第九十四話 東凪襲撃・下
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「ウォーター・ランス――」
「フレイム・ダガー――」
巨大な水の槍が形成され、明乃のほうに向かう。
しかし、明乃の周りには百を超える炎の短剣が出現し、その水の槍に向かっていく。
魔法の難易度という点ではほぼ同等。しかし、属性の相性という点でヴィヴィアンの魔法のほうがかなり優位であった。
しかし。
「くっ……!」
ヴィヴィアンが作り出した水の槍は明乃が作り出した炎の短剣で相殺された。
属性の相性を加味すれば明乃の魔法のほうが優勢だったということになる。
その事実にヴィヴィアンは混乱する。
なにせヴィヴィアンは明乃が魔法師とは聞いていなかった。
戦闘において護衛を必要とする魔術師。ヴィヴィアンにとって格下に分類される類の人間だったはずだ。
しかし、現実ではヴィヴィアンと同等以上の魔法を使いこなしている。
「チェイン爺! 情報と違うわよ!?」
「そう喚かんでも聞こえとる。真紅の魔女が教えたのだろうねぇ。所詮は付け焼刃。警戒することでもないだろうさ」
「付け焼刃で私と互角の魔法が放てるわけないでしょ!? 手を貸しなさい!」
「ふむ……まぁいいか」
チェインと呼ばれた老人はそう呟き、少しだけ前に出る。
ヴィヴィアン同様、戦歴という点では圧倒的に明乃よりも上の猛者。それを明乃自身も感じ取っていたが、ヴィヴィアンには感じなかった違和感をチェインは持っていた。
そしてすぐに明乃はその違和感に気づく。
殺気がまるでないのだ。
「聡いねぇ。ワシが戦う気がないことに気づいたか」
「どういうつもりですか?」
「どうもこうもない。君や彼女の力をワシたちは侮っていた」
そういうと同時にオーウェンがチェインの傍まで吹き飛ばされる。
鉄であるためダメージはないが、オーウェンはすでに全身を硬化させていた。そうしなければミコトに斬られていたからだ。
「苦戦しているねぇ」
「ちっ……たしかに侮った。さすがに五英雄の関係者。一筋縄じゃいかねぇな」
「チェイン爺! わかっているならさっさと手を貸しなさい!」
「そう怒らないでも手は貸すよ。しかし、ヴィヴィアン。君にではない」
言うや否や。
チェインは懐から取り出した短剣をヴィヴィアンの胸に深々と突き刺した。
いきなり味方に刺されたヴィヴィアンは愕然としながら、血を吐き出す。
「な、ぜ……?」
「簡単な話さ。プランAは我々だけで捕える。しかし、それが失敗したからプランBに移るだけのことさ」
「プラン……B……?」
「君を触媒として一時的にケルディアと地球を繋ぐゲートを発生させ、増援を呼ぶのさ。その短剣はそのための魔導具だ。高価であり、かつ一流の魔法師が絶命するほどの魔力が必要とするためあまり使わないけれど、この際仕方ない」
「そん、な……」
仕方ないで片付けるチェインを見ながら、ヴィヴィアンはさらに大量の血を吐く。胸からも夥しい量の血が出ており、どう見ても助かる傷ではなかった。
そしてそんなヴィヴィアンから短剣はどんどん魔力を吸い取っていく。
瀕死の重傷を負わされたうえに、魔力を吸い取られたヴィヴィアンは声を上げることもなく絶命する。そしてその頭上で円形のゲートが開いた。
そこから続々と黄昏の邪団のメンバーが現れる。
その数は十人。オーウェンとチェインを合わせれば十二人にもなった。これだけの数の入国は本来なら不可能だが、一時的に発生させられたゲートによってそれは可能となった。
「……仲間を殺すなんて……」
「仲間? なにか勘違いがあるようだ。アケノ嬢。ワシたちは仲間ではなく、同志だ」
「同じことです!」
「大きく違う。ワシたちは世界の破滅を願う黄昏の邪団のメンバー。互いに助け合うことはなく、あくまで自らの欲望を優先する。世界が破滅するなら黄昏の邪団が滅びても何の問題もない。そういう人間たちの集まりだ。ヴィヴィアンも逆の立場なら躊躇なくワシを犠牲にしただろう」
「そんな……」
「無刃の剣士から聞いていないかな? 我々は終末論者の集まり。君たちから見れば全員が狂人だ。まともな者など誰一人としていない。君たちはそういう組織から狙われているんだよ?」
