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第8話 誰よりもヘアパック

第8話 誰よりもヘアパック


ケミーさんは部屋から持って来た鏡を、離れの窓辺に立てかけ、

裏庭に椅子を置いて私をそこに座らせた。

そして伸びた髪に櫛を通して、霧吹きで湿らせてから、

ばらばらになって痛んだ毛先にはさみを入れた。

翌日の昼下がりの事だった。


「…ケミーさんはどうしてキリトさんを殺したのですか?」

「ああいう男は嫌いだ、虫酸が走る」

「助けてもらったとは言え…何も殺さなくても…」

「殺した方がいいのさ、こんな末路しかないのだから」


髪は肩ぐらいで切りそろえられた。

ケミーさんは私に手鏡を手渡し、前に置いてあった大きな鏡を、

後ろに回して言った。


「髪には魔力が宿ると言う、これからは伸ばして行こうか」


今度は離れの厨房に連れて行かれ、

そこで頭だけ土間に突き出すようにして、段差の上に仰向けに寝かされた。

ケミーさんはお湯の入った桶を持って来て、私の髪を洗ってくれた。

それから小さなすり鉢を戸棚から取り出した。

そこに昨日のヨーグルトと、はちみつ、油、薬草を混ぜて、

洗った髪にしっかりと塗り込んだ。


「髪もだけど、これからはこうやってちゃんと手をかけて、

身体のすみずみまでいつもきれいにしておく事」

「はい」


ヨーグルトのパックが髪に染み込むのを待っている間、

ケミーさんは隣に座って、たばこを吸っていた。


「…マヤさ、どうしてジャックを誘ったの?」

「えっ」

「失礼だけど、マヤがジャックを好きとは思えない。

なのにどうして自分を差し出したの。

初めてはすごく大事なものなのに、どうして自分を大事にしないの…」


私は死体の横でジャックを誘った。

たまたまそこにいたのがジャックだったから。

彼を好きとか愛してるとかそういう訳ではなかった…けれど。


「大事なものだからだよ…誰かに力ずくで奪われたくなんかない。

奪われたくないから、自分で奪えないようにしたまで」

「でもねマヤ、それじゃこの世界は生き抜けないんだよ。

この世界は極端に女が少ない、だからこないだみたいな事も起こる。

女の人たちは誰か強い男のハーレムに入って、

身体と引き換えに自分の安全を守っている」


ケミーさんは土間にたばこの灰を落とした。

私の目がどろりと動いて、視線が横に流れた。


「…ケミーさんは私をハーレムの一員にして、安全と引き換えに私を抱くの?」


私はゆうべから感じていた事をそのままぶつけた。

すると、ケミーさんはふんと鼻で笑った。


「そうだな…ま、あと10年ほどたったらまたおいで。

俺は若いだけでガラみたいな身体をしたガキは好かん、趣味じゃない。

いつかマヤが大人になって、身も心もいい女になったらまたおいで、

その時はしたげる…俺の身も心も、全てをもって本気で相手するよ」


本気でって…よく言うよ。

「オカマ」のケミーさんにハーレムとか、気配すらないくせに。

悔しくて、私は髪にたっぷりと塗り込まれたヨーグルトのパックを手につけ、

ケミーさんの顔に塗りたくった…。



「プログレッシブ」では夕食は午後11時と遅かった。

遅い代わりに、午後8時に軽食の時間がある。

その軽食の最中、おじいさん連合員のでみさんが言った。

彼は小柄で髪もひげもまっ白だったが、でぶに見えるくらい筋肉は盛り上がっていた。


「22時、ジャックを合戦に連れて行きたい」


私はぎょっとした。

ジャックはぴしりと石のように冷たく固まった。

どんぐりのパンを配るケミーさんは気まずそうに苦笑した。


「こないだケミーのバカがキリト…よりによってもうちの稼ぎ頭を殺しやがった。

そのせいで前衛が不足した、文句はないはずだ」


でみさんはパンで頬を膨らませながら、

ケミーさんをぎろりと睨みつけた。


「あのう、でみさん。あの人…キリトさんて、そんなすごい人だったんですか?」

「ああそりゃもうすごかったですよ、はいはい」


ケミーさんはつーんと口を尖らせた。

でみさんが代わりに説明してくれた。


「キリトはうちの稼ぎ頭で、この『テラクラフト』のトッププレイヤーで、

『勇者』と呼ばれていたけど、とにかく女トラブルの多いやつでね…。

あちこちの連合を首になって、それで最後にここに流れ着いたんだ」

「えっ…そんな人でも受け入れるって…」

「知らなかったのかい? ああ、マヤも新入りだったな…」


でみさんはひげについたパンくずをごつい手で払った。


「ここはそういう過去のあるやつしかいない、

だからこそマヤとジャック、2人セットでも受け入れられたんじゃないか。

まともな連合なら、セットでの加入なんかまず断るもんだよ」


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