第9話 誰よりも使いにくく
第9話 誰よりも使いにくく
「えっ、そうだったんですか?」
「マヤは本当になんにも知らないんだな」
ケミーさんが頭をぼりぼりとかきむしりながら呆れた。
「マヤひとりだけなら、そこそこの連合でも欲しいだろう。
でもまったく成長しない、連合に何ひとつ貢献も出来ないどころか、
足を引っ張ることしか出来ない、あの『JACK』がセットだ。
『JACK』と言えば『テラクラフトの悪夢』として、今や超有名人だぞ」
…やっぱり。
ジャックは本当に「テラクラフトの悪夢」になってしまったか。
そうだろうな、ジャックは何をしても失敗しかないから。
「お、時間だ」
でみさんが席を立った。
ケミーさんも食器を片付け始めた。
あれから私は後衛として、ジャックは前衛として、
「合戦」に連日連れて行かれた。
戦場はいつも街はずれの、「トータル」の連合ハウスの反対側にある草原だった。
「テラクラフト」の「合戦」とはギルドバトルの事で、連合同士が報酬をかけて戦う。
領地とか国盗りの概念はないらしい。
「この世界は『テラクラフト』という、孤立したひとつの島国でもあるんだ。
だから合戦も内戦みたいなもんだよ」
ある晩の合戦で、後衛連合員の「夜鷹」さんという30過ぎのおじさんが言った。
夜鷹さんは昔、敵の毒攻撃で利き手が動かなくなって、
廃兵となり、「プログレッシブ」に流れ着いた人だった。
それ以前は強い連合で、前衛として活躍していたと言う。
「後衛のする事は弓や鉄砲、それから魔法…今はこの魔法が後衛の主流だね」
夜鷹さんはその後、この連合で魔法攻撃の担当に転向し、
後衛の筆頭となった。
彼は右手に持った木製の短い杖を振った。
赤い光が杖の先端から発射され、まっすぐに闇を駆ける。
「夜鷹、てめえ俺を殺す気か! このボケ!」
前方の敵集団の真ん中で、鎖のついた鉄球を振り回していたでみさんが怒鳴った。
そんな集団を筋肉の塊が突き破った。
「ボケはじじい、てめえだ…どいてろ雑魚が」
前衛連合員の「まっさん」だった。
「さん」も名前の一部なので、正式には「まっさん」さんと言う。
筋肉むきむきでいつも素手縛りの人なのだが、
それゆえに使いにくいと、あちこちの連合で敬遠されてこの連合に来た。
夜鷹さんより10も年上と言うけれど、すごく童顔で20代にしか見えない。
私はまだ新人だったから、後方で夜鷹さんの使う道具の準備をしていた。
あの杖をくれ、この本の何ページ目を開いてくれ、
この薬をどれだけ杖に塗っておいてくれと、
片手の動かない彼の指示は多く、
とても細かかったし、とても厳しかった。
「てめえら…」
そんな私の背後にケミーさんが鉈を片手に現れた。
合戦でもドレス姿にばっちりメイクなのか…。
それにしても鉈って…前衛と後衛、どちらに入るのだろう。
「よくも俺の出番を…憎い…怨めしい…許せない」
ケミーさんの表情は真っ黒だった。
夜鷹さんはじめ、後衛陣はにやにやした。
「うは、来たぞ来たぞ、盟主の怨み節だ」
でみさんはじめ前衛陣も肩をすくめて、戦闘集団から退いた。
「草木皆兵、草キーッ…てめえら全員かまどの燃料にしてやる」
ケミーさんは胸元に挟んでいたわら人形を取り出し、それを集団に投げ入れた。
するとわら人形は宙を舞いながら発火し、
集団は突然ぴたりと動きを止め、草原の草やまばらに生える木と同化し、
草原を渡る風に吹かれてそよそよとなびき出した。
彼はドレスの裾をひいて、しゃなりしゃなりと歩いて近づいたかと思うと、
そして手にしていた鉈を狂ったように振り回した。
「死ねやコラ、刈り取り! 刈り取り!」
敵はさくさくと刈られ、草原にひらひらと落ちて行く…。
「…あれも後衛の魔法なんですか?」
私は夜鷹さんに聞いた。
「いや、あれは中衛? かな…この『テラクラフト』にはそんな高度なもんないけど」
「へえ…でもケミーさんて強かったんですね、意外」
「まあね、あれでもこの『プログレッシブ』の盟主だ」
「それに比べてジャックは…」
私は戦場にジャックを探した。
いない、どこかに隠れてしまったのだろうか。
その時、背後に気配を感じて振り返った。
そこには生き残った敵兵が、それも何人もいて、私を取り囲んだ…。
「珍しい、こんなところに女がいるぞ」
「ほんとだ、しかもすげえ若い」
「なかなかの顔じゃねえの」
夜鷹さんが「しまった」と声をあげたが、それはもう遅かった。
片手しか動かない彼は男たちに突き飛ばされ、バランスを欠いて起き上がれず、
私は森の中へと引きずられて行った。