その126 メス豚と落日の始まり
我々は再びメラサニ山に戻っていた。
街道の先に、初日に攻略したあの砦が見える。
どうやら未だに無人のようだ。まああれから五日しか経っていないからな。
この五日間、我々は周囲をぐるりと回って、村や町を次々と襲って行った。
まあ襲うというか、我々が近付いただけでみんな逃げ出してしまうんだがな。
我々は無人の村に入ると、適当な家や畑に火を付け、早々に次の村を目指した。
なにせここは敵地でこちらは寡兵だ。
うかつに足止めをくらうと、あっという間に敵に取り囲まれてしまうだろう。
スピードこそ命綱。
一撃離脱で被害を拡大していくのだ。
一撃離脱、とは言ったものの、兵士達は隙を見つけては略奪に勤しんでいた。
これにはショタ坊も見て見ぬふりだ。
なにせ敵国に潜入しての危険な破壊工作である。兵達にとってはこれらの略奪品が危険手当みたいなものなのだろう。
それにどのみち放火すれば焼けて灰になってしまう品だ。戦利品としてコッソリ頂いても大した違いは無いとも言える。
「見てくれよこの布。きめの細かさといい、柄といい、俺達の村では見た事が無い物だぜ。彼女にプレゼントしたら大喜びしてくれるよな」
「それなら俺の着ている服はどうよ。俺の男前がグッと上がっただろ? 村に帰ったら絶対にモテると思うぜ」
「コイツはいいナイフだ。ウソみたいに切れておっかないくらいだぜ」
仲間同士で戦利品を自慢し合うウンタ達クロ子十勇士。
一見、ほのぼのとした光景だが、それって全部略奪品だからな。
私らのやってる事って押し込み強盗となんら変わらないから。
そんな品をプレゼントして貰って彼女が喜ぶと思うか?
胸に手を当てて、もう一度よく考えてみるがいい。
「クロコパトラ女王。商人の家でアクセサリーを見付けたぞ」
「ああ。さっき俺も見つけてたんだ。ほら、これだ」
そして、彼らはネックレスやらブローチやらを取り出しては私に渡して来た。
彼らにとって、貴金属や装飾品はさほど魅力的ではないらしい。
まあ亜人に限らず、男はこういうのを喜ばないよね。多分。あくまでも私のイメージだが。
しかしそんな彼らも、宝石の類は人間にとって価値があるもの、というのは知っているらしい。
なので、「だったらこれは女王の取り分でいいんじゃね?」という話になったのだ。
「・・・あ、そう。ありがとう。水母よろしく」
『了解』
まんざらでもなさそうに見えるって?
うっさいわ。盗品だろうが略奪品だろうがアクセサリーに罪は無いっての。
プレゼントに弱い女? さっきと言ってる事が違う?
いいだろ別に。これっていわゆる”豚に真珠”ってやつだから。
豚はアクセサリーに目がないって意味だから。(※違います)
膝の上のピンククラゲから触手が伸びると、ウンタ達から貰ったアクセサリーが次々と飾りつけられていった。
何て言うのかな。宝石屋さんのマネキンにでもなった気分?
クロ子美女ボディーは美人さんだし、こういう時に見栄えはするよな。
しかし、こうしてゴテゴテと飾り付けられていると、「ああ。私も共犯になっちゃったんだな」ってしみじみ思うぜ。
いやまあ、分け前の価値から言えばどう見ても私が首魁なんだが。
いっそのこと、女王クロコパトラから女首領クロコパトラにでも改名するか。うはっ。イカス。
そんなこんなで、私達は散々お隣の国を荒らし回った挙句、討伐の軍が来る前にスタコラサッサと逃げを決めるのだった。
あばよお隣さん。メス豚クロ子はクールに去るぜ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
11日ぶりに見えた亜人の村に、ルベリオは気が緩むのを抑えきれずにいた。
ようやく彼らはサンキーニ王国へと戻って来たのだ。
「どうにか無事に帰り着きましたね」
「ああ。よもや全員が生きて戻れるとは、誰も思わなかったんじゃないか?」
「・・・ベルナルド。そういう言い方は止めろ。兵に聞かれたらどうするんだ」
ベルナルドはアントニオに窘められ、気取った仕草で肩をすくめた。
彼は見た目から受ける印象と異なり、これで意外と真面目で堅実な男だ。
ただ、その斜に構えた態度と、いつも口にする皮肉で誤解されやすいのである。
ルベリオは彼のそんな所が残念だと思っていた。
「今回ばかりはいつもの冗談で言ったつもりじゃないんだがね」
「そうですね。ベルナルドさんのおっしゃる通り、確かに厳しい任務でした。誰も犠牲が出なかったのは本当に幸運でした」
険しいメラサニ山を越えるだけではなく、越えた敵地では堅牢な砦が待ち受けていた。
女王クロコパトラの魔法がなければ、あの時点で部隊の全滅すら有り得たかもしれない。
「――ラリエール様は本当に女王クロコパトラと手を結ぶおつもりですか?」
アントニオは声をひそめて聞いた。
この数日、彼らの間で幾度となく繰り返された話である。
ルベリオは女王の乗る籠をチラリと見た。
「私にその権限はありません。全てはイサロ殿下がお決めになられる事ですから」
亜人を魔法戦のアドバイザーとして利用するというアイデアはルベリオによるものだ。
しかし、あくまでも最終決定権はイサロ王子にある。