チェインは言いながら笑う。
どうであれ先ほどまで普通に話しており、同じ敵に向かっていた相手を殺したにもかかわらず、平然と笑えるチェインの言葉はひどく説得力があった。
「アケノ、多勢無勢だよ?」
「そうですね……。けど、逃がしてくれると思いますか?」
「無理かなぁ……。まさか本物のゲートを出現させるなんてね……。正直予想外だよ」
「非人道的な手段でしたけどね」
次元の穴と呼ばれるゲートを出現させる方法は、現在確立されていない。
世界各地にあるゲートは自然と開いてしまったものであり、またジュリアが使うようなゲートは地球から地球、ケルディアからケルディアの移動しかできない。
異世界間を移動できる本物のゲートを出現させる魔導具となれば、それこそ国宝級の代物だ。
それを使ってきたことを考えれば、黄昏の邪団の本気もうかがえる。
「さっさと済ませようや。こっちはゲート酔いで死にそうなんだ」
「情けないねぇ。事前に薬を飲んでいたのだろう?」
「薬飲んでもひどい酔いなんだよ、ジジイ。ったく、小娘二人程度に俺たちまで呼び出しやがって」
増援の中の一人がそう呟く。
そのほかの面々も似たような考えなのか、一様に面倒そうな表情を浮かべている。
これならチャンスがあるのでは。そう思っていた明乃だったが、そんな明乃の考えを読んだかのようにさきほど暴言を吐いた男が明乃たちの後ろに回り込む。
「逃げるかもとか思ったか? 甘いな。ここにいるのは黄昏の邪団の支部長クラスばかりだ。これだけの戦力を動員して逃げられましたじゃ困るんだよ」
「一戦交えなきゃ無理そうだね……ボクが突破口を開くから、アケノだけでも逃げて」
「ありがたい申し出ですけど、たぶん無理だと思います。ここで耐えて援軍を待ちましょう」
そう言った明乃の声が聞こえたのか、チェインが大きな声を出して笑い始める。
その笑い声はひどく耳障りなものだった。
「なにがおかしいんですか?」
「援軍が来ると思っているのがおかしいねぇ。自衛隊にせよ、聖王国にせよ、ワシらの手下が妨害している。ここに来るのはだいぶ先のことだろうさ」
「それならそれまで耐えるだけです」
「耐えられると?」
「小娘二人相手で、この人数なら負けないとお思いですか? そうやってさきほども油断していたからプラン変更をする羽目になったのでは?」
「おやおや、挑発かい? わかっていないなぁ。これは油断ではなく余裕だよ」
そう言って明乃を諭すようにチェインは喋る。
しかし、その顔はすぐに凍り付く。
自らの張った結界に高速で侵入してきた者がいたからだ。
その侵入者は高く跳躍すると、ビルの上まですぐに登ってきた。
「だれだ!?」
「アルクス聖王国聖騎士団序列一位……アーヴィンド・ローウェル。主君の命により彼女たちを守りに来た」
白いマントを翻し、明乃たちの前にアーヴィンドは降り立つ。
その姿に全員が驚きを隠せなかった。
「し、白金の騎士!? 馬鹿な!? 貴様が聖王女から離れるわけが!?」
「姫殿下は残る十一人の聖騎士たちに任せてきた。なにしろ、日本に送り込める聖騎士は一人だけらしいのでね」
「アーヴィンドさん……どうして……?」
聖騎士が派遣されることは予想していた明乃だったが、まさかアーヴィンドが来るとは思ってもみなかった。しかもこんなに早く。
敵の手段も予想外ではあったが、アーヴィンドの登場、そして到着の早さも明乃には予想外だった。
「気に食わないことだが、とある魔導具師が彼らの作戦を読んでね。対策として私が来た。そういうことだよ。基本的にはトウマのミスなのだけど、私も前回、人のことを言えないミスを犯したからね。カバーに来たわけさ」
そう明乃に説明すると、アーヴィンドは瞬時に剣を抜き放つ。
明乃たちの後ろに回り込んでいた男がアーヴィンドに攻撃を仕掛けようとしていたからだ。
しかし、男の攻撃はアーヴィンドの剣に弾かれ、逆にアーヴィンドの突きを食らって男はビルの外側まで吹き飛ばされた。
「これで十一人。さて、さっさと終わらせよう。あまり二人に夜更かしをさせるわけにはいかないのでね」
そう言ってアーヴィンドは抜いた剣を残る十一人の敵へと向けたのだった。