その101 メス豚、合意する
この国と隣国の間に広がる緩衝地帯。
私が望んだのは、その土地を亜人のために手に入れるというものだった。
イケメン王子とショタ坊にはそのために隣国のロヴァッティ伯爵家とやらと戦ってもらう。
「緩衝地帯・・・でしょうか?」
戸惑うショタ坊。
まあそうだろうな。
これは一見、無謀な提案に思えるだろう。
・・・いやまあ、自分でもそう思わないでも無いんだが。
けど、他に空いている土地が無いんだから仕方が無い。
どこかの土地をよこせと言っても、元からそこに住んでいる人間と揉めるに決まっている。
そもそも、その領地を治めている貴族家が絶対に受け入れないだろうしな。
その点、緩衝地帯なら誰も住んでいない。
この国の土地でもなければ隣国の土地でもない。
ある意味フリーな土地なのだ。
私達は土地を手に入れる。この国は国土を損なわない。
一見、損の無い取引に見えるだろう。
当然そんな旨い話があるわけはないが。
「ちょっと、クロ子――クロコパトラ様!」
モーナが慌てて私の腕を掴んだ。
「ヒソヒソ(ねえ、そんな土地を手に入れて大丈夫なの? 人間に襲われるだけなんじゃないの?)」
モーナの心配ももっともだ。というか普通に考えればそうだろう。
そんな所に亜人が村を作ろうとすれば、隣国が放っておく訳が無い。
当然攻めて来るに決まっている。
いや。むしろ攻めて来てもらわないと困る。
なにせそれが私の狙いだからな。
ショタ坊が慎重に言葉を選んで言った。
「兵をお貸しするというのは、具体的にはどういった状況になるまででしょうか?」
おや? 何か感づいたのか?
あるいはただの確認なのかもしれない。
「無論、妾達が手に入れた土地に村を作り終えるまでじゃ。隣国の兵と戦いながら村を作る事など出来ぬからの。そちらには土地の確保のための戦力と、村を作り終えるまでの村の警護を頼みたい」
厳しい表情を浮かべるショタ坊。
今の返事だけで私の狙いに気付いたのか? まさか。
我ながら結構ムチャな事を考えてる自覚はあるぞ。
護衛隊長は、そんなショタ坊に不思議そうな目を向けている。
どうやらこちらは何も気付いていないようだ。
念のためにもう一押ししておくか。
「緩衝地帯はどこの国の土地でもない。ならば妾達が住み着いても何の問題もないであろう? そちらには村を作り終えるまでの護衛を頼んだだけ。そちらが妾達の戦力を望むのなら、こちらもそちらの戦力を望む。これで五分と五分。双方にとって貸し借り無しとなるではないか?」
どうだろう、この提案。
一見筋が通っているように見えないかね?
ブヒヒッ。さあ、頷いてしまうがいい。
私は村なんて作るつもりはサラサラ無いがな!
紛争地帯に村を作る? 冗談じゃない。
そんな所に住めるわけがないだろう。
私らは戦闘民族じゃないんだよ。
いやいや、お前、村を作るって言ったよな、そのための護衛の兵だろう? って?
確かに言ったし、村は作ろうとするさ。
ただし、要塞のような村をな。
何で要塞にするのかって? そんなの紛争地帯に村を作るんだから当然だろ?
そんな物騒な場所に無防備な村なんて作れるかってもんですよ。
さて。そんなものが緩衝地帯に作られ始めたら、隣国はどう思うだろうか?