ごまかしのようだが、確かにルベリオの言葉は嘘では無かった。
「やはり私は気が乗りません。あの力は危険過ぎます」
「おい、アントニオ。しつこいぞ。殿下がお決めになられる事だとおっしゃっているだろうが。”外様”の俺達の意見などお呼びではないんだよ」
ベルナルドとアントニオはつい先日まで、第一王子アルマンドの派閥に属していた。
王子の死によって鞍替えを余儀なくされ、「まだ手薄そうだから」という理由でイサロ王子の派閥に移ったのである。
そんな自分達新参者を、ベルナルドはいつもの皮肉を込めて”外様”と呼んでいた。
ルベリオは少し困った表情を見せたが、特に何も言い返す事は無かった。
この部隊の兵士の多くがアントニオ同様、クロコパトラ女王を警戒している事を知っていたからである。
それほどあの日、女王が見せた魔法は常軌を逸していた。
アントニオが言った通り、危険すぎる力だったのだ。
(けど、僕達には――この国が生き残るためにはあの力が必要だ)
大陸の三大国家に囲まれた小国、サンキーニ王国。
もし仮に、アマディ・ロスディオ法王国が自分達の教義に反するとして、この国を異端扱いしたならば。
もし仮に、大モルトの内紛状態が落ち着いて、外に目を向ける余裕が出たならば。
もし仮に、カルトロウランナ王朝が長年の沈黙を破り、かつての栄光を取り戻そうと考えたならば。
その瞬間、この国はひとたまりもなく、それら大国に併合されてしまうだろう。
いつまで現在の状況が続くかは分からない。
そしてまともな方法では大国の軍事力には到底敵わない。
必要とされるのは常識の埒外にある新しい力。軍事の正道から外れた異端の力。
そして女王の魔法は、その圧倒的な威力といい、大国といえど容易に真似の出来ない魔法という分野といい、完全にその条件を満たしていた。
(アントニオさんにはああ言ったものの、殿下は女王と手を結ぶ道をお選びになるだろう。いや、仮に選ばなかったとしても、その時は僕が全力で説得してみせる!)
ルベリオは決意を固くするのだった。
だが、時間はルベリオの計画を悠長に待ってはくれなかった。
この時、村に残した兵がルベリオ達を見付けると、慌てて駆け寄って来た。
「ラリエール様! 急ぎランツィの町にお戻り下さい! 殿下の部隊は既に町を離れて進軍しております!」
「えっ?! 殿下の部隊が? 一体どこに?」
ここに事態は風雲急を告げるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ランツィの町ではイサロ王子が部下の陳情に眉をひそめていた。
「またその話か。何度も何度もしつこいぞ」
「しかし、殿下のお恨みを晴らさねば我らの気が済みません! イサロ殿下にとっても兄上の弔い合戦ではないですか!」
カルメロ王子の指揮する魔獣討伐隊。その敗残兵がこのランツィの町に逃げ込んで来たのは昨日の事である。
彼らの口から告げられた情報によると、既に部隊は全滅。カルメロ王子とエーデルハルト将軍、それと主だった将は全員討ち取られたものと判明した。
「結局、間に合わなかったのか」
イサロ王子はショックを隠せなかった。
政治的には敵対していても、イサロ王子個人はカルメロ王子に対して含む所は無かった。
いや、正直に言えば嫌いではあったのだが、仮にも兄弟である。「死ねばいいのに」と憎んでいた訳では無かったのだ。
気落ちするイサロ王子だったが、すぐに沈んでばかりはいられなくなった。
部下の将兵達から、王子の弔い合戦を希望する声が高まったのである。
「バカな事を。今更殺し合いを続けて何になる。出兵の目的が果たせなくなった以上、この戦は俺達の負けだ。これ以上は無意味な戦闘でしかない」
そもそも今回の出兵は、敵部隊と交戦状態にあるカルメロ王子を救出するためのものである。
王子が死んだことでその目的を果たす事は不可能となってしまった。
しかし、一度将兵達に燃え上がった炎はなかなか収まらなかった。
「敵は部隊を後方に下げつつあります! 今戦えば必ず勝利する事が出来ます!」
「だからそれは我が軍師、ルベリオの策によるものだと言っているだろう。ここで手を出して横から部下の功績をさらうような真似が出来るか」
敵の動きが鈍くなったのは先週の事である。
その後、敵は逐次陣地から兵を引き上げ始めた。
イサロ王子はルベリオの策が成功した事を確信した。
カルメロ王子の訃報が届いたのは、足の速い部隊を編成して彼を救出に向かわせようとした矢先の事だったのである。
「しかし殿下!」
「ああ、もう良い。分かった」
結局イサロ王子は部下に押し切られる形で敵を攻撃する事にした。
そして王子自ら彼らに訓示を与えている所に最悪の知らせが届いたのだ。
――大モルト、国境を越える――
大陸の三大国家。その中でも最大の領土を持つ西の大国大モルトが国境を越え、この国に進軍を開始したと言うのだ。
「なんだと・・・」
「敵は五万の大軍! 既に国王陛下は自ら軍を率いてアロルド領救出へと向かっております! 殿下の軍もお急ぎください!」
今ここにサンキーニ王国の落日が始まろうとしていた。
次回「燃えるアロルド城」




