第九十七話 前提の崩壊
「リントヴルム。状況的に考えてカリムはどういう方法であれ、魔法が使えるようになっている。その場合、考えられる事態はどんなものだ?」
「奴が本当に魔法を自在に使えるというなら、召喚獣の大群を用意できる。あれには神獣たちも苦労させられた。ただ、数多の秘術に通じている奴ならば力押し以外の手を使うかもしれん。奴の思想が数百年前から変わっていないのであれば、奴は世界の終焉を見たいと願っている。自分の手で終焉させるのは奴の望む光景ではないはずだ」
「そうなると尚更厄介だな。大前提が今、崩れ去った」
「大前提?」
リントヴルムが怪訝そうな表情を浮かべながら身じろぎする。
巨体を揺らすため、神殿も揺れてしまう。気の弱い奴ならこれだけで気絶だろうな。
「太古の魔法に精通してるなら、太古の結界もどうにかできるだろ?」
「それは可能だろうが、なにか解かれてはまずいものでもあるのか?」
「八岐大蛇が復活する」
「……その名はカリムなどよりもさらに懐かしいな。かつてケルディアから追放された竜王〝ティフォン〟の別世界での名だ。なるほど、別世界でも暴れまわっていると聞いていたが、封印されて今も健在だったか……」
「カリムはそいつの復活を目論んでるそうだ」
まぁ太古の日本の結界術だ。
太古の魔法を知っているからといって簡単に解けるはずもないが、解く可能性は高い。
そうなるとリーシャの復活のためにカリムを殺す理由もなくなる。八岐大蛇を復活させるヒントを残したくないからリーシャを復活させないわけだが、カリムが自力で解くならヒントもなにもない。
「まさしく災厄だぞ。あの竜王は。若かりし頃、我も人間やほかの神獣と共に戦ったが異世界に追放するだけで精一杯だった。封印されて弱まっていたとしても、今の世の者たちで戦えるのは貴様らくらいだろう」
「魔王の次は竜王退治って。私たちは忙しいわね」
「まだ退治するとは決まってないがね。封印を突破する前にカリムを押さえてしまえばいいのだから」
「そのカリムの居場所をどう掴むのかしら?」
「探すまでもない。自力で解けるなら奴は封印の場所にいる。封印の解除中に奇襲して仕留めてやる」
封印の場所はわかっていても、解除の方法を知らないと踏んでいたからカリムを探していたが、前提条件としてカリムが封印を解けるというなら封印の場所に向かうだけのことだ。
問題はカリムを倒せるかどうか。それだけだ。
「リントヴルム。俺たちで奴を倒せるか?」
「奴自体は貴様らほど強くはない。優れた魔法師ではあるが、戦士ではないからな。ただし召喚術は手強いぞ。神獣を何体も従えていると思えばよい」
「日本で怪獣大戦争か……さすがに気が進まないな」
「だが民間人を避難させれば気づかれる。被害をなるべく出さないように戦うか、もしくは召喚させる前に仕留めるか。どちらかだろうね」
パトリックの案に俺はため息を吐く。どっちもできるとは思えなかったからだ。
相手は数百年も生きてる化け物魔法師だ。こっちの都合よく戦ってくれるはずはない。
さらにいえば戦ってくれない場合が一番困る。
どこかに消えて潜伏されたら奴の脅威はずっと続く。
リーシャの復活は永遠に叶わない。奴はずっと生き続けるからだ。
「さっさとリーシャを復活させて、六人で倒しにいくのは駄目なのかしら?」
「それを君子が飲めばいいんだがな。おそらく飲まないと思うぞ。あいつがリーシャを復活させることを承諾するパターンは二つ。カリムを倒して脅威が消えるか、八岐大蛇が復活して封印を守る意味がなくなるか。この二つだけだ」
「じゃああえて復活させる? 神出鬼没の狂人を探すよりも楽じゃないかしら?」
「竜王の討伐が楽とは……ジュリア。君のそういうところは本当に感心するよ」
パトリックに俺も同意する。
他人がやるならまだしも、やるのは俺たちだ。
話を聞くかぎり八岐大蛇は魔王級の存在だ。もう一度、魔王と戦うのを楽だなんて俺は口が裂けても言えない。
「だって色々頭を使って面倒じゃない? 六人揃うなら私は竜王退治も歓迎よ? 負ける気がしないもの」
「そんなこといっていざ竜王が目の前に現れたら文句を言うだろうが……」
「失礼ね。喜んで戦うわよ」
「そんなときが来ないことを願うね。私は竜王か太古の魔法師かと聞かれたら、喜んで後者を選ぶよ。さすがに竜王と戦うのはごめん被る」
パトリックとジュリアの意見を聞きつつ、俺はリントヴルムに視線を向ける。
幾度も脱皮を繰り返し、不死に近い特性を持つ蛇竜はジッと俺のほうを見ていた。
その目はなにかを懐かしむようだった。
「どうした? リントヴルム」
「かつて……カリムも貴様のような存在だった。少なくとも我にはそう見えた。我の目が曇っていたのだろう。だからこそ、ひどく心配だ。貴様を見ているとカリムの姿が重なる」
「カリムや八岐大蛇を倒したあと、今度は俺が第二のカリム・ヴォ―ティガンになると?」
「許せ。そういうつもりではないのだ……」
「まぁ危惧するのもわかるけどな……」
つい最近まで俺は一人で暴走していた。
あのまま突き進んだあげく、リーシャを救えなかったらカリムのようになっていたかもしれない。
だが、俺はそうはならなかった。
止めてくれる友たちがいた。
それはカリムにはなかったものなんだろう。
「安心しろ。俺がそうなったらこいつらが止めてくれる。こいつらがそうなったら俺が止める。だから心配する必要はないぞ」
「私は嫌よ。暴走したトウマに関わるなんて二度とごめんだわ。刺々しいもの」
「お前なぁ……」
ジュリアの言葉を聞いてパトリックが笑い、俺は呆れる。
そんな様子を見てリントヴルムは安心したような顔つきになった。
「……そうだな。貴様らには仲間がいる。カリムにはなかったものだ。余計な心配だった。詫びよう。もしもケルディアで戦うことがあるなら、我も参陣することを約束する。ケジメは我もつけねばいけない」
「それは心強いな。頼りにしてる。ただ、こっちに来ることはないだろうけどな」
八岐大蛇は日本で封印されており、それを巡る戦いなら日本で行われる。
ケルディアが舞台になることはないだろう。
「じゃあ聞きたいことは聞いたし、行くとするか」
「どこに行くのかしら?」
「とりあえず聖王都だな。明乃たちの安否も気になる」
「わかったわ。パトリックもそれでよくて?」
「もちろん」
軽い話し合いのあと、俺たちはジュリアのゲートでその場をあとにするのだった。