その100 メス豚と実の無い話
今は破棄された亜人達の村。
その入り口にほど近い家で、イサロ王子の使者となったショタ坊と、成り行きで亜人の守護者を宣言した女王クロコパトラ(※私)との間で、村の将来を決める話し合いが始まった。
話し合いは互いの認識のすり合わせから始まった。
王家は亜人をこの国の国民としては認めていない。
この辺はまあ、分かっちゃいたといえば分かっていた事だ。
税も納めずに勝手に国内に住み着いているわけだからな。
そもそも、この国に限らず、人間の国ではどこも亜人を人として認めていないそうだ。
人間至上主義の宗教国家、アマディ・ロスディオ法王国は分かるが、他の国もそうだったとは。
この世界の亜人を取り巻く環境は、中々に厳しいものがあるようだ。
「イサロ殿下は、亜人の方々がその能力に応じた技能を払う事で、この地での生活をお認めになるとおっしゃっております」
んんっ? どういう事?
どうやらイケメン王子様は、亜人達の人間には無い能力――魔法をご所望らしい。
直接的には戦力に。
そうでなければ、その知識を生かしたオブザーバーに。
つまり、魔法ないしはその知識を提供するのを条件に、この山で勝手に生活するのを今後は認めてくれると。
要はそういう話らしい。
事情を理解したモーナが若干前のめりになった。
彼女の気持ちも分からないではない。
先日、この村はアマディ・ロスディオ法王国の腐れ教導騎士団に襲われた。
これは亜人が人間扱いされていない事から起こった悲劇だが、そもそもの原因は、この国の第一王子が法王国の要求に応じた事にある。
もし、ショタ坊の話を受け入れれば、今後はこういった無体も無くなるだろう。
てか、他国の軍隊を安易に国内に招き入れた第一王子が愚物過ぎたのだ。
ヤツは私がキッチリ息の根を止めておいたがな。
アイツは愚かな判断の代価を自らの命で支払ったのだ。
話を戻そう。このショタ坊の話に乗れば、今後、亜人達は実質この国の庇護が約束されたも同然となる。
王子が亜人がこの国に住むのを許可した事になるからだ。
なる程、一見悪く無さそうな話だ。
モーナが身を乗り出すのも当然と言えるだろう。
こちらの様子に手ごたえを感じたのか、ショタ坊の顔にホッとした笑みが浮かんだ。
心なしかショタ坊の護衛隊長も表情が和らいでいるようだ。
ショタ坊の、ていうか王子の提案も分かるし、モーナの気持ちも分かる。
分かるっちゃあ分かるんだが・・・
全ては形だけ。全く実の無い話だったな。
「話にならん」
私は提案をバッサリとぶった切った。
イケメン王子の提案。それは国の一部に亜人が住みつく事を消極的に認めるというものだった。
国民として受け入れる、ではない点がミソだ。
それはどういう事か?
亜人だの人間だのと馴染みのない言葉だからピンと来ないかもしれないが、”国の中に他民族の行政区を認めるという話”と、言い換えれば伝わるだろうか?
そう。これってつまりは、”自治区”を作るという話に他ならないのだ。
中国の各民族の自治区。
中東のパレスチナ自治区にクルド人自治区。
海外のニュース等で、そういった名前を聞き覚えがあるのではないだろうか。
そりゃまあ私だって詳しくは知らないが、そういった場所が各種の問題を孕んでいるくらいは知っている。
国家は安易に国土を分譲しない。
それを認めれば、民族や宗教ごとに国がいくつにも割れる引き金にもなるからだ。
自治区は、少数民族の独立や不満を抑えるための方便なのかもしれない。
だが、国の中に国を作るような行為は、やはりどこか歪なのだろう。
自治区には、弾圧、人権問題、独立運動、等々。きな臭い話が付きまとっている。
それにもし仮に、イケメン王子からの申し出を受けたとしよう。
だが、そんな約束にどれだけの拘束力があるだろうか?
