その122 メス豚、暇を持て余す
私は砦の近くで暇を持て余していた。
ちなみに今は、今朝乗っていた輿ではなく、ここに来るまで乗っていた駕籠に乗り換えている。
なにせ未だに何処に敵兵が残っているか分からない状況だ。姿が丸見えのままでは危険すぎる、と言われたのだ。
まあ実際は、不意打ちでさえなければ返り討ちに出来る自信はあるし、仮に不意打ちを受けたとしても、頼れるピンククラゲが備えてくれているんだけどな。
駕籠の外のアホ毛犬が吠えた。
「ワンワン!」
「あ~ハイハイ。コマも頼りにしてるわよ。そろそろお昼か。結局、午前中一杯かかっちゃったな」
太陽は天頂に達している。そろそろ正午だ。
砦の様子は変化が無い。
突入して行ったショタ坊達はいつ戻って来るんだろう。
う~ん。退屈だ。・・・ちょっとくらいこの義体から出ても――
「何を考えているのか大体分かるが、人間達の目もあるんだ。今は大人しくしておいてくれよ」
呆れ顔のウンタに釘を刺されてしまったわい。
ちぇっ。
私が最大打撃の魔法での攻撃を終えた後。続いてショタ坊達が砦に攻撃をかける事になった。
しかしここで若手貴族コンビの優男君から待ったがかかった。
「少しだけ時間を置きましょう。今、攻撃すれば、敵が窮鼠と化す恐れがあります」
今も砦からは続々と敵兵が逃げ出している。
ここでうかつに攻撃を始めれば、逃げ場を失った彼らが自暴自棄になるかもしれないそうだ。
そもそも私達の目的は敵の領地で騒ぎを起こす事にあって、別にこの砦を落としに来た訳ではない。
だからこの場で無理に戦う必要も無いのだ。
優男君は私の方へと向き直った。
「クロコパトラ女王。女王は先程の魔法をまだ使えますか?」
このまま休憩を挟めば使えるな。
というか、魔力増幅装置の冷却が済めば今すぐにでも可能だ。
今のままでも多分、この義体から出さえすれば大丈夫なんじゃない? いやまあさすがにそれは言えないけど。
「少し時間があれば、もう一度同じ事も出来るの」
「そ、そうですか。あれほどの魔法をもう一度・・・あっと、でしたら、あの半ばから崩れた城壁を、最後まで崩す事は可能でしょうか?」
「ふむ。あそこから砦の中に突入するつもりか?」
優男君は大きく頷いた。
「はい。それに城壁が壊れてしまえば、修理が終わるまでこの砦は使い物にならなくなりますから」
ああなる程。城壁を崩すのには二つの意味があるんだな。
一つはさっき私が言った突入口を作るという意図。
これ程の砦を設計した者が、弱点となる出入り口を無防備にしておくはずがない。
当然、防衛しやすくデザインされているはずだ。
今の敵の様子から見て、組織的な反撃が出来るかどうかははなはだ疑問だが、出来るものとして万全を期しておくべきだろう。
なにせ領地からいくらでも兵力の補充が出来る敵と違い、険しい山を越えて来た我々は今いる者達だけでやっていくしかないのだ。
被害は出さないに越したことはないだろう。
もう一つの理由は、さっき優男君が言った、砦を使い物にならないようにするという意図。
我々には余分な戦力がない。つまり、この砦を落としたところで、維持するために兵を張り付けておくだけの余裕は無いのだ。
かと言って、我々が立ち去った後に敵が戻って来てしまっては、わざわざ砦を落とした意味が無くなる。
そもそも恒久的に使えなくする必要は無い。我々がこの領地で一仕事終え、帰りにまたここを通るまでの間、敵がここを使えなければそれでいいのだ。
「どうでしょうか、ラリエール様」
「そうですね。いいでしょう。タイミングはベルナルドさんとアントニオさんにお任せします」
部下に丸投げか。
いやまあ、ショタ坊はショタ坊村のただのショタだし。
軍事の専門家に判断を任せるのは正しいんじゃないだろうか。
偉そうに言うお前はどうなんだって? 私は女王様(※自称)だからな。実際に偉いから口出ししてもいいんだよ。
結局、私は三十分ほどこの場で待つ事になった。
三十分後、再び最大打撃の魔法で残った城壁を崩すと、敵の兵士がワラワラと逃げ始めた。
今まで何処に隠れていたんだ?