亜人が隣国の兵に守られながら自分達の村を作っている。そんなまさか。
当然、”敵国が緩衝地帯に堅牢な砦を作っている”としか思わないだろう。
勿論、彼らは村の完成を指をくわえて見ている訳が無い。
兵を出して攻めて来るだろう。
それこそが私の狙いだ。
私はこの国を隣国との泥沼の国境争いに引きずり込む。
そうしておいて、その戦いの中で私や亜人の部隊の名を売って、国の内外に「ここに亜人の村を作るために戦っている者達がいる」と知らしめる。
名前さえ売れれば、一縷の望みを託してこの土地にやって来る亜人の若者も出るだろう。
そんな彼らを辿って、各地に隠れ住んでいる亜人達をこのメラサニ山地に集めるのだ。
その後の事は後日考えるとして、先ずは数を揃えなければ何事も始まらない。
数は力だ。
そのための第一歩として、私はこの国と隣国との間に争いを起こしてそれを利用する。
ヒドイ話だって? イケメン王子だって、平和に暮らしている村の亜人達を戦争に利用しようとしているんだからお互い様だ。
お望み通りちゃんと戦力になってやるんだから、文句を言われる筋合いはないだろう。
そもそも、元から戦争する程仲が悪い国同士であって、あえて私が仲違いさせようとしている訳でもないしな。
問題は戦いの中で亜人達が兵力としてすりつぶされないかどうかだが・・・
こればかりは様子を見ながらどうにかするしかないだろう。
行き当たりばったりとも言う。
だが、自慢じゃないが、私はたった一匹でアマディ・ロスディオ法王国の一部隊を壊滅させた女だ。
その私が庇護する亜人達を、無下に扱うなんて事は出来はしないだろう。きっと。
ふむ。早いうちに一度私の力を彼らに示しておくべきかもな。
具体的にはどうするか・・・
「・・・すみません。少し考える時間を頂けませんか?」
おっと、いつの間にか考え込んでしまっていた。
ショタ坊の言葉に私は我に返った。
「よかろう。席を外すが良い」
こっちも色々と勝手に決めちゃったからな。モーナに説明しとかないとだしね。
ショタ坊は隊長を連れて家の外に出た。
水母の観測によると、どうやら隣の家に入ったらしい。
そこで相談でもするつもりかもしれない。
私から説明を聞かされたモーナは、難しい顔をして考え込んでしまった。
やっぱり、村の男衆を戦争に巻き込んだ事に気を悪くしているのかな。
「ううん。それは気にしないで」
ウンタ達村の男達は、私の所に来たように、モーナの所にも「自分達も人間と戦うための力を持つべきだ」と直訴していたそうだ。
「私も村を守るためには、いつまでも隠れているだけじゃダメなんじゃないかって思っていたから」
亜人の村が人間達にバレている以上、逃げるか戦うか、選択は二つに一つだ。
極端だって? あちらがこちらを下等な存在として見ている以上、対等な関係はあり得ない。
現在村では、「理不尽には戦う」といった方向で意見がまとまりつつあるらしい。
どうやら、私の存在が彼らの考えに少なからず影響を与えているようだ。
「ククトとクロ子ちゃんが、人間と戦って私達を助けてくれたから。みんなはそれを見て覚悟を決めたんだと思う」
パイセンと私。野犬達の助けがあったとはいえ、一人と一匹が人間の騎士団のキャンプから村人達を救い出した事で、彼らの意識に変化が起きたのだという。
逃げていても奪われるばかりだ。守るためには戦いも覚悟しなければならない。
そのための武器が魔法で、戦いの旗頭が私、という事らしい。
「だからクロ子ちゃんが言えば、男の人達は反対しないと思う」
「・・・そうなんだ」
私は突如として目に見えない重りがズシリとのしかかって来るのを感じた。
これは亜人のみんなの命の重さだ。
あまりの重さに私は息苦しさすら覚えた。
とてもじゃないが、私なんかが背負い切れる責任とは思えない。
――いや。私はパイセンからモーナを、そして村のみんなを託されたのだ。
パイセンと違って、私には農業の知識は無い。畑を耕して村のみんなを食べさせていく事は出来ない。
私が出来るのは得意の魔法で戦う事くらいだ。
ならば私はみんなのための”剣”になろう。
戦って敵を殺し、進むべき道を切り開く剣に。
それでいいよね。パイセン。
丁度、私達の話が終わったタイミングで、ショタ坊達が家に戻って来た。
「そちらの提案ですが、前向きに検討したいと思います」
先ずは第一関門クリアと見てもいいか。
これが私の第一歩。
私は長く厳しい戦いの道へと足を踏み出したのだ。
次回「メス豚、知恵を絞る」




