その98 メス豚、ショタ坊と再会する
タイトルのナンバリングは98回ですが、今回の話で『私はメス豚に転生しました』は100話という節目を迎えました。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
◇◇◇◇◇◇◇◇
今は破棄されて廃墟となった亜人の村。
その村の入り口で、ルベリオは亜人の男達と向き合っていた。
彼の後ろには護衛騎士の隊長が、そして村の建物の陰では、彼の部下達が弓を手に亜人の男達に狙いを定めていた。
「私が危険だと判断したら、部下に命じて攻撃をさせます」
隊長はルベリオにしか聞こえない小さな声で告げた。
もし、この対話が決裂し、ルベリオの身に危険が及ぶような事になれば、隊長は身を挺して彼を連れて逃げ出し、部下が亜人達に弓を射かける算段となっている。
全てはルベリオの交渉次第。
まだ喉仏も無い少年の細い喉が、緊張にゴクリと鳴った。
ルベリオは亜人達を刺激しないように、ゆっくりと言葉を区切って声を掛けた。
「私はルベリオ・ラリエール。この国の王子、イサロ殿下の名代としてこの村に来ました。私の言葉はイサロ殿下の言葉と思って頂いて結構です。私はあなた方の指導者との話を望みます。これは双方にとって決して悪い話ではない事を約束します」
亜人の男達は戸惑ったように顔を見合わせている。
彼らが村を訪れた目的は分からない。
全員が平民の兵士が着るような安っぽい装備に身を包んでいる。
どう見ても、この中に彼らの指導者がいるようには思えなかった。
自分の言葉は通じただろうか?
ルベリオは緊張に心臓が締め付けられる思いがした。
もし、ここで戦いになれば、今回の交渉は失敗したと見なしていいだろう。
そしてイサロ王子は、二度と亜人と手を結ぶ気にはならないに違いない。
そもそも、王家は彼ら亜人を国民とは認めていないのだ。
ルベリオは辛抱強く彼らの返事を待った。
じれったくなる程長い沈黙の後、ようやく亜人の男が口を開いた。
「俺達は――」
「彼らは私の護衛よ!」
その時、緊迫したこの場にそぐわない、若い女の声が響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私はピンククラゲ水母に運ばれながら、旧亜人村を目指していた。
正確には、水母が運んでいるのはイスに座った”クロ子美女ボディー”で、その中に私が入っているんだけど。
そんな私達の後ろを村長代理のモーナが続き、殿を亜人の青年ウンタが務めている。
ウンタはさっきから私の事が気になって仕方がない様子だが、緊迫した雰囲気に口を挟めずにいるようだ。
これで案外、空気を読むタイプだったんだな。
それはさておき。実は私もさっきからずっと口に出せずに困っている事がある。
私、水母に運んで貰ってるけど、クロ子美女ボディーから出て自分で走れば良くね?
そうなのだ。何となくあの時は勢いで水母に頼んだけど、別にこの体で行く必要は無いのだ。
というか、この状態で村の男衆に追いついた所で、彼らも「誰?」ってなるだけだと思うし。
かといって、今更、「あ、やっぱ降りて自分で走ります」と言うのもなんだか気まずいんだよね。
水母だって、「ここまで運ばせておいてなんだよ」って気を悪くするよね、絶対。
今更、言っても仕方が無いか。
クロ子美女ボディーを捨てていくわけにもいかない以上、どの道運んで帰らないといけないわけだし。
だったらこのまま運ばれてもいいのかも。
この面白浮遊感覚も、新手のアトラクションみたいで、何だか楽しくなって来たところだし。
そもそもいつも水母は、私やアホ毛犬コマに運んでもらっているんだから、たまには私達を運んでも罰は当たらないんじゃない?
うむ。そうだそうだ。それがいい。持ちつ持たれつ。運び運ばれ。
今日は私が水母に運んでもらう番だったという事で。
そうと決まれば周囲を見渡す余裕だって出てくる。
わあ、周囲の景色が風のように流れて行く。たーのしーっ。
「クロ子ちゃん。何か見つけたの?」
おっと、急にキョロキョロし始めたせいか、モーナに見とがめられてしまったわい。
景色を楽しんでました。などとは言えないし、どうしたもんか。
「なあ、さっきから気になっていたんだが、その人間の女がクロ子なのか? 一体どうなっているんだ?」
私の名前が出た事で、今だとばかりに疑問を口にするウンタ。
ウンタ、ナイス!