何と言うかアレだ。花壇の石を持ち上げたらハサミムシやらダンゴムシやらがごちゃごちゃ出て来るアレ。
あんな感じで敵兵達は算を乱して逃げ惑った。
このまま再び物陰に身をひそめられても困るので、また砦内にいくつか投石をしておいた。
大きな石を残しておいたら、ショタ坊達が突入する時に邪魔になるだろうしな。
「――ま、こんなもんじゃろうて」
「ご、ご苦労様です。次は我々の番だ! みな鬨の声を上げろ! ウーラ! ウーラ! ウーラ!」
「「「「「ウーラ、ウーラ、ウーラ! ウーラ、ウーラ、ウーラ!」」」」」
うるさっ! 寡兵とはいえ四百人の人間が上げる掛け声だ。音量注意である。
男達の大声にアホ毛犬コマは驚いて、「ヒャンヒャン」と情けない鳴き声を上げながら、一生懸命私の足に体を摺り付け始めた。
おい、よせ止めろ。毛がチクチクしてくすぐったいだろうが。止めろって。
「突撃だ! 遅れるな! ウーラ、ウーラ、ウーラ!」
「「「「「ワアアアアアアア!」」」」」
砦に向かって突撃するショタ坊軍。
僅かに残った敵兵が慌てて武器を構えた。ていうか、まだ残ってる兵士がいたのね。
しかし、戦いの流れは完全にこちらにある。
哀れ敵兵は、あっという間に突撃するショタ坊軍に飲み込まれてしまった。
「なあ、クロコパトラ女王。俺達はどうすればいいんだ?」
亜人の青年ウンタが困り顔で振り返った。
あれ? そういや、私らはどうすればいいんだろ。
このまま何もしないのも、サボっているみたいで気が引ける。
かと言って、誘われてもいないのに一緒に突撃するのも何か違う気もする。
今となればすっかり乗り遅れちゃってるしな。
「何も言われていないし、誰か呼びに来るまでここで待機しておけばいいんじゃない? あれよ。予備兵力ってヤツ」
「予備って・・・ 単に取り残されただけなんじゃないか?」
うぐっ。ごもっとも。
カルネの正論に私はぐうの音も出なかった。
「まあいい。アイツらに呼ばれた時にすぐに動けるように準備だけはしておこう。カルネ、女王の駕籠を持って来てくれ」
「そうだな。もし砦に行かなきゃならなくなった時、今のようなむき出しだと危ないからな」
むき出しって、私は露出狂女か。
まあ、豚の時にはマッパなんだがな。
パンツじゃないから恥ずかしくないもん。ノーパンだもん。
「何言ってんだお前?」
おおう。うっかり口から出ていたようだ。
ウンタに気の毒な人を見る目で見られてしまったぜい。
◇◇◇◇◇◇◇◇
砦の中は悲惨な有様だった。
突撃したルベリオ達は、点々と巨石の転がる異様な光景に戦慄を覚えていた。
「マジかよ。俺はこんな死に方だけはごめんだぜ」
「ああ。見ろよこいつの恨めしそうな顔。岩に下半身を潰されて、身動きも出来ないまま悶え死んだんだぜ」
「うげっ。誰かの目玉を踏んじまった。くそっ。どこの死体から飛び出したんだ?」
埃っぽい砦にはあちこちに原形を留めない死体が転がり、負傷者のうめき声と助けを求める声だけが響いている。
どうやら動ける者はほとんど逃げ出してしまったようだ。
残ったのは死体と、動くこともままならない重傷者のみ。
凄惨な光景を前にルベリオ軍の気持ちはたちまち萎えていった。
「そっちはどうだ?」
「ダメだ助からない。待ってろ、今楽にしてやる」
「い、いやだ。死にたくない。やめ――ぐあっ!」
「ひいいい、頼む助けてく――ぎゃああああ!」
せめてもの情けと彼らは重傷者の止めを刺していった。
砦に断末魔の悲鳴が続く。
憂鬱な作業が続く中、ルベリオは青白い顔で、耳を塞ぎたいという衝動をじっと堪えていた。
そんな彼に、血に濡れた剣を手にしたアントニオが近付いて来た。
「雑兵しかいませんね。この砦には騎士団はほとんどいなかったようです。どうりで、戦いもせずに逃げ出した訳です」
どうやらこの砦には、正規の騎士団はほとんど配備されていなかったようだ。
大半が周囲の村から集められた下っ端の兵――雑兵で占められていたらしい。
それもそのはず。正規の騎士団はその大半が国境を越えて、現在もドルド・ロヴァッティの指揮下でカルメロ王子の魔獣討伐隊と戦っているのだ。
つまりこの砦にいたのは、人数だけの寄せ集め。統率も取れていない見掛け倒しの兵だったのである。
それでも寡兵のルベリオ達にとっては、十分以上に脅威だった訳だが。
「ラリエール様。あなたは最初からクロコパトラ女王の魔法を――あの力を知っていたんですか?」
アントニオの言葉にルベリオは力無くかぶりを振った。
「――そうですか。私は正直言って恐ろしい。女王は、あの方は本当に人間なのでしょうか? この力は人間が手にして良い物ではない。これはあまりにデタラメ過ぎる」
アントニオは硬い表情で周囲を見回した。
ここにあるのは無慈悲な破壊の跡。
理不尽な力がもたらした圧倒的な暴力の爪痕。
――まさか女王クロコパトラは、命を刈り取る神、冥府神ザイードラの生まれ変わりなのでは?
アントニオは、自身の思い付きにため息をついた。
「・・・こんなのはベルナルド辺りが言い出しそうな事だ。我ながら柄にもない事を」
「アントニオさん?」
その時、アントニオの部下が彼を呼びに来た。
「ベルナルド様が敵軍の指揮官らしき男の死体を発見しました! 外傷から見て砦が崩れた際、巻き込まれて転落死したようです!」
「分かった。今確認に行く。ラリエール様」
「ええ。行きましょう」
首実検の末、どうやらその死体が砦の指揮官だろうと判断された。
こうしてストラトーレ砦攻略戦は一応の完結をむかえたのであった。
次回「メス豚、恐れを抱かれる」




