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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第一章 異世界転生編
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その9 メス豚、分の悪い賭けに出る

 やがて日が傾き、夕食の準備を始めなければいけない時間がやって来た。


 ガチムチ邸の裏口のドアが開くとガチムチがロープを手に出て来た。

 ガチムチの後ろには岩男が、大振りのナタを手にどこか怯えた表情で従ってる。


 私はガチムチの目を見た瞬間に全てを悟った。


 しまった、そういう事か!

 馬鹿か私は?! ちょっと頭を働かせれば分かる事だろうが!


 私は思わず自分の迂闊さと能天気さを呪いたくなった。


 昼間、ガチムチ邸は王子様と思われる貴人を家に招いた。

 こんなショボい小さな村だ。出来るもてなしなんてたかが知れている。


 そう。ガチムチは自分の財産である家畜――私らを潰して、王子様にご馳走することにしたのだ。


 そしてガチムチが選んだのは多分私だ。

 さっきガチムチと視線が合った時に察するべきだった。

 あの時私はガチムチにロックオンされてしまったんだ。


 マズイ。マズイぞ。どうする?


 何が、柵の中なら安全、だ。

 いつかはこうなるなんて最初から分かり切っていたじゃないか。

 いや、今は後悔している場合じゃない。ガチムチは私達の方に向かって歩いて来ている。

 もう時間が無い。私は決断しなければならない。


 黙って食材になる未来を受け入れるか、無茶を覚悟で逃亡を図るか、をだ。


 私はチラリと柵の外を見回した。

 この家に王子様がいるからだろう。周囲は兵隊達が立哨している。

 蟻の這い出る隙もない――は言い過ぎにしても、流石に豚の這い出る隙はなさそうだ。

 逃亡は難しいだろう。


 だったら諦めて食材になる?

 冗談じゃない。答えはノーだ。

 何のために苦労して魔法を鍛えたと思っているんだ? 生き残るために決まっているじゃないか。


 幸い目に入る範囲に恐竜ちゃん達はいないようだ。


 人間には魔法が使えない事は分かっている。

 逆に言えば人間は魔法に対して無防備なのだ。

 奇襲で一発食らわせた後、その混乱の中、隙を突いて逃げ出す。それしかない。


 かなり分の悪い賭けだ。

 けど、やらなければ確実な死が待っている。


 くそっ。何でこんな事に。


 迷っている時間は無い。

 やはりガチムチが選んだのは私だったようだ。その目は真っ直ぐに私を見ている。


 やるしかない! いや、やってやる!


「むっ。待て」


 ガチムチは背後の岩男を止めた。

 そのまま立ち止まると、じっとこっちの様子を窺っている。

 どうやらガチムチは私の殺気を察したみたいだ。


 コイツ・・・化け物か? 


 ガチムチは私が魔法を使える事を知らないはずだ。

 にもかかわらず、現にこうしてガチムチは私を警戒している。


 私はガチムチの勘の鋭さに内心舌を巻いていた。


 不意を打ちたかったが仕方が無い。

 奇襲が強襲になってしまうが、その分は手数で補う。

 私は魔法を発動。眉間の前に空気の渦を生み出した。


 人間はマナ受容体(レセプター)を持たない。そのため魔法の発動を知ることは出来ない。

 しかし、魔法によって作り出された空気の渦、それ自体は物理現象だ。

 そのため、空気の密度の違いによって光の屈折が変わり、渦の向こう側の景色が僅かに歪む。


 私を観察していたガチムチはその微妙な変化に気が付いたようだ。

 ゴツイ顔に訝しげな表情が浮かんだ。


 空気の渦が激しく収束し、見えない弾丸が生成された。


 くっ。躱されるか?! いや、この距離なら当たる!

 食らえ最も危険な銃弾(エクスプローダー)