私の中で今、アンタの株はかつてない程爆上がりだわ。
「この体は人形みたいなもので、中でクロ子ちゃんが操っているのよ」
「はあっ?! 人形って、人間にしか見えないぞ?! ホントかよ!」
ホントホント。マジでマジで。
外に顔を出てもいいけど、ドレスをまくらないといけないからちょっとね。
私露出趣味じゃないし、男の人の目もあるし。
いやまあ豚の時にはマッパなんだがな。
ふむ。だったらこれでどうかな?
私は首だけ上をギギギと180度回して、背後を振り返った。
「ソウヨ、ワタシ、クロコ」
「きゃあああああ!」
「分かった! 分かったから、首を戻せって! その動き怖いんだよ!」
人間の首の可動域では今の動きは不可能だからな。この体が人形という事が分かってもらえたと思う。
何で片言で喋ったのかって? 演出だよ演出。
「もうっ! クロ子ちゃん、急に怖い事しないでよ!」
怒りのモーナがクロ子美女ボディーの肩をベシベシと叩く。
危なっ! 危ないから! バランスを崩してイスから落ちるから!
『呆れて物も言えない。到着した』
水母の声にハッと我に返ると、ここはもう村の入り口すぐ近くだった。
「! マズいぞ! もう向かい合ってる!」
「クロ子ちゃん!」
二人が言うように村の入り口では、亜人の男達と人間の騎士が対峙していた。
幸い、まだ戦いは始まっていないらしい。
とはいえそれも時間の問題。
正に一触即発。その場は戦いを前にしたピリピリとした緊張感で満たされていた。
焦るモーナとウンタ。
しかし私はそんな事よりも、目の前の光景が理解出来ずにいた。
立派な装備を身にまとった騎士の男。
そんな彼を従えて村の男達と向き合っているまだ幼さの残る一人の少年。
線の細い、まるで少女のような少年だ。
こんな山の中には似合わない、見るからに仕立ての良いフォーマルな服を着ている。
緊張のせいか顔色こそ悪いが、良く整った温和な顔は、彼の育ちの良さを感じさせた。
――てか、あれってどう見てもショタ坊じゃん。
えっ? どういう事? 人間の使者ってショタ坊なの?
ショタ坊ってショタ坊村のただのショタじゃん。村の少年Aじゃん。
それが何で国からの使者って事になってる訳?
えっ? えっ? なんで、どうして?
私は混乱して頭の中が真っ白になってしまった。
しかし私が固まっている間にも、事態は動き始めていた。
ショタ坊が声変わり前の子供の声で村の男達に告げた。
「私はルベリオ・ラリエール。この国の王子、イサロ殿下の名代としてこの村に来ました。私の言葉はイサロ殿下の言葉と思って頂いて結構です。私はあなた方の指導者との話を望みます。これは双方にとって決して悪い話ではありません」
イサロ王子――あのイケメン王子様か。ショタ坊はイケメン王子様の代理でここに来たって訳か。
ラリエールとかいう名前は初耳だが、使者としての箔付けなのかもしれない。
ショタ坊の言葉に顔を見合わせる村の男達。
ケンカ腰で来た所に話し合いを申し込まれて、戸惑っている様子だ。
一人の男が代表して口を開いた。
「俺達は――」
マズイ。
私は直感した。
彼らに喋らせてはいけない。
ここで敵対の意思を示せば、彼らは殺されてしまう。
男達は気付いていない様子だが、村の中から騎士達が弓で彼らを狙っているのだ。
見えているだけで三人。上手く隠れているだけで他にもいるかもしれない。
だというのに、マヌケにも男達は全員無防備に姿をさらしている。
彼らは根本的に履き違えている。
戦いはケンカじゃない。殺し合いだ。
敵と認識されれば、相手が殺しにかかって来るのは当然だ。
戦いの鉄則は先手必勝。向こうはこちらの準備が整うまでのんびりと待ってはくれない。
私は無意識のうちに声を張り上げていた。
「彼らは私の護衛よ!」
突然の横やりに全員が驚き、こちらに振り返った。
慌てるモーナとウンタ。
なんかスマン。
てか、つい咄嗟に声を掛けたけど、これからどうしよう?
次回「メス豚、亜人の守護者を標榜する」




