その11 メス豚、胸騒ぎを覚える
どうやら近々戦争が起こるらしい。
柵の周囲で兵隊達がそんな話をしていた。
彼らはそのためにやって来たんだそうだ。
そしてこの村は隣国との緩衝地帯ギリギリに作られているらしい。
マジか。
いや、前々から変だなあとは思っていたんだよね。
普通、小さな村の村長といえば、人の良さそうなお年寄りと相場が決まっているじゃない?
長老とかババ様とかそんな感じ。
村人の誰よりもガチムチで、武闘派バリバリの村長っておかしくね?
でもここが紛争地帯の近くにある村だというなら納得出来る。
人柄よりも腕っぷし。いざという時に頼れるリーダーでなければ誰も付いて来ないんだろう。
でもそうか。戦争が始まっちゃうのかー。
敵軍がやって来て略奪が始まったら、私なんて真っ先に襲われちゃいそうだな。
レイプ的な意味じゃなくて食材的な意味で。
ブルブル・・・
全く冗談じゃない。
そうなる前に逃げ出さないとな。
昨日、ガチムチに殺されそうになった恐怖を私は忘れていない。
今までのん気にただ飯を食らっていたけど、もはや一刻の猶予も無いのだ。
今はガチムチ宅に王子がいる関係上、家の周りは昼夜問わずに護衛の兵士で囲まれている。
しかし、軍が動けば当然彼らもいなくなる。
そのタイミングを見計らってこの村から逃げ出す事にしよう。そうしよう。
この辺り一帯が隣国との緩衝地帯と知れたのはある意味ラッキーだった。
そんなヤバい所に作られた村だ。脱走して十分に離れてさえしまえば、ガチムチとてむやみには追って来られないだろう。
もしも私を探しにのこのこ出歩いている所を、隣国の兵士に見付かりでもしたらただじゃすまないからだ。
いくらガチムチが強キャラでも多勢に無勢。
一人で軍隊を相手には出来ない。
戦いは数だよ兄貴。
村を出た後は、先ずは近くの山に潜伏する事にしよう。
あの山に私の食糧となるものが多い事はもう調べが付いている。
そこを中心にして行動範囲を広げていくのだ。
理想としては水と食糧が豊富にあって、この村からも隣国の村からも十分距離が離れた中間地点。
そんな場所が見つかればそこを私の縄張りにする。
私は兄弟豚達の方を振り返った。
相変わらず何の悩みも無くブヒブヒ鳴きながらそこら中を歩き回っている。
一応今生では血を分けた肉親なんだけど、流石に一緒に連れてはいけないよなあ。
最初に脱柵したあの日、私は野犬の群れに襲われた。
もしあの時、情にほだされて彼らを連れて行っていたら、どうなっていただろうか?
自分の命を守るだけでも精一杯だったのだ。兄弟うちの何匹かは野犬に食い殺されていたに違いない。
自然界は弱肉強食。
飼われた豚は野では生きていけない。――気がする。多分。
まあ、それを言ったら私も飼い豚なんだけどな。
けど私には魔法があるから。
魔法サイコー!
私は聞き慣れた足音にふと顔を上げた。
ショタ坊の足音だ。
私は立ち上がると柵の出入り口までショタ坊を出迎えに向かった。
なにせショタ坊は命の恩人だ。私は礼儀を知る豚なのだ。
今日のショタ坊は女連れだった。
例の幼馴染の女の子ちゃんだ。
二人は仲良しさんだからな。
う~ん。でも、私この子ちょっと苦手なんだよね。
クラスの稲垣さんを思い出すというか・・・
ホラ、いるじゃない。男に媚びているというか、女の情が深過ぎるというか、そういうタイプの女子。
そういう子って、あまり同性には好かれないんだよね~。
私もちょい苦手。
まあ、お相手のショタ坊が嫌じゃないなら、それでもいいんだろうけどさ。
べ、別にショタ坊が誰と付き合おうが、私にはどうだっていいんだからねっ。
せっせと私達の世話をしているショタ坊に、女の子は心配そうに尋ねた。
「ねえルベリオ。本当に戦いに行くの?」
なぬっ? どういう事だ?
