プロローグ メス豚転生
「ふざけんなこのメス豚!」
気の強そうな男の子が手札をテーブルに投げつけた。
ついさっきまで彼のフィールドにいた頼もしい高レベルクリーチャーは、私のトラップカードで破壊されてしまった。
今、彼のフィールドはがら空きになっている。
戦闘破壊されないという効果を持つ強キャラも、効果による破壊耐性までは持っていなかったのだ。
おー可哀想(棒)
私は未だに癇癪を起している男の子を丁重に無視。
涼しい顔で自分フィールドのクリーチャーをタップした。
「私はさらにターン終了時にカタパルトドラゴンの効果で自分フィールド上のクリーチャーを射出。一体につき相手プレイヤーに500ポイントのダメージ。一、二、三体ね。最後にカタパルトドラゴン自身を射出して四体。合計2000ポイントのダメージ。ハイ、君のライフはぴったりゼロ。ピタリ賞ですお疲れさま」
「うっきーっ! 汚えぞ、このメス豚!」
猿のような金切り声を上げて地団太を踏む小学生男子。
良きかな良きかな。負け犬の遠吠えが耳に心地よいわ。
五連続完封負けに彼のプライドはもうズタボロだ。
それと、豚豚うるさいわ。私はちょっとお腹周りが気になるだけで、決して太ってなんていないから。
「優斗君。六花に遊んでもらっておいて悪口を言ってはダメよ」
「でも・・・コイツ汚いんだよ! 毎回制限カードで俺のクリーチャーを破壊するんだよ! チートだチート!」
「優斗君!」
「・・・はい」
はっはっは。小学生め、早速ウチのママンに怒られておるわ。
ここは私の家。すなわち私のホームグランドなのだよ。
フィールドカード”我が家”。地形効果は私にのみ適用される。
それにしてもメス豚だのチートだのと、近頃の小学生は汚い言葉をほざきおるわ。
どうせどこぞの動画チャンネルの煽り動画でも見て覚えたんだろう。
全く嘆かわしい。最近の小学生は動画ばっかり見てるからな。男の子なんだから外で遊びなさい、外で。
「六花ももう高校一年生なんだから、小学生相手に意地にならないの」
おおう。こちらにも火の粉が飛んで来たか。
咄嗟に窓の外に目を反らす私。
ついでにわざとらしく口笛を吹いてみたりなんかして。
「六花あんたね・・・」
呆れるママ。いやん許してん。
ママは元小学校教師だから子供の躾けには案外うるさい。
そんなママだから、昔から近所のママ友がウチに子供を預けに来る。
そして私は手が空いている時は子供達の遊び相手をしてやっているのだ。
男子小学生はまだ不貞腐れている。
仕方が無いのお。私は彼に自分のデッキを開示してみせた。
「ホラ、制限カードは一枚しか入ってないでしょ。だから私はチートじゃない。分かった?」
「でも毎回手札に引くなんてあり得ねえだろうが!」
「それはこのカードでサーチしてるからだって。それにこっちのクリーチャーの効果で一度ドロップゾーンに落ちたカードを吊り上げてまたセットするわけ」
名付けて「制限カードグルグルデッキ」。使い倒されたカードの行き着く先は過労死である。
「やっぱりチートだ! 何度も制限カードを使うなんてチートだ!」
・・・イラッ。
いい加減にしろよこのガキャ。
温厚なお姉さんもしまいにゃキレるぞゴルァ。
どうやら小学生男子の脳みそでは、猿でも分かる私の説明すら理解出来なかったようだ。
馬鹿の一つ覚えのようにチートだ豚だと繰り返している。
そんなクソガキにいよいようんざりしていると、家の前に車が停まる音がした。
「お母さんだ!」
今泣いた烏がもう笑う。途端に機嫌を直した小学生に、私はドッと疲れを感じた。
・・・はっ。今少し意識が飛んでた。
