第6話 誰よりも貧しく
第6話 誰よりも貧しく
「わかった? さすがジャックは男の子だね」
ケミーさんは振り返って笑った。
「この一帯はね、もともと遊郭だったんだけど、
俺らが連合を結成する少し前、丸ごと外れに移転して、
この建物もその時に売りに出された妓楼だったのさ。
うちは貧乏だから、こういう場末の訳あり物件しか買えなくてね…」
「でも、そのう…今は『プログレッシブ』の連合ハウスなんですよね?」
部屋から聞こえて来る音に、ジャックがそうおずおずと質問すると、
彼は呆れたようなため息をついた。
「…一応はね。連合にはまだ、ここを売春宿と勘違いしてるやつもいるけど、
まあ自由な連合だから、自由気ままに過ごしてよ」
「ケミーさん、私たちは『トータル』で、
ここの事を『少し上の連合』だって紹介されて来ました。
私たちは教育を受けられますか?」
ケミーさんは緑色の目を細めた。
「もちろん。マヤは何を勉強したい?」
「強くなりたいです…ジャックを守ってこの世界で生き延びるために」
「いいだろう、俺が見よう」
私たちは建物の裏に出た。
そこは小さな庭になっており、屋根続きではあるが離れがあった。
離れの1階は厨房と食料庫だったのだろう。
蜘蛛の巣の下でたくさんの釜が仲良く並んでいた。
風呂場とトイレもある、きっと遊郭の従業員が住み込んでいた建物なのだ。
風呂場の横の急な階段を登ると、屋根裏になっていた。
板の間の一部に赤の派手な敷物が敷いてあり、そこに畳んだふとんが置かれてあった。
「部屋、2人一緒だけど、しばらくはここで我慢してて。
そのうち母屋が片付いたら、ちゃんと部屋を作るから」
ケミーさんはそう言って、部屋を出ようとした。
ジャックはありがとうございますと弱々しく言っていたが、
私は彼を引き止めた。
「ケミーさん、自由な連合とは言うけど、ここでの決まりは何かありますか?」
「ないよ? あ…いや、あるな。
もう少し経って、お金を稼げるようになったら、
わずかでもいいから、寄付でもしてもらえると嬉しいかな…それぐらいだね」
「…寄付? 家賃ではなくて?」
目を丸くする私に、ケミーさんは教えてくれた。
連合は合戦で得られる報酬と、連合員からの寄付で活動している事。
合戦での報酬には、個人でもらえる報酬と連合がもらえる報酬の、
2種類があって、ケミーさんは個人報酬をも連合運営につぎ込んでいるって事。
「連合は貧乏だし、俺がこの世界でやれるのは、
もうこれぐらいしかないから…」
ケミーさんはふふと笑って、夕飯には呼ぶからねと言い残し、
急な階段を下りて行った。
「プログレッシブ」は「トータル」とはだいぶ違う連合だった。
食事も豆腐建築の家で食べていた物と大差ないし、
母屋も離れも、全てがいちいち古びて汚れており、
リビングなどの共有スペースも物があふれて散らかっていた。
そして、いつも連合員たちの汗の匂い、
彼らが連れ込む女の人の香水でむせ返るようだった。
ケミーさんは盟主だから、私に武器の扱いや戦い方など、
教育をつけてくれたが、ジャックには何も教えてくれなかった。
「どうしてジャックには何も教えないのですか?」
「ジャックはまだそういう気持ちがない、だから待ちたい」
そう言うだけであてにはできなかったので、
空いた時間に、私が裏庭でジャックに稽古をつけていた。
でもジャックの事だから、すぐに根を上げて泣き出してしまう。
それでも屋根裏部屋での暮らしは楽しかった。
「トータル」では別々のフロアだったけれど、ここではジャックも同じ部屋にいる。
夜は遅くまで、どちらかが寝てしまうまでおしゃべりをして、
雷の鳴る夜には、ひとつのふとんに2人でくるまって眠る。
私たちは子供だったから…。
恐怖の対象がとにかく多いジャックには、雷も当然恐ろしい存在だった。
眠る事も出来ず、ずっと私にしがみついて夜を明かすだけだった。
それが高じて、嵐の夜以外にも私のふとんにもぐりこんでくるようになった。
やっぱり私にしがみつくのだけど、最近はなんだか今までと違う気がする。
今までのように弱々しく、ふにゃふにゃと柔らかい感じがしない。
ジャックはこんなに硬い身体をしていただろうか。
離れの風呂場はもう使っておらず、私たちは母屋のバスルームを使っていた。
2階の連合員たちの使う小部屋が並ぶ突き当たりにある。
やっぱり赤い壁に、ハート形のランプだけの灯りで、昼夜の区別もつかない。
古くても風呂場だけはなぜか立派で、浴槽も洗い場も広かった。
そんなある晩の風呂上がりだった。
離れに戻ろうと廊下を歩いていたら、突然腕をつかまれた。
そして並ぶ小部屋のひとつに押し込まれ、ベッドへと叩き付けられた。
「ちょっ…!」
「マヤ?だっけ、お前」
そう言って私を見下ろしたのは、キリトという連合員だった。
ケミーさんより少し下、現実世界だと高校生にあたる年頃だろう。
「いい身体してんな…」
キリトは私の上に覆いかぶさった。