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第1話 誰よりも弱く

第1話 誰よりも弱く


男の子の泣く声がする。


「…まやちゃん、まやちゃん…!」


私は公園の中を、音の源へとかけ寄った。

すると金髪の少年が泣きながら、いじめっ子たちの輪の中から飛び出し、

私の袖にぎゅうとしがみついた。

それがジャックだった…。


ジャックはジャック・スミスと言って、隣の家に住む、

在日米人一家の子だった。

一家が引っ越して来たての頃、

彼の母親こと、スミスのおばちゃんがジャックは3世で、

生まれも育ちも日本で、英語はまったく話せないと、

激しく訛った日本語で教えてくれた。

スミスのおっちゃんも日本生まれの日本育ちの2世だから、

日本語…それも大阪弁しか話せない。


スミス一家はおっちゃんがエンジニアとは言え、

小さな町工場勤めだったから、決して金持ちとは言えないし、

ジャック自身も小柄で細く、おまけに気も弱かったから、

学校でも格好のいじめのターゲットとなった。


「お前ら…!」


私は泣いてすがりつくジャックを振りほどくと、

いじめっ子たちの輪の中に飛び込んで行った。

それがお決まりのパターンだった。

反撃し、撃退するつもりが…でもついやり過ぎてしまう。

身体も私の方がずっと大きく、力だって強かった。

そのせいで佐野まやと言えば、凶悪というイメージがついてしまい、

クラスの男子ばかりか女子からも敬遠されるようになった。


中学に上がってもその構図は何ら変わらなかった。

ジャックはいじめられっ子のままで、私は凶悪なままで。

別々のクラスにいても、ジャックは事あるごとにやって来ては、

私にしがみついて泣いているばかりだった。


「…まやちゃん、いつもごめんね」


ある帰り道、泣きながら私の後ろを歩くジャックが、つぶやくように言った。

私は彼の方を振り返り、笑ってみせた。


「なんの」


そしてジャックの手を引いて、また歩き出した。


「気にするな、私がジャックを守るから」

「でも、まやちゃん…」

「あ、そうだ。今日もうち寄って行くでしょ? 

やろうよジャック、今日こそ家を何とかしようよ」


ぐずぐずと泣いていたジャックの顔に、ようやく笑みが灯った。

私たちには大きな楽しみがあった。

それは「テラクラフト」というスマホゲームだった。

内容はSNSにRPGがくっついている程度の、何て事のない物だったが、

建築の要素があり、私もジャックもそこにはまっていた。


とは言え、私たちはまだ始めたてで、

石で囲っただけの小さな豆腐建築に逃げ込みながら、

素材集めの冒険と、稚拙な住宅改造を繰り返しているだけだった。

そしてゲームの中でも、ジャックはやっぱりジャックだった。


「あうう…まやちゃん、あれ倒してお願い」


スライムの1匹すら倒せず、ただただ私の後ろに隠れて、

金魚のフンのように着いて来るだけだった。

かと言って、豆腐建築の中で留守番も、泣いて怖がるのでさせられなかった。

とにかくジャックはあまりにも弱過ぎる、

初心者の私どころか、「テラクラフト」最弱ではないだろうか。


私は近づいて来るスライムを倒そうと、銅の剣を構えた。

その時、突然画面がぐにゃりと歪んで、それから真っ暗になった…。



さわさわと風が流れる音に気が付いて、目を開いた。

…そこはどこか知らない草原だった。

部屋でジャックと遊んでいたはずなのに…そういやジャックは?


「ジャック…!」


ぐるりと横を向くと、ジャックが隣で倒れていた。

彼を揺すって起こすと、やっぱり私にしがみついて泣き出した。


「しっかしどこなんだろうな、ここは…」


私は泣きじゃくるジャックを腕からぶら下げて、辺りを散策した。

初めて来たはずの場所なのに、なぜか覚えのある地形だ。

確かあの岩で右に曲がると、スミレの花が群生する窪地になっている、

その窪地を抜けると丘を登る坂道になる、その丘のてっぺんには…。


「えっ…まやちゃん、これって…?」

「うちらの豆腐…だよね? まさかな…」


そこにはおなじみの石で囲った程度の、小さな豆腐建築があった。

中に入ってみても、そこには知っている通りの配置で、

作業台や宝箱などのわずかな家財道具が置かれてあった。


「…たぶんだけど、うちらは『テラクラフト』の世界に入り込んでしまった、

ジャックはこの状況をどう思う?」

「うん…僕もそう思う…えー? なんで? なんで?

てか、スライムとか来ちゃうじゃん…! 」


ジャックは青い目に涙を浮かべて、がたがた震えだすと、

腰を抜かして尻もちをついた。

石を敷いただけの床が黒く濡れて、染みを広げた。

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