第八十七話 言えぬ理由
さて、対黄昏の邪団戦ですね。
この章の斗真は最初から全開ですよ~
「あんたは俺の話を聞き、条件まで出した……そして俺は飲んだのに教えたくはないだと……?」
「うむ」
ふざけた話だ。
ここにきてそんな言い分が通じるわけがないだろ。
俺は刀の柄に手をかける。これ以上ふざけたことを言えば容赦なく斬る気で。
「言え……誰がいれば結界は破壊できる……?」
「教えたくはないと言ったはずじゃが?」
「ふざけてