その129 メス豚、凱旋する
大きな背嚢を背負った男達が山野を走っていた。
人数は四十一人。
全員が犬のように鼻から下が前に伸びた顔をしている。
亜人と呼ばれる者達である。
亜人の村では、日頃から山で狩りをして生活している。
そんな村の男達にとって、山歩きなどお手の物だ。
しかし、今の彼らは体中から滝のように汗を流し、苦しそうな顔をしている。
さしもの狩人達も、人間一人の重さの背嚢を背負って半日近く、水も飲まずにぶっ続けで山を走るのは厳しいようだ。
私は風の鎧の魔法で身体強化をしているから、このまま夜まで走っても平気だがな。
むっ。そろそろ足並みが乱れて来たか。
『歩調ー! 数え!』
私の掛け声に、私の後ろを走る小柄な亜人、ウンタがかすれた声を出した。
「いち、いち、い――」
『声が小さい!』
「い・・・いち、いち、いちにい! いち、いち、いちにい!」
彼の声に合わせて全員が歩調を揃える。
ちなみに”いち”で左足を前に、”にい”で右足を前に。
つまり今の掛け声は、”左足”(右足)”左足”(右足)”左足、右足”という意味だ。
自衛隊方式の掛け声である。
私は重ねて叫んだ。
『連続歩調ー! 歩調歩調歩調歩調歩調数えー!』
歩調歩調の回数には特に意味は無い。ノリだ。
口が楽しいから言っているだけだったりする。ほちょほちょほちょイエーッ。
「「「「そぅ~れ」」」」
『いち!「そーれ」にい!「そーれ」さん!「そーれ」しい!「そーれ」、いち!「おい」にい!「おい」さん!「おい」しい!「おい」、いちにいさんし!、いちにいさんし!』
我々は山の中で何をやっているのか?
これは”ハイポート”と呼ばれる訓練である。
これまた自衛隊の訓練で、本来であれば89式小銃――自衛隊の制式採用銃――を胸の前で斜めに抱えた状態(※控え銃)でこの訓練を行うそうだ。
ただのマラソンだろうって? ノンノン。
89式小銃の重量は3.5kg。2リットルのペットボトル二本を持って走るのに近いと言えば、その大変さが分かるというものだ。
この世界には89式小銃は無いので、彼らには代わりに背嚢を背負ってもらっている。
ハイポートは新人自衛官への洗礼とも言える厳しい訓練なのだ。
――と言っても、私はお笑いタレントの自衛隊体験入隊番組で見ただけなんだけどな。
今をさかのぼる事一週間と少し前。
私クロ子と、私にその身を捧げた忠実なるクロ子十勇士の諸君は、ショタ坊軍との合同遠征を終えて、無事に新亜人村へと帰って来た。
別れ際にショタ坊達が妙に浮足立っていたのが気にはなったが、あれこれ詮索するのもどうかと思って触れずにおいた。
今は同盟関係にあるとはいえ、元々人間達と亜人は敵同士。虐げる者と虐げられる者の関係にある。
いざショタ坊に裏切られた時の事を考えると、日頃から程よい距離感を保っておくのが肝心だと思ったからだ。
無事に村に戻った我々を、村人達は熱烈に出迎えてくれた。
「スゴイ! 何その服! 見た事ないわ!」
「どこでそんなナイフを手に入れたんだ?! 良く見せてくれ!」
「なんて綺麗な布なのかしら! 肌触りも素敵ね!」
違った。
我々の持っていたあれやこれやに目が奪われていただけだった。
ウンタ達クロ子十勇士は、村人達に囲まれて満面の笑みを浮かべている。
チヤホヤされてスターにでもなった気でいるのだろう。のん気なヤツらめ。
彼らのドヤ顔に、私はそこはかとなくイラっとした。
考えてみれば、村の男達は一度狩りに出かければ、二~三日帰らない事も珍しくない。
我々が二週間程留守にしていたのも、彼ら村人達にとってみれば、「そういや随分見かけなかったねえ」くらいの感覚だったのかもしれない。
ちなみに、村人垂涎のこれら品々は、隣国ヒッテル王国を荒らし回った際の思い出の品――略奪品である。イヤな思い出じゃのう。
私の感覚では、所詮は村や町で手に入る、”庶民には少々お高い品々”に過ぎないが、生産力の低い亜人の村では、”一度も見た事が無いピカピカのお宝の山”に見えたのだろう。
興奮に沸き返る村人達。その中にあって、一人だけ事情を知っている村長代理の少女モーナは、全員無事に戻った事に安堵のため息をついていた。
『モーナ、ただいま』
「クロ子ちゃん。無事に戻ってくれて良かったわ」
ちなみに今の私はいつもの黒豚の姿である。
クロコパトラ女王ことクロ子美女ボディーは、水母の研究室でメンテナンス中である。
今回は連続して長時間使用していたからな。目に見える不具合こそ発生していないものの、念のために調整が必要、と言われたのだ。
「ワンワン!」
「コマもお疲れ様」
アホ毛犬コマが、尻尾を大きく振って「自分も自分も」アピールをした。
モーナが頭を撫でると、喜んで体を擦りつける。
視界の片隅ではクロ子十勇士の大柄な亜人、カルネが嬉しそうに遠征の様子を話していた。
「人間の砦というのはな、この村全部がすっぽり入るくらいデカイんだ。その周囲を屋根よりも高い石でぐるりと囲んでいるんだぜ」
「へえ。人間の町にはそんなに大きな石があるのか」
「バカ、そんなわけないだろ。大きな石をいくつも積み重ねて高い壁みたいにしているんだ」
「でも石なんだろ? 屋根よりも高く積み上げて、崩れやしないのかい?」
カルネの話を興味津々で聞き入る村人達。
村の他の男達は、複雑な表情で彼らを見ている。
どうやらカルネ達がもてはやされているのが、羨ましくて仕方がないようだ。
――ふむ。これも良いきっかけなのかもしれないな。
さっきはカルネ達クロ子十勇士の浮かれっぷりにイラッとさせられたが、彼らが目立った事で、私の部下になりたい者達が増えるかもしれない。
村長代理のモーナは良い顔をしないかもしれないが、ショタ坊と同盟を結んだ以上、部隊の編成を急ぐ必要がある。
そういった意味では、今回の成功は良い宣伝になってくれたんじゃないだろうか。
私も説明が上手い方じゃない。というか、半年前までは日本の学校に通う普通の女子高生だったのだ。
大勢の前で説明する経験なんてした事が無かった。
せいぜいクラスメイトの前での発表会? をした事があるくらいだ。
それだって苦手にしていて、自分の番が回って来る前には「この瞬間、教室のドアを蹴破ってテロリストか脱獄犯でも飛び込んで来ればいいのに。あるいは学校に爆破予告が来て、授業が中止になったらいいのに」とか妄想していた。
迷惑な想像だって? いやいや、このくらい誰だって想像するだろ。しない? 私だけ?
