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第九十六話 蛇竜リントヴルム



 パトリックの提案で俺たちはベスティアを訪れていた。

 この国の聖域と呼ばれる山に住む人物に用があったからだ。

 正確には人物ではないのだが。


「ここに来るのも久しぶりだな」

「彼の感覚じゃつい最近のことでしょうけどね」

「確かに。彼の感覚は特殊だからね」


 ジュリアの言葉にパトリックも同意する。

 それだけこれから会う奴は長生きってことだ。

 ちなみにヴォルフはここに来る前に獅子王に捕まったため、一緒には来ていない。

 どうせ一緒に来ても話をややこしくするだけなので、置き去りにしてきた。獅子王もヴォルフ相手に何かしようとは思ってないだろう。ただ説教をするだけだ。

 ヴォルフは獅子王からの要請を何度も断っているからな。


「ジュリア、一つ言っておくけれど」

「わかってるわよ。怒らせたりしないわ」

「信用するな。パトリック。こいつのわかってるほど当てにならないものはない」

「……トウマ。あなたって時々、ものすごく失礼よね?」

「お前はいつも失礼だ」

「とにかく刺激しないように頼むよ。私たちは話を聞きにいくのだから」

「わかったわよ」

「あと、話をするのはトウマに任せる。彼は君を気に入っているらしいからね」

「了解だ。補足があれば頼む」

「では行こう」


 そう言ってパトリックは足を進める。

 そして少し進んだ先に巨大な神殿があった。

 その神殿はかなり昔に作られたもので、現在の神殿の主が自らの寝床としてこの土地に住んでいた人間に作らせたものだ。


「かつてこのベスティア地方で守り神と崇められた太古の竜。悠久の時を生き、世界を眺めてきた傍観者。世界最年長の生物。蛇竜〝リントヴルム〟」


 パトリックは歩きながらその名を口にする。

 すると、神殿の奥から何かが声を発した。


「我が名を呼ぶ者は誰だ? ただの命知らずならば、その命で無礼の代償とさせるぞ?」

「ただの命知らずがここに来るわけがないだろうが……久々だな。リントヴルム」


 かつてと同じ問いかけに呆れつつ、俺は神殿の先に進みながらそう声をかけた。

 神殿の先では巨大な蛇の形をした緑竜がトグロを巻いていた。パッと見では東洋の龍に似ている。

 こいつが世界で最も長生きの人物の正体。リントヴルムだ。


「ふむ……珍しい客たちだ。まさか貴様たちが来るとはな。悪魔のことを聞きに来た時以来か?」

「そうだな。あの時のように聞きたいことがあってやってきた」

「相変わらず性急な男だな。トウマ・サトウ。再会を喜びあう気はないのか?」

「喜び合いたいなら、話を聞いたあとにしてやるよ」


 俺の振舞いにリントヴルムは怒ったりはしない。

 この程度で怒るほどこいつの気は短くない。

 まぁ知り合いに関しては、だが。見ず知らない奴が俺と同じ態度を取ったら間違いなく食われてる。


「ふむ。ではまず話をしよう。何を聞きたい?」

「カリム・ヴォ―ティガンという召喚術師を知っているか?」

「ほう。懐かしい名だ」


 その言葉に俺たちはそれぞれ反応を示した。

 この竜が人の名を聞いて懐かしいなどと言ったことは記憶になかったからだ。


「懐かしいか……初めてその名を聞いたのはいつだ?」

「うーむ……二百、いや三百年以上前か? あらゆる召喚魔法を極めた青年だった」

「三百年か……あいつは人間なのか? まだ生きているんだが?」

「そうか……奴め。また姿を現したことか。嘆かわしいことだ。神獣たちの愚かさの結晶が今もまだ生き続けているとは……」

「どういう意味だ?」


 神獣たちの愚かさの結晶とはどういうことだ?