むむっ。こいつは小学生の相手に疲れたんじゃなくて、寝不足による疲れなのかも。
そういや昨夜もずっとスマホゲームを遊んでいたんだっけ。
私は悪くないんやで。最近、私の参加している時間限定イベントの開始時刻が深夜に重なったのが悪いんやで。
「いつも子供を預かってもらって助かりますわ」
「いえいえ、いいんですよ」
ママと小学生の母親が玄関で立ち話をしている。
男の子がつまらなさそうにデッキをいじっているのが見える。気持ちは分かるわ。こうなると女の話は長いからのぉ。
う~ん、あかん。このままだと私も睡魔に負けそう。
夕食までまだ時間がかかりそうだし、先にシャワーでも浴びて頭をシャキッとさせておくか。
私はデッキとプレイマットを片付けると風呂場へと向かった。
さあさあ皆々様。ここからはリアルJKのシャワーシーンですぞ。
私の貧相な裸でまっこと申し訳ございませぬぅ~
この時の私は余程ぼんやりしていたんだろう。
最後の記憶は「冷たっ!」だった。
そう。私はお湯と間違えて冷水のシャワーを体に浴びてしまったのだ。
睡眠不足で弱っていた私は、そのショックで心臓麻痺を起こして死んでしまった。
あっけない最後じゃったわい。ナムアミダブツ・・・
◇◇◇◇◇◇◇◇
はっ!
どうやら私はまた寝ていたようだ。
まずいまずい。今の体になってから食っちゃ寝の生活が習慣になりつつあるみたいだ。
私は豚のように寝る兄弟達を見渡した。
豚のようにというか、まあ豚そのものなんだけど。
ここにいるのは全て豚。兄弟は豚。母親は豚。そして私も豚。
そう。私はメス豚に転生してしまったのだ。
って、なんでやねーん!!
コレはアレか? 死ぬ前に男子小学生から散々メス豚呼ばわりされたのが原因なのか?
私の魂に”メス豚”という単語が刻まれて、転生先にまで影響してしまったとか?
それとも私のグルグルデッキにボロ負けした男子小学生の呪いとか?
初めて自分の境遇に気が付いた時には、流石の私もショックでしたよ。
今まで一人っ子だったのが、突然七匹兄弟になった上、今後は見ず知らずの豚をママと呼ばなければならなくなった訳だからね。
って、そんな事を言っている場合じゃなかったジャン!
絶体絶命大ピンチジャン!
だって豚ですよ豚。
「ええっ!」と叫ぼうと思ったら、口から出た言葉は「ぶひっ!」だったから間違いないし。
どこがピンチなのかって? そういうあなたは周りを良く見渡してみましょう。
どうですか? 見事に柵で囲われていますよね。そして柵の外には日干し煉瓦を積んで作ったボロっちい掘っ立て小屋が見えますよね。
信じられますか? あれ、小屋じゃなくて人が住んでいる家なんですよ。
つまりここは(多分)貧しい小さな村なんですよ。
そして私達家族はそこで飼われている唯一の家畜。英語で言えばKATIKU。
さて、あなたは家畜となった豚の一生って知ってますか?
餌を食べる。そして寝る。体育つ。食べる。寝る。育つ。食。寝。育・・・(繰り返し) そして美味しく食卓へ。
いやあああああっ!!
食べられちゃうの私?! 美味しくいただかれちゃの私?!
マズイよマズイよコレ。絶対ヤバいヤツじゃんコレ。
ちなみに今生の私は可愛い黒豚ちゃんだった――ってどうでもいいわ。
このままだと一年もしないうちに第二の人生(豚生?)終了のお知らせである。次の転生が私を待っている。
一度も二度も一緒だって? うるさいわ。
食われて死ぬのなんてゴメンなんじゃ。
ん? 食われて死ぬんじゃなくて、殺されてから食われる? どっちでもいいわ!
私は断固としてこの過酷な運命と戦うぞ。運命なんてくそくらえ!
次回「メス豚人生が始まる」