『電撃』
「へっ? いってえええええええっ!」
突然体を襲った痛みに、絶叫するカルネ。
水母による、電気ショックである。
魔核性失調症医療中核拠点施設コントロールセンターの対人インターフェースという読み飛ばし推奨の長い肩書を持つ水母の体には、各種観測機器と簡易な医療機能が備わっている。
その中には当然、心臓救命装置も存在している。
AEDとは心停止状態の人間に電気ショックを与えて蘇生させる装置だ。駅やコンビニとかで良く見かける、赤いハートに電気のマークの入ったアレである。
もちろん出力は十分に下げてもらっている。
私は彼らの心臓を止めたい訳じゃないからな。
カルネは一度も経験した事の無い痛みに、すっかり怯えた目で水母を見ている。
『番号ー!』
「えっ?」
『番号ー!』
「あ、い、いち!」「に、にい!」「さん!」・・・・・・「よんじゅういち!」
男達は突然の号令に戸惑っていたが、誰もが痛い思いをするのはイヤだらしく、慌てて番号を叫んだ。
私は最後まで番号を聞き終えると、ゆっくりと彼らの前を横切った。
『私の仕事はお前達を兵士にする事だ!』
誰も返事をしない。私が何を言い出したのか理解出来ないのだろう。
『今のお前達は何だ?! そこのお前! 言ってみろ!』
私はさっき「はち」と言った男に尋ねた。旧クロ子十勇士の男だ。
ちなみに名前は覚えていない。私は人の名前を覚えるのが苦手だからだ。
偉そうに言うなって? サーセン。
「えっと、額に角を生やした男? あばばばばばばっ!」
水母の電気ショックに痺れるハチ。
『ウンタ! お前がそいつに教えてやれ!』
ウンタは戸惑った表情で仲間と顔を見合わせていたが、やがて緊張にゴクリと喉を鳴らした。
「クロコパトラ女王の兵士――あだだだだだだだっ!」
水母の電気ショックに痺れるウンタ。
『己惚れるなゴミクズ共! 貴様らは兵士じゃない! ゴミクズだ! 汚水に浮かぶボウフラ以下のウジ虫だ! そんな人間以下のウジ虫共を人間様の兵士に鍛え上げるのが私の仕事だ!』
男達の戸惑いの視線が私に集中する。
ふむ。納得いかないと。
『返事はどうした!』
「はあっ? ・・・あ、いや、はいっ!」
『返事は”イエッサー”だ!』
「「「「「い、イエッサー!」」」」」
『そうだ! 今後お前らに許される言葉はイエッサーだけだ! 口からクソを垂れる時には”サー”だ! 分かったか!』
「「「「「サー! イエッサー!」」」」」
『どうだ?! 嬉しいか?! 嬉しいかこのウジ虫共!』
「「「「「サー! イエッサー!」」」」」
『嬉しいなら嬉しいと言え!』
「「「「「嬉しいです――あだだだだだだだっ!」」」」」
『このバカ共が! サーとイエッサー以外に喋るなと言っただろうが!』
言えと言っておいて、言ったら怒られるとはこれいかに。理不尽ここに極まれりだ。
男達は恨みがましい目で私を見つめた。
ふむ。そんな目をするのか。だがその元気、いつまでもつかな?
『喜べウジ虫共! クロ子式新兵訓練の始まりだ!』
新兵訓練というのは最初に何をするのだろうか?
う~ん。取り敢えず、筋トレでもやらせようかな。
『よし! 先ずは腕立て伏せをする! 腕立て開始!』
私の言葉に顔を見合わせる男達。
『何をやってるお前達! 腕立てだ!』
「腕立て伏せって何だ――あだだだだだだだっ!」
学習しないカルネに水母の電気ショックが襲い掛かった。
水母は何だか楽しくなっているみたいだ。
『楽しい否定。クロ子の指示通り』
私の背中の上でフルフルと震えるピンククラゲ。全身で否定しているつもりなんだろうか?
