第2話 誰よりもダサく
第2話 誰よりもダサく
「テラクラフト」というゲームでは、まず最初に、
自分の分身となる「キャラクター」を作る事になっている。
私は前髪のあるボブベースの黒髪に、黒い目の女のキャラクターで、
名前は普通に「マヤ」という読みにした。
服装は宝箱にしまってある物の中から、最善を尽くした。
ジャックのキャラメイクはセンスの欠片すらなく、最悪としか言いようがない。
金髪に碧眼はまあ本人もそうなのでわかるが、
真っ直ぐなはずの前髪を、わざわざパンチのようなぐりんぐりんのカールにしてるし、
白地にモスグリーンのチェックのシャツにジーンズ、
それに焦げ茶のスニーカーともスリッポンともつかぬ、得体の知れぬ靴は、
ダサい…あまりにもダサ過ぎる。
いや、ジャック本人の陰キャぶりを、ダサさを、このキャラに総結集させたような…。
「ジャックは『テラクラフトの悪夢』にでもなるつもりか」
「えー、でもまやちゃんの『マヤ』だって、名前普通じゃん」
ジャックは口を尖らせて、もじもじおずおずと反論した。
「いや、『マヤ』は読みこそ普通だが、ちゃんと記号で可愛く名前を囲ってある」
私の「マヤ」は正式には「maya」とアルファベット表記で、
名前の前後を「フローラルハート」の装飾句読点で囲ってある。
「くう…」
そこは気の弱い陰キャ、ジャックは反論を引っ込めた。
そんなジャックはただの「JACK」、何の飾りも工夫もなければ、面白みもない。
本当に本名そのまんまだった。
学校でもいつも成績は最下位な、一切の知恵のない、
ジャックらしいといえばジャックらしい。
このゲームには「建築」の要素もあるが、一応「連合」というギルド制度と、
「合戦」なるギルドバトルも存在する。
でもまさか、「テラクラフト」最弱プレイヤーであろうジャックを、
プレイヤー同士、殺し合いの合戦なんかに出せるはずもなく、
私たちは2人だけの小さな連合に引きこもって、
素材集めを繰り返し、豆腐建築をどうにかマシにしようとあがいているだけだった。
連合は名前を「Sakura Bloom」と言った。
丘の上の小さな豆腐建築での小さな暮らしは、苦労ばかりの毎日だった。
素材を集めに行っても、ジャックはスライムともまともに戦えないし、
荷物を運ばせようにも、力もなくひ弱なので、
インベントリなる、キャラ付属の荷物入れに荷物を入れても、わずかしか運べない。
家は、暮らしは、少しも進歩しなかった。
それでも守ると言った以上、私が頑張るしかないのだ。
そんなある日、素材集めからの帰り道、
スミレの花が群生している窪地を通りかかった時だった。
私よりだいぶ年上の、20代後半ぐらいの女の人と遭遇した。
ジャックより暗い金髪に、目は淡い水色だった。
それは私たちがゲームの中で初めて出会う、
自分たち以外のプレイヤーだった。
「君たち、初心者さん?」
「あ…はい。私が『maya』で、後ろに隠れているのは『JACK』、
…ジャックは私の友達です」
私が代表して答えると、彼女は1枚のメモをくれて、
続きを話し始めた。
「私はジェニファ、この窪地の右の森を抜けたところにある街の入口の、
『トータル』って連合にいるの。
もしよかったら、今度一度遊びに来てみない?」
「あの、ジェニファさん、それはスカウトって事ですか?」
「もちろん加入してくれたら嬉しい、でも私と『トータル』はそれだけじゃないの。
加入には至らなくても、君たちのような初心者の相談に乗ったりもしてる。
だから困ったらこのメモと、『トータル』を思い出して。待ってる」
ジェニファさんはにこりと、窪地のスミレの香りにも負けない、
甘い笑顔を浮かべて歩き出し、何度も何度も私たちを振り返り、
「待ってるよ」を繰り返したまではいいが、
草原のあちこちにある小さな穴に足を取られて、
顔面から地面に突っ込んでしまった。
「待ってるからね…!」
私たちは鼻血を垂らしながら遠ざかって行く彼女を、
見えなくなるまでじっと見送った。
ジャックはそれからしばらく窪地のスミレを摘んでいた。
せめてそこらを走るうさぎぐらい捕まえられたらいいのに、
ジャックだからそんな事ぐらいしか出来なかった。
こうして見ると、小柄でか細いジャックは女の子のようだ。
豆腐建築に戻っても、彼が家事をする訳でもない。
ジャックは何をしても不器用で、作業台で何か素材を加工するのもおろか、
かまどで肉を焼く事も満足に出来ないありさまだった。
私が捕まえて来たうさぎをむしって、焼いている間、
彼はやはり私の背中に隠れながら、その光景を眺めているだけだった。
初心者の私たちが用意出来る食事は、
どんぐりのパンと、うさぎの肉の焼いたの、それからきのこのスープ、
たったそれだけで、しかも量もわずかで、私たちはいつも空腹だった。
「…まやちゃん」
食事の時、ジャックが不意に私を呼ぶと、
窪地で摘んで来たスミレの束を差し出して来た。
「今日で僕たちがここに来てちょうど1週間だよね、だからお祝い。
まやちゃん、いつもありがとう」
ジャックは真っ赤になって、もじもじと、たどたどしく言った。
でも、今夜はすぐに言葉を重ねた。
どうしたのだろう、いつもはそこで消え入るはずなのに。
「…まやちゃん、僕考えたんだけど、
昼間のあの女の人の話、本気にしてみない?」