第九十八話 動乱の兆し
やっとここまで来たー。本当にここまでの流れが書いていてつまらなくつまらなくて。手も痛いし、モチベーションが上がらなくて困ってたんですが、とりあえず新展開突入です。
斗真たちがリントヴルムと会っている頃。
聖王国の西部である秘密会談が開かれていた。
場所は聖王国西部を二分する勢力を誇るグロスモント侯爵の別邸。
参加者は二名。一人はレスター・グロスモント侯爵。二十代後半で貴族の当主としては若い。黒い髪に青い瞳が特徴的で、長身で顔も整っているため社交界では注目を浴びる存在だ。
もう一人は対照的にでっぷりと太った茶髪の中年。顔はたるみ、精悍さとは程遠いその男の名はベルブ・ラッセル公爵。グロスモント侯爵と西部を二分する有力貴族だ。
元々は西部一帯に影響力を持つ大貴族であったが、グロスモント家が台頭したことによって勢力を狭められた家であり、グロスモント家とは犬猿の仲といってもいい。
この二人の共通点は共に西部の有力貴族だというのと、エリスに婚姻を申し込んだことがあるということだ。
とくにグロスモントは数ある候補者の中で最有力の一人としてされていたが、婚姻は断られている。
そんな二人がこうして秘密会談を開いているのは、レスターをベルブが誘ったからである。警戒するレスターに対して、レスターの別邸に出向くという形をとることで成立した。
そこまでして成立させた秘密会談でベルブが口にしたことは驚愕の内容だった。
「謀反だと……? 正気か? ラッセル公爵」
レスターは鋭い視線をベルブに突きつける。
相応の話があると覚悟していたレスターだが、ベルブの話はそんな予想を軽く超えていた。
「十分正気だとも。ワシはいたって冷静に話をしている」
「ふん……とてもそうとは思えないが? この俺を貶める罠としか思えないぞ?」
「疑うのは無理もない。しかしワシはずっとこのために準備をしてきたのだ。魔王軍との戦いで今の王は西部に援軍を派遣しなかった! その恨みを貴様も忘れてはいまい! グロスモント侯爵! なにせ貴様の父はそのせいで死んだのだから!」
「その話を今持ちだすか……。たしかに我が父は王の援軍がなかったために死んだ。しかし、あのとき聖王国の本隊は北部の国々への援軍に出ていた。西部を奇襲された際、中央を守るために援軍は出せないという判断は間違ってはいなかったと俺は思っている」
「そもそも北部に援軍を出すこと自体、ワシは反対だった! それは貴様の父も一緒だった! 自国の防衛を軽視した結果、我々が血を流す羽目になったのだ! ワシの親族も大勢死んだ! 西部の惨劇は王の判断ミスによるものだ!」
ベルブの言葉にレスターは何も言わない。
西部の貴族たちの中でそういう認識があることは知っており、実際、レスター自身もそのとおりだと思っていたからだ。
聖王国は魔王軍との戦いの中で各地の国々を助けるために動いていたが、その結果、西部は犠牲を払うことになった。その事実はどれだけの国を救っても変わらない。
「ワシと貴様が手を組めば西部全体が立ち上がる。日和見を決める貴族たちも多くなる。勝算は十分にあるぞ!」
「……ラッセル公爵。あなたの言うことには一理ある。しかし、王には聖騎士団がついている。あれらをどうにかしなければ勝ち目などないぞ?」
「安心しろ。序列十位がこちらにつくことを約束している」
「一人味方についたところで、向こうには十一人もいるのだぞ? 結果は見えている」
「ああ、その通りだ。しかし、戦うだけが戦ではあるまい? 敵わぬなら登用すればいい。こちらの戦力に取り込めばよいのだ」
不気味な笑みを浮かべるベルブに対して、レスターは微かな胸騒ぎを覚えた。
しかし、レスターの気持ちは少しずつ謀反へと向かっていた。
なぜなら謀反を成功させた場合、ベルブとレスターが争い、勝ったほうがエリスを妻として新王となる。
これによって聖王家の血筋は保たれるうえに、ほかの貴族を黙らせることもできる。
エリスと結婚してしまえば聖騎士たちも形だけでも膝をつく。そうなってしまえば内心など関係はない。
「どういう策を使う気だ?」
「それを話すのは返事を聞いてからだ」
ベルブの言い分はもっともだった。
レスターは目を瞑り、多くのメリット、デメリットを頭の中に浮かべていく。
しかしレスターの心はもはやそんなものに関わらず、固まりつつあった。
レスターは自他ともに認める自信家だった。その自信に恥じぬ能力も持っている。
剣術に秀でており、ベルブとは違い、西部が魔王軍の襲撃を受けた際には父と共に戦場を駆け巡った。また為政者としても優れており、継いだばかりの家をすぐに安定させ、魔王との戦いから二年で領内の問題をいくつも解決してきた。
智勇に優れ、領民からの人気も高い。
そんなレスターは漁色家としても知られており、多くの女性と関係を持ってきた。しかし、実際は女性のほうから言い寄ってきており、レスターはそれに応じていたにすぎない。
だが愛のない関係は長く続かず、女性が離れていくというのを繰り返すうちに漁色家という噂が流れたのだ。
そんなレスターが唯一、自分から動いた女性が一人いる。
それがエリスだ。
どんな女性でも自分に靡くものと思っていたレスターにとって、エリスに婚約を断られたのは屈辱であったが、同時に新鮮でもあった。
自分のモノにならない女性もこの世にはいる。それを知ってからレスターの心の中にはずっとエリスがいたのだ。
そのエリスを自分のモノにできるチャンスが今ある。
それを使わない理由はどこにもないとレスターは考えていた。
レスターはほかの求婚者のようにプレゼント攻勢や口説き文句などはしなかった。自身のプライドがそのような道化に成り下がることをよしとしなかったというのと、その程度でエリスが頷くわけがないとわかっていたのだ。
レスターにとってエリスは理想の女性であり、崇高な意思を持つ強靭な王女だった。
この王女を振り向かせる方法は二つ。
惚れさせるか、奪うか。
レスターはずっと前者を目指してきた。彼女が結婚を考えたとき、候補者の中で最も魅力的であろうと心掛けてきた。しかし、それでは足りない。
そして自分の性格的に待つだけというのはやはり性に合わない。
ならば奪うしかないではないか。
「……わかった。その話、乗ろう」
「おお! 敵であるならば貴様は恐ろしいが、味方となるならばこれほど頼もしいことはない!」
「勘違いするな。王を打倒するまで協力するだけだ。貴公もわかっているはずだ。我々はその先で一つのモノを奪い合う」
「……やはり恐ろしい男だな。だが、途中までとはいえ心強い」
そう言ってベルブはレスターに右手を差し出した。
その手を掴めば多くのモノを失う。それがわかっていながら、レスターは躊躇せずその手を握り返した。
あの王女をモノにできる可能性があるならば、そのようなリスクは惜しくはない。
心の中でそう決意を固めたレスターはベルブの話に耳を傾けた。