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第7話 誰よりも冷たく

第7話 誰よりも冷たく


「嫌…ちょっ、やめてよ!」


もがいて抜け出そうとする私をキリトは押さえつけながら、

スカートをまくり上げ、下着を取り払い、それから自分のベルトに手をかけた。

荒く、熱い息が私の耳にかかる。

体重が、力が、私に降って来て沈もうとしている…。


その時、突然キリトがかっと目を見開いたかと思うと、

私の視界が赤く染まった。

そして欲望の代わりに、死体が私のお腹に降って来た。


「キリト、てめえが外から女を連れ込むのは自由だが、

少々調子に乗り過ぎたな…」


死体の向こう側にはたばこをくわえたケミーさんが立っていた。

頬も手も赤く濡れている。

彼の脇にはジャックもいた。

ケミーさんはすぐに部屋を出て行ったが、ジャックはその場に立ち尽くしていた。


「…何見てるの?」


そう言いながら、私は自分自身に驚いた。


「まやちゃん…」

「ドアを閉めて、こっちにおいでよ」


あんな事がありながら、こんなにも冷静だ。

乱れた着衣を直す事もなく、私は押しのけた死体の横から呼びかけた。


「おいでよジャック、もっと近くへ…誰よりも近く」


私は脚を開いて、手を伸ばした。

ジャックは泣いていた。

泣きながら私の腕に捕まり、でも私に触れた。

涙は降って来て、心を濡らして染み込んでいく…。

欲望よりも深く、愛よりも冷たく。



翌朝、ジャックは離れの屋根裏部屋からいなくなった。

1階の事務所のケミーさんに聞くと、ジャックがそれを希望したのだと言った。


「今はとりあえず、でみさんの部屋に置いてもらっているよ」


「でみさん」と言うのは、古参のおじいちゃん連合員だった。

この「プログレッシブ」という連合には、ジェニファさんのような補佐がいないので、

でみさんが補佐のかわりに働いていた。


「どうして…」

「どうして? そりゃそうさ、ジャックだっていつまでも子供のままじゃない。

ジャックに何があったかは知らないけど」

「…あの後、私がジャックを誘いました、ジャックはそれに応えたまで」

「マヤは冷たいね、でもそれでいいさ…そうじゃなきゃこの世界は生き抜けない」


帳簿をつけていたケミーさんはそろばんを置いた。


「ジャックにはこれからでみさんがついて教える。

でみさんはじいさんだが俺の最初の師匠だ、申し分のない先生だよ。

マヤは引き続き俺が教える…新しく覚えてみないか、魔法ってやつを」

「魔法…」

「…そうだ、魔法さ」


この「テラクラフト」の世界には、剣や銃などの他に、

魔法という攻撃手段があることぐらいはわかっている。

そのために、たくさんの杖や魔導書があるのも知っている。

剣や銃の中にも、そういう力を持つものがあるのも知っている。


ケミーさんは台所で小さい鍋にミルクを入れてから、

私を裏庭に連れて行き、庭木から小さなひと枝を折りとった。

そしてその枝を鍋の中のミルクに入れて、蓋をして日だまりの中に置いた。

私に見せてくれたのはそこまでだった。


「暗くなったらまたここにおいで」


夜、私はケミーさんと再び裏庭に集まった。

日だまりに置かれた小鍋も、今はもう月光を浴びて青く染まっていた。

彼は蓋を開けて中を確認すると、中身を指ですくって、

その指で私の唇を割って、口の中へと挿し入れた。


「食べてごらん」


私は意を決してケミーさんの指をしゃぶって、先についたミルクを舐めた。

小枝を入れて日だまりに置いたミルクは、とろみと酸味がついて、

別の食べ物になっていた。


「驚いた、ヨーグルト…だよね、これ」

「魔法のヨーグルトとでも言いたいところだけど、

これがすごく古典的な作り方だよ」

「それがどうして魔法と関係あるの?」

「『反応』…『変化』…魔法もヨーグルトもおんなじさ…」


ケミーさんも鍋の中のヨーグルトを指ですくって、

赤い口紅を塗った唇の間から舌をのぞかせて、ぺろりとひと舐めした。


「俺はマヤにこういう、生活に密接した、実用的な魔法しか教えられない。

悪いモンスターをやっつける魔法なんか、ひとつも知らない。

知りたいか、俺がどうして魔法を覚えたかを」


彼は鍋の中をもうひとすくいして、その指をもう一度私の前に差し出した。


「知りたくなんかない…」


…ケミーさんの過去はきっと私の未来なのだ。

生きるためには甘いミルクも、酸っぱいヨーグルトにしなければならない。

私もいつかは自分と引き換えに、誰かに守られなきゃいけないの。

私は彼の手を掴んで差し出された長い指を甘く噛んだ、涙が出て来る…。


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