◇◇◇◇◇◇◇◇


 時間は昼間まで巻き戻る。


 村を訪れたのはこの国の第三王子、イサロ・サンキーニだった。

 イサロ王子は案内された部屋で、作りこそしっかりしているものの飾り気のない粗末なイスにだらしなく腰掛けていた。

 ハンサムで上品な顔に似合わない倦怠感溢れる姿だった。

 彼の妹が見たら眉間に皺を寄せた事だろう。


「おい、人払いだ。お前達は部屋の外に待機しておけ」


 イサロ王子は面倒くさそうに手を振って部下を追い払った。

 彼らが部屋を出ていくと、王子は村長の息子をジロリと睨んだ。


「何当たり前のように残ってんだ。お前もだよ。とっとと出て行け」


 ドスを利かされて、ホセの息子ロックは慌てて部屋を出て行った。

 王子はそんなロックの後ろ姿を眺めていたが、彼の姿が部屋の外に消えるとホセに向き直った。


「あれは本当にお前の息子か?」


 現役を退いた今でも良く鍛え上げられているホセの体に対し、息子のロックの体は脂肪が付いてだらしなく緩んでいる。

 そしてロックにはホセのような一本芯の通った凄みが感じられなかった。


「甘やかし過ぎました。あれの母がいない原因が私にあると思うと、どうしても強く叱る事が出来なかったのです」

「・・・お前に落ち度は無い。あの戦いは兄の采配が悪かったのだ」


 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる王子。どうやら二人は知り合いのようだ。

 王子は乱暴に足を机に投げ出した。

 場末の酒場でチンピラがやるような姿だが、美形の王子がやると不思議とさまになっていた。


「それでどうする? 今回の戦はお前の息子の初陣には手頃だと俺は思うが?」

「その事ですが・・・ 申し訳ございません。色々と考えましたが、やはりあれに戦は無理だと思います」


 王子はフンと鼻を鳴らした。

 不満、というよりも、だろうな、といった表情だ。

 僅かな時間しか顔を合わせていないが、王子の目にも村長の息子は見るからに甘ったれのドラ息子に映ったのだ。


「なら村の兵だけ預かって行くか。後で代表の者を寄越せ。ルジェロと顔合わせをさせておく」

「はっ」


 ルジェロ将軍はこの部隊の指揮官だ。

 部隊の総指揮官はイサロ王子だが、実際の軍を動かすのはルジェロ将軍となっている。

 齢50を超えた老将だが、歴戦の将軍としてこの国では現在も大きな影響力を持っていた。


「何が歴戦の将軍だ。昔の栄光しか誇るもののない年寄りに過ぎんさ」


 王子は吐き捨てるように言い切った。


 今回の戦いは隣国とのいつもの小競り合いだ。

 周囲からは、ルジェロ将軍が指揮する以上こんな戦いは勝って当たり前、と思われている。

 しかし、もし負ければイサロ王子が敗戦の責を問われる事になる。


 そう。これは王子にとって何の益もない、仕組まれた人事だったのである。


「とはいえ、敵軍がそこまで来ているのは事実だ。誰かが出向いて戦わねばならん。全く業腹な話だが、父上から行けと命じられた以上、俺には行かないという選択肢はないからな」


 王子の愚痴に対してホセは沈黙で答えた。

 迂闊に同意すれば王家に対する不敬となるからである。

 王子は「面白みのないヤツめ」と呟くと舌打ちをした。


「まあいいさ。そんなわけで俺はここでルジェロの部隊の合流を待たねばならん。明日には到着する予定だが、知っての通りアイツも歳だからな。遅れるかもしれん」

「分かりました。見ての通りのボロ屋ですがせめてごゆっくりおくつろぎ下さい」

「うむ。そうさせてもらう」


 王子は手を叩いて部屋の外に控えた部下達を呼んだ。


「おい、この部屋に俺の道具を運び込め。それと各部隊長も呼べ。後は――」


 テキパキと指示を飛ばすイサロ王子。

 優雅な見た目にそぐわず、口も態度も悪くて愚痴っぽいが、若くして有能な為政者ではあるようだ。

 こうしてこの家は王子の臨時執務室へと変貌するのだった。




 部屋から追い出された村長のドラ息子、ロックは、王子の部下達の視線を避けているうちにとうとう家の外に出てしまった。

 ロックは仕方なく村をぶらつく事にした。

 しかし、村の中もあちこちに兵士が立っている。

 大柄な見た目と違って気の小さい彼は、武器を持った男達の姿にどうにも落ち着く事が出来なかった。


「仕方ない。ルベリオの家にでも行くか」


 ロックはルベリオが祖父母と住む家に足を向けたのだった。



 ルベリオの両親は彼がまだずっと幼い頃に他界している。

 今は祖父母と三人で慎ましく暮らしていた。

 ルベリオ家も他の村人同様、突然やってきた兵隊達を恐れて家に閉じこもっていた。


 村長の息子の来訪をルベリオの祖父母は素直に歓迎した。

 ルベリオの祖父母は村人には珍しい、どこかあか抜けた雰囲気を持つ品の良い老夫婦であった。

 ちなみにルベリオはロックの来訪を全然歓迎していなかったが、祖父母の手前、表情には出さなかった。


 ロックはいつものように、ルベリオに対して威張り散らした。

 今日の彼の自慢は、自分の家に王子を泊める事になった件についてである。

 ルベリオは内心うんざりしながらもロックの自慢話に相槌を打っていた。

 最後にロックは今夜の晩餐について語った。


「今日はご馳走なんだぞ。パパが子豚を一匹潰すって言ってたからな。ウチの豚はどいつもこいつも丸々太った絶品だ。今から楽しみで仕方がないよ」


 鼻高々なロック。ルベリオはハッと目を見開いた。


「子豚を潰すって、どの子豚?」

「王子様に食べて頂くんだ。当然肉が美味いメスの子豚に決まってるさ。一匹だけ黒いのがいるだろ? パパはアイツにするって言ってたな」


 黒い子豚――クロ子はルベリオが特に目をかけてやっている子豚だった。

 遊び好きで、時折こちらをじっと窺う事のある、どこか不思議な雰囲気を持った子豚である。


 そのクロ子が、少し前に後ろ足にケガをした事がある。

 その時ルベリオはわざわざ山まで行って、祖母から教わった薬効のある植物を取ってきてやった。

 最近ではすっかりケガも治って、以前のように元気良く走り回っている。

 そんなクロ子の姿をルベリオは微笑ましく見守っていた。


 確かにあの豚達は村長の家の家畜だ。いつかはこうして潰される日が来る事くらい分かっている。

 しかし、よりにもよってせっかく足が治ったばかりのクロ子を潰す事はないじゃないか。


 ルベリオは自分の気持ちが身勝手なものだと分かっていた。

 でも彼は放っておけなかったのだ。

 何か自分に出来る事はないだろうか? ルベリオはじっと考え込んだ。


「お前が世話をしている豚だからな。俺がパパに頼んで一口くらいなら・・・おい、ルベリオ。何黙っているんだよ」

「・・・ごめんロック。僕ちょっと用事を思い出したから」


 ルベリオは立ち上がると、ロックが止める間もなく家を飛び出した。

 そうして彼は村の外、池の方へと走って行ったのだった。

次回「メス豚、大きな借りを作る」

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