女の子の声に何かを感じたのか、ショタ坊は作業の手を止めて振り返った。
「人工として付いて行くだけだよ。僕が戦う訳じゃないさ」
どうやら王子様は村人からも戦力をかき集める事にしたらしい。
彼らの仕事は、食糧等の物資の移動を担当する「輜重兵」の補助。
つまりは「軍属」というヤツだな。
軍属とは軍人や徴兵された兵士以外で軍隊に所属する、民間の協力者の事を言う。
とはいえ、兵器が前近代的なこの世界。兵士と軍属の差がどれほどのものなのかは分からない。
槍を振り回して戦うだけなら、徴兵された兵士だろうが村人だろうがさほど差は無いだろうからな。
そして軍隊というのは戦うだけが仕事ではない。
行軍中は、野営したり、道を作ったり、川に橋をかけたり、と、様々な作業をこなさないといけない。
さらに戦場に着いたら着いたで次は陣地の構築が待っている。
これをいい加減にした場合、その代償は自分達の命で払う事になるだろう。
このように軍隊と土木作業というのは切っても切れない関係なのだ。
これは古代ローマ時代の軍隊だろうと現代の軍隊だろうとなんら変わりはない。
日本の自衛隊が災害救助派遣されるのにはされるだけの理由があるのだ。
「でも、ルベリオ以外はみんな大人じゃない。なんで子供のルベリオが行かないといけないの?」
「・・・うちには僕とお爺さん達だけだし、近所には僕しか出せる男手がないから」
どうやら数軒ごとに動員される人数の割り当てが決まっているらしく、ショタ坊の区域ではショタ坊以外に行ける者がいなかったようだ。
私はショタ坊の小柄で華奢な体を眺めた。
とてもじゃないが、剣を振って勇敢に戦う姿なんて想像出来ない。
ていうか、返り討ちにされて、むくつけき男に組み敷かれた挙句、アッーな展開になるだけなんじゃないだろうか?
ショタ好きな佐々木さんが見たら鼻血を噴きそうだな。
いや、人工として行くなら、戦場には立たないのか。
とはいえどの道、危険な場所に行くのには違いないんだけど。
そりゃ女の子も心配するわな。
しかしそうか。ショタ坊は戦場に行くのか。
・・・
「ロックが言うには、今回の戦はよくある小競り合いらしいからさほど心配はないんだってさ」
「けどロックは自分は行かないじゃない。そんな人の話なんて信用出来ないわ」
なんだ岩男は行かないのか。
村長の息子のくせに生意気な。
いや、村長の息子だから行かないのか?
小さな村とはいえ、村長はこの村では最大の権力者だ。
そりゃあ自分の息子をそんな危険な場所にはやらないか。
「僕だって行かずに済むなら・・・ いや、大丈夫。きっと無事に戻って来れるよ」
「絶対よ。約束だからね」
見つめ合う二人。
おっ、何だ? 良いムードじゃん。チューするのかチュー。
ブチューといっちまえ、ブチューっと! た、たまらんブヒッ。
密かに興奮する私を冷ややかな目で見下ろすショタ坊。
おや、キッスはしないんですか?
まあ、やらないって知ってたけどな。
私ら豚の目どころか周囲には兵隊の目もあるし。
そもそもブタ小屋じゃムードもへったくれもないからね。
その後二人は特に会話を交わすでもなく、ショタ坊の作業が終わると連れ立って去って行った。
これからおデートなんでしょうな。お幸せにー。
それにしてもショタ坊が戦争にね。
この時私は何となくイヤな胸騒ぎを覚えた。
動物の勘だろうか?
この戦いはショタ坊が言う程、簡単にはいかない気がしたのだ。
私の気のせいだといいんだけど・・・
こうしてシリアスに考え込んだ私だったが、すぐに兄弟豚達にもみくしゃにされてそれどころではなくなるのだった。
てか、ここほど考え事に向いていない場所はないよなっ!