まあそっちはいいや。
どうやらウンタ達は腕立て伏せを知らないようだ。
『最初はうつ伏せになって――そうそう。そこから手をついて体を起こして。そう。お尻を上げずに体は真っ直ぐに。その状態から腕を曲げ伸ばして』
「ぐっ・・・こ、これは」「何でこんな事を」
ブツブツ文句を言いながらも、電気ショックが嫌なのか、大人しく私の指示に従うウンタ達。
可愛いヤツらめ。萌えるわ。
『それが”腕立て伏せ”だ。はい、一回! 二回! 三回! お尻を上げない! 四回!』
慣れない腕立て伏せを、ヒイヒイ言いながらこなすウンタ達。
『七回! 七回!』
「七回が二回目――いてててててて!」
私の間違いを指摘した男が、電気ショックを受けて悲鳴を上げる。
痛みで転がる男。その隙にウンタ達が膝をついて休憩する。
『膝をついたので最初から。はい一回!』
「そんな! さっきのは――あたたたたたたたたっ!」
『学習能力が無いのかお前らは! お前らに許された言葉はイエッサーだけだと言っただろうが! はい、一回!』
「ぐっ」「くっ」「ううっ」
私は時々わざと回数を間違え、時には難癖をつけては腕立て伏せをやり直しさせた。
「(というか、い、いつまで続けさせる気なんだ?)」「(し、喋るな。またやり直しになるぞ)」「(じ、地獄だ)」
うめき声に混ざって、時々ウンタ達の愚痴が聞こえて来る。
終わりの見えない肉体の疲労に、大分心がやられているようだ。
よしよし。良い塩梅だ。
『よし! そこまで!』
「「「「「はああああ(や、やっと終わった)」」」」」
『次! スクワット!』
「「「「「?!(ま、まだ何かやるのかよ・・・)」」」」」
そうとも。喜べウジ虫共。クロ子式新兵訓練はまだ始まったばかりだ。
私は思いつくままの筋トレを彼らに課していった。
特に何も思いつかない時には、既にやった腕立て伏せやスクワットを何度でもやらせた。
文句を口にした者には、水母の電気ショックのお仕置きがプレゼントされた。
彼らはフラフラになりながら、私の指示に従ってトレーニングを続けた。
こんな過酷な筋トレに意味があるのかって? もちろん意味はある。
彼らの心を折るのである。
軍隊において、兵士は上官の命令に絶対服従。
自分勝手な行動は絶対に許されない。勝手な事をされては味方が死ぬ。
兵士は命令一つで戦闘ユニットにならなければならない。兵士は部隊の腕であり脚である。そこに個人の考えや判断など必要ない。
”命令に疑問を挟まない””自分という個を捨てる”。
頭では分かっていても、いざ自分の命がかかった戦場に放り出されたら、なかなか実行するのは難しいものである。
そのために、訓練では肉体的に追い込み、精神的にも追い込む。
極限状態を乗り切る事で、兵士としての自信と自覚を植え付けるのだ。
お前はやれるヤツなんだ。お前は大きな力の一員なんだ。
そう言って認めてやる。
ある意味、タチの悪い自己啓発セミナーのようなものである。
それとも宗教とでも言い換えようか。
狂信者の集まりと軍隊は、実は親和性が高いのかもしれない。
『・・・十九! 十! 十一!』
考えながら数えていたせいか、素で間違えてしまった。
しかし、もうそれを指摘する者はいない。全員表情が抜け落ちた顔で、ひたすら苦痛に耐えている。
そんな彼らを見ていると、可哀想になってそろそろ止めてあげたくなってしまう。
愛犬に「待て」を教える飼い主は、今の私のような気持ちなのかもしれない。
マサさん達野犬の群れはどうなのかって? 彼らは私の手下だから。愛玩犬じゃないから。
群れの犬達との付き合いは完全なるビジネス。そこに癒し要素はないから。
『・・・十九! 十!』
「ええっ(ま、また?!)――あだだだだだっ」
水母に電流を食らって倒れる男。
今の判定はちと厳しくないかな?
『クロ子の指示通り』
・・・・・・。
まあいいか。
『十一! 十二!』
「(ま、まだ続くのか・・・)」
こうしてクロ子式新兵訓練の初日は筋トレだけで終わったのだった。
次回「メス豚と新兵達」