 リントヴルムはしばし黙り込む。

 あまり話したくないのかもしれないな。こいつにしては珍しい。

 こんな奥地で隠居しているが、その実、こいつは人と喋るのが好きな竜だ。喋る相手は見極めるが、認めた相手には様々なことを喋ってくれる。

 そんなリントヴルムが黙り込むなんて相当だぞ。


「リントヴルム。頼む。情報が必要なんだ」

「……カリムは召喚術だけではなく、多くの魔法に才能を見せる若者だった。その才能は各地にいる神獣も認めており、神獣たちは寿命の近い自分たちの代わりとしてカリムを選んだ」

「なんの代わりだ?」

「世界の守護者としての役割だ」


 世界の守護者ねぇ。

 俺はパトリックとジュリアを見る。どちらも似たような表情を浮かべていた。

 リントヴルムが語るカリムと今のカリムは一致しない。というか真逆だ。

 今の奴は守護者ではなく破壊者なのだから。


「奴の行動が守護者と言われても納得できないんだが?」

「その通りだ。カリムは神獣たちから太古の魔法を授かると豹変した。いや本性を現したというべきか。強力な召喚獣を呼び出し、神獣たちを抹殺し始めたのだ。どうにか召喚獣を抑え込んだときには奴は姿を消しており、神獣と召喚獣との戦いで人間の国も多大な損害を受けた。以後、神獣たちは同じ過ちを繰り返さないために人と関わることをやめた」

「つまり神獣たちのせいってことかしら?」

「ジュリア……お前はどうしてそう配慮に欠けるんだ?」

「あら? 違うのかしら? 間違ってたら謝るのだけど?」


 ジュリアの言葉にリントヴルムは目を瞑る。

 それは己の過ちを悔いているように見えた。

 これだけ内情を知っているということは、カリムに魔法を授けた神獣の一体はリントヴルムだろうしな。


「間違ってはいない。その通りだ。我々はカリムの本性に気づかなかった。カリムが世界を守り、やがてカリムの子供や弟子たちがその役目と知識を受け継いでいく。そういう流れを期待していた。しかし、そうはならなかった」

「みたいだな。おかげで俺たちはとんでもない目に遭っている。まぁ恨み言を言う気はないが、一つ気になることがある。お前が懐かしいと言ったことだ。三百年もの間、あいつは動かなかったのか?」

「動いてはいた。時代の分かれ目で奴は常に顔を出してきた。しかし、大きく動くことはなかった。いや、動くことができなかった。奴は神獣たちを襲ったときに反撃で魂に魔法を掛けられた」

「魂に魔法? 一体どんな魔法だ?」

「魔力が枯渇し続ける魔法だ。この魔法が掛かっているかぎり、奴は自ら魔力を生み出すことはできない。ゆえに何かする際には外部にある魔力を使うか、他人にやらせるか。どちらかしかなかった。しかし奴が使う魔法はすべて太古の魔法。奴自身の魔力がなければ使うのには相当な苦労を要す。そのため、これまで奴自身が大きく動くことはなかった」


 ケルディアに魔王と悪魔の軍勢を引き込んだのもそのためか。

 自らの魔力が使えないなら他者に頼るのも納得だ。

 だがしかし。


「魔王が倒されてから二年。奴はまた動き出している。二年程度で魔力が溜まるのか?」

「絶対に溜まらない。というよりは、世界を荒らすことに使う魔力など溜まらないというべきか。この時代まで奴が生き延びているのは他人の体を乗っ取る魔法を会得しているからだ。それを使うために奴は魔力を集めなければいけない。数年前に悪魔を召喚した以上、奴はしばらく魔力集めだけに終始しなければいけないはずだ」

「しかし、カリムは動いている」


 事実は事実として受け止める必要がある。

 潜伏しなければいけないカリムが動いている。

 考えられるのは三つ。奴が生き延びることを諦めて、その魔力を使っているか。超良質な外部魔力を手に入れたか。もしくは神獣に掛けられた魔法をどうにかしたか、だ。

 これまでの行動的に奴が自分が生き残ることを諦めるとは考えにくい。そんな諦めがいいならとうの昔に世界を滅ぼすことを諦めているはずだ。

 となると可能性は二つ。しかし、超良質な外部魔力がそう簡単に手に入るだろうか? それよりも最後の一つのほうが可能性は高いような気がする。


「もしかして、太古の魔法が使える魔導師が復活してるのかしら?」

「その可能性が高いようだね……」


 パトリックとジュリアの言葉を聞いて、俺は静かに嘆息する。

 強敵と思われた敵が超強敵になっただけだが、それでもリーシャ復活へのミッションはより難関となったことは間違いなかった。

 

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