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第九十五話 月への羨望






 日本のとある高級ホテル。

 そこにカリムの姿はあった。偽造した身分証では実業家ということになっており、その身分でカリムはホテルのサービスを楽しんでいた。

 そんなカリムの部屋に黒い影が現れる。

 それは徐々に人型を取り、やがては黒髪の男へと変わった。


「チェインたちはプランBに移ったぞ」

「ほう? さすがは魔王を斬った男の関係者。一筋縄じゃいかないか。それで? 捕えることには成功したのか?」

「いや、白金の騎士が現れて妨害された。十二人中十名が死亡、一名が捕まり、一名が逃亡した」

「おやおや、支部長クラスも白金の騎士にかかれば瞬殺か。まぁ彼らはあくまで支部長クラスであって、支部長ではないわけだが。しかし、情け容赦のないことだな?」

「我々に対して情けをかける人間はケルディアにはいないだろうな。なにせ史上最悪のテロ組織だ」


 黒髪の男はそんなことを言いつつ、カリムの部屋に置いてあったワインを手に取り、そのまま封をあけてラッパ飲みする。

 その行儀の悪さにカリムは眉を潜めた。


「良いワインをそんな風に飲むんじゃない」

「口に入れば何でも一緒だ」

「まったく……私の数少ない友だというのに君とは本当に価値観が合わないな」

「お前と価値観の合う人間なんていやしない。興味があるだけで世界を滅ぼしてしまおうなんて考える奴と価値観の合う奴がいたら、そいつも頭のネジが盛大に緩んでるんだろうさ」

「辛辣な評価だな」


 カリムはそう言いながら、別のワインを開けてグラスに注ぐ。

 そして黒髪の男とは違い、優雅で洗練された所作でそれを口に含んだ。


「白金の騎士がこっちにいるということは、聖王都の守りは薄いのか?」

「残る聖騎士がすべて集結してる。この状態を薄いと思うなら突撃してみるといい」

「さすがの私もそこまで狂ってない。私は世界の終焉を見たいのであって、自殺志願者ではないからな」


 そう言うとカリムはため息を吐く。

 この状況に対してではない。自らが集めた組織のメンバーたちの不甲斐なさに対してだ。


「結局、私の手には使える駒があまりなかったということか」

「悪魔との戦争中に手駒を失ったからな。俺たちも。補充はしたが、補充要員は所詮補充要員ということだ」

「そういうものか……。さて、どうするべきか。私は手が放せないし、君も表には出ない。そうなると何か別の手を考える必要がある」

「今回はずいぶんと時間が掛かっているんだな? そこまで強力な結界か?」

「ああ、これまで見てきた結界の中では最高クラスだ。下手に突破しようとすれば、私も無事では済まないだろう。今は地道に解除法を探ってる。それまで陽動をしなければいけない」


 しかしとカリムはつぶやく。

 簡単に使える手駒はもうあまりいない。

 組織としても多くの支部を潰されて、かなり打撃を受けた。それでもまだまだ勢力を維持しているが、次の手が空ぶってしまうといよいよ追い詰められかねない。

 だからこそ次の手は慎重にならなければいけなかった。


「厄介な五英雄たちの動向は?」

「サトウがアーヴィンド以外の三人と合流した。ただ、支部を潰す動きは見れないから別の手を考えているんだろうな。おそらくパトリックあたりが、支部を潰してもお前が出てこないと吹き込んだんだろうさ」

「余計なことを。あのまま支部を潰し続けてくれれば楽だったのだが……」

「どうする?」


 黒髪の男の問いかけにカリムは黙り込む。

 いざとなれば潜伏してまた力を蓄えればいいだけだが、すでに二年も潜伏した。そのうえで様々な手を使って、東京に目を向けさせている。この好機を逃すのも勿体ない。

 やはり陽動を仕掛けるべきだろうとカリムは考えた。

 そして陽動は派手なほうがいい。


「どこかの国を動かすか」

「どこを動かす? 帝国とベスティアはもう無理だぞ? それ以外の国の場合は立地や国の大きさ的に聖王国に攻め込むのは不自然だ」

「そうだな……なら聖王国内の不穏分子を煽るか」

「動くと思うか?」

「動かせるさ。人は欲しいモノをチラつかせれば必ず動く」

「なにをチラつかせるんだ?」


 カリムはニヤリと笑うと外に浮かぶ月を見る。

 誰にでも見える月だが、誰にも触れられない。どれだけ欲しても手が届かない。

 もしもそれをあげると言われたら?

 よほど自制心の強い者じゃないかぎり、心が揺らいでしまうだろう。

 そして心が揺らいだ者を誘導するのは容易い。背中を押せば、自分の欲望に従ってどんどん泥沼にはまっていく。


「決して手に入らぬ聖王女を手に入れられるとチラつかせれば、聖王国の多くの男が動くさ」

「何て言うんだ?」

「今のままじゃ手に入れられないと言えば、動く力がある者は動くさ。それほどにあの王女は人気がある」


 そう言ってカリムはワインを口に含むと、その味を楽しみながら嗤うのだった。

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