第5話 誰よりも珍しく
第5話 誰よりも珍しく
この世界には女の人がとても少ない。
ここに女の人たちが集まっているのは、本当に稀な事だとジェニファさんは言う。
「私たちはみんな、女であることが理由で、過去に辛い目にあってきたの。
マヤも遅かれ早かれそれに直面すると思う。
だからここにいる間に、十分な力をつけて欲しいの。
マヤがこの世界を生き抜くために」
その翌日から、ジェニファさんとナナさんが私について、
戦い方や、武器の作り方、生活に必要な道具などを訓練してくれた。
でもその内容は最初の日、ジェフさんが教えてくれたのとは少し違っていた。
敵の倒し方も、ジェフさんは「1体ずつ丁寧に倒して行く」と言っていたが、
ジェニファさんとナナさんのは、「最短で敵の急所を突けなければ逃げる」だし、
必要な道具も、かまどや作業台などは同じだったけれど、
土や石は十分な数を必ず持ち歩く事と、
つるはしだけは無理をしてでも、必ず良い物を持つ事など…。
連合ハウスに住むのに家賃は要らなかった。
代わりに毎日の家事や農作業、家の手入れなどの仕事を手伝う事が求められた。
…それからもうひとつ。
1年間という、ハウスにいられる期限があった。
「大丈夫、その頃にはきっと、自分でこのハウスみたいな大きい家も建てられるし、
夜も狩りに出られるほど強くなってるから」
期限の事が夕食の話題になった時、ジェフさんはそう笑い飛ばした。
実際、卒業の近づいたサワさんや、ケンジさんなどは、
ジェフさんやタクさんについて、夜間に狩りの練習に出ていたし、
私とジャックも10ヶ月目からは、狩りを含めた夜間訓練に出された。
「マヤ、お見事!」
金の剣で複数体のゾンビを一度に仕留めた私に、ナナさんが歓声をあげた。
「すげえな、マヤは…これはもしかして」
「そろそろマヤの進路を考えてもいいんじゃない?」
ジェフさんとジェニファさんも、私の成長には驚いているらしい。
当たり前だよ、だって私はジャックを守らなければ。
そんなジャックはと言うと、未だ1体ものゾンビも仕留められないどころか、
泣いて震えながら木にしがみついている有様だった。
「マヤ、もうすぐ卒業だけど、ここを出たらどうしたい?」
訓練のあと、私はジェフさんに呼び出された。
リビングに行くと、ジェニファさん、ナナさん、タクさんもいた。
ジャックは恐怖の余韻からひとりになりたくなくて、私の背中にしがみついていた。
「はい…ここに来る前に住んでいた家を手入れして、
そこでジャックと暮らして行こうと思っています」
「…それも悪くはないけど、もっと強くなってみない?」
ジェニファさんが、隣に座るジェフさんに目配せをした。
ジェフさんはそれを受け取って、彼女に代わり話を続けた。
「マヤ、連合には連合同士のつながりがある。
僕たちが紹介出来る連合もある、少し上の連合に行って、
そこでより高度な教育を受けてみないか?」
「ジャックと一緒で良ければ」
迷うことはなかった、私は連合からの提案を利用した。
この連合「トータル」に来たのはジャックのためだった。
「わかった、ジャックと一緒に行けるところを探してみるよ」
ジャックと2人セット、その条件で連合は移動先を探してくれ、
私たちは卒業を迎え、「トータル」をあとにした。
移動先の連合は「プログレッシブ」という名前で、
街の中の空き店舗らしき建物を連合ハウスにしていた。
「ようこそ、ジェフやジェニファさんから話を聞いてるよ。
マヤとジャックだね、俺はここの代表でケミー」
代表のケミーさんはまだ若く、現実世界で言う大学生ぐらいの年齢だろうか。
「俺」とは言っているけれど、見た目は完全に女だ。
赤い髪に、緑色の目をしており、大きく肩のあいた苔色のドレスを着ている。
「…あのう、ケミーさんは女の人なんですか?」
「そんなの見た目だけだよ、俺は男…オカマを見るのは初めて?」
オカマ…とは言っても、ケミーさんはなかなかの美人だ。
ぱっと見は男とはわからないだろう。
「うちは貧乏な連合だから、狭いハウスでごめんね」
ケミーさんは私とジャックをハウスの奥へと案内した。
昼間だというのに、ハウスの内部は暗く、
赤いハート形のランプが天井からぶら下げてあるだけで、
そこから放たれるピンク色のほのかな灯りが頼りだった。
壁も赤いから、色の白いジャックでも顔がわからないほどだ。
人がやっと通れるくらいの細い廊下を挟んで、
連合員たちがいるであろう部屋が並んでいる。
中から住民である連合員の声が漏れ出て来る。
でもそれは普通の話し声などではなかった。
うふうふという笑い声に混じる、甘くあえぐような、女の人の声。
それに重なる男の人の荒い息遣い…。
「…まやちゃん、ここって…」
ジャックが顔を真っ赤にして、私の袖を引いた。