おっと、話が逸れた。
私はショタ坊と――つまりはこの国と、軍事同盟を結んだのだ。
今回の遠征で、私は彼らに私の魔法=私の力は十分に示せたと思う。
しかし、それだけではまだ弱い。
今はまだ、あくまでも”私が個人的に強い”と認めさせただけに過ぎない。
最悪、このままだと亜人達は、私に言う事を聞かせるための人質として狙われかねない。
私だけではなく、私の部隊、亜人達の部隊も戦える、という事を彼らに見せつける必要がある。
現在のクロ子十勇士は十一人。軍隊で言えば”分隊”規模といった所になる。
今後の運用を考えるなら、最低でも分隊を三つから四つまとめた”小隊”規模は欲しい。
つまり、追加で三十~四十人は必要という事になる。
今もカルネ達を羨ましそうに見ている男達が、私の部隊入りを希望すれば・・・
彼らにも、魔法増幅装置となる角を付ける手術を受けて貰って、亜人魔法小隊を編成する事が出来るはずだ。
どうやら私は亜人の村人達の物欲を甘く見ていたようだ。
その日のうちに大勢の男達が私の所に押し寄せた。
「俺もスイボに角を付けて貰えば、カルネ達のようにクロ子と一緒に人間と戦えるようになるんだろう?」
「手術って聞いたが、寝ている間に終わるようなものなんだろ? ウンタ達を見ていても、角が付いたからといって特に困る事も無いみたいだし、だったら俺も挑戦してみようかなと」
「俺だって戦える力さえあれば人間をぶっ殺してやりたいんだ」
物欲だけでは無かったようだ。
先日、亜人の村は人間の国家、アマディ・ロスディオ法王国の外道部隊に襲われた。
何人もの男達が戦いで命を落とし、生き残った村人達も危うく奴隷として他国に連れ去られる所だった。
死んだ村人の中には、モーナのパパ、この村の村長もいた。
そんな事があったばかりなので、人間を怖がる村人もいるが、中には怒りをずっと溜め込んだままの者だっている。
そんな中、私とウンタ達が人間の国を襲い、彼らのお宝(※亜人主観)を分捕って悠々と戻って来た。
彼らにとっては胸のすくような快挙だったのだろう。
そして彼らは強い衝撃を受けた。
俺達亜人だって人間と戦える!
彼らは私と共に人間と戦う事を決意した――といった所か。
考えてみれば、元々はカルネ達だって、旧亜人村にショタ坊達を襲撃に向かった跳ね返り共だったのだ。
たまたまあの場に居合わせていなかっただけで、彼らと同じように考えていた者達がいても、全然おかしな話ではない。
『分かった。今からモーナと相談してみる』
「俺達の決意は――」
『私の中ではあんた達を受け入れるつもりでいるから。けど、村の事はモーナが代表だから。私達だけで勝手に決める訳にはいかないでしょ。しばらく待っていて頂戴』
「・・・そうか。お前が分かってくれているならいいんだ」
モーナとの話はすぐに終わった。
本人達の意思を尊重する、との事だった。
女達の間にも人間と戦う機運が高まっていて、モーナとしても何も行動を起こさずに押さえつける事が難しくなっていたようだ。
こうして追加で水母の手術を受ける事が決まった男達は三十人。
彼らはその日のうちに水母によって手術を受け、脳に機能を定着させるために眠らされる事になった。
目が覚めるのは三日後。
『彼らが目覚めたら、クロ子十勇士――いや、これからは四十人以上になるのか。彼らが目覚めたら、”クロコパトラ軍”として鍛え上げないといけないわね』
彼らは今後、私と一緒に戦場に行ってもらわないといけない。
もう彼らは、ただの村の男ではない。兵士なのだ。
私も含めて、何人生きて戻れるかは分からない。
そして私には、モーナから彼らの身を預かった責任がある。
私は心を鬼にして彼らを鍛え上げる決意をした。
次回「メス豚ブートキャンプ」