政権が変わったら? 王子の気が変わったら? あちらの都合でいつでも破棄されるに決まっているのだ。
そんな不確かな物を報酬に、力を貸せだと?
これでは契約にならない。搾取だ。
聞こえの良い自治という名の毒の餌で、こちらを便利に使い潰そうとする悪辣な罠だ。
ショタ坊やイケメン王子は、悪意を持って提案して来たつもりはないのかもしれない。
ひょっとしたら善意で言っている可能性すらある。
だが、悪意から出たものだろうが、善意から出たものだろうが、結果としてこちらが損害を被るなら同じ事だ。
部屋の中はシンと静まり返っている。
誰もが私の言葉に驚き、次の言葉を待っている。
私は――どう言えばいい?
この提案は受けるべきではない。
それだけは間違いない。既成事実を作る訳にはいかないからだ。
だが。突っぱねた場合はどうなる?
亜人達の立場は今までのまま。不法移民のままになる。
いずれ人間の生活圏が広がった時。待っているのは人間による民族浄化だ。
殺されるか、アマディ・ロスディオ法王国の時のように、奴隷とされるか。
死か、家畜か。最悪の未来だ。
力が必要だ。
人間に対抗出来るだけの力が。国家という巨人に抗えるだけの力が。
そのためには今の村では小さすぎる。
この世界に存在する亜人は、モーナ達の村の人達が全てじゃない。
人間の目を逃れて、大陸中の僻地にポツポツと点在している。
彼らを一ヶ所に集める。
数は力だ。
人間達も亜人の力を認めれば、今のような扱いは出来なくなるだろう。
亜人の国を作る。
人間の国に対抗できる亜人達の国を。
だがどうやって?
現実の私達は国どころか、ちっぽけな村一つだけ。
点在する亜人達を集めようにも、集まる土地も無ければ彼らへの連絡方法もない。
先ずは宣伝だ。名前を売らなければ話にならない。
我々の名前が大陸の津々浦々に広まれば、庇護を求める亜人が自然と集まって来るだろう。
そして亜人の集まる土地を得なければならない。
一先ずはこのメラサニ山地でもいい。それだけの広さはあると思う。
けど、いずれは別の土地に移る必要があるだろう。
経済を繁栄させるには平地の方が容易だし、この山脈は複数の国にまたがり過ぎていて、地政学的にも危険が大きい。
・・・いや。考えが飛躍し過ぎたか。
先ずはショタ坊の提案をどうするか考えないと。
亜人の国の建国を将来の目標に置いたとして、今回の提案を何かに利用出来ないだろうか?
素直にあちらの提案を受け入れるのは論外だ。
私が目指すべきは国だ。自治区なんかじゃない。
自治区を着地点に置いてしまうと、破滅する未来しか想像出来ない。
ショタ坊の提案。
亜人の国。
私に出来る事。
魔法。
この大陸の国家。
周囲の地理。
村人の戦力。
etc、etc・・・
私は考えに集中するために閉じていた目を開いた。
全員の視線が私に集まっていた。
みんなが私の次の言葉を待っている。
私はゆっくりと口を開いた。
「妾の望みは亜人達の住居となる土地。その地を得るための協力をそちらがしてくれるのであれば、妾の力を貸すのもやぶさかではない」
「住居となる土地? それはどこの事をおっしゃっているのでしょうか?」
出来れば安全な土地が欲しい。人間の国から適度に距離があって、それでいて農業に適した土地が。
しかし、そんな都合が良い土地はありはしない。
そもそもこのサンキーニ王国自体が、周囲を大国に囲まれた吹けば飛ぶような小国なのだ。
妥協が必要だ。私も、イケメン王子も。
「このサンキーニ王国と、その隣国ヒッテル王国。この二か国の間の誰も住んでいない緩衝地帯。そこを妾達が手に入れるために戦力を貸してもらいたい」
次回「メス豚、合意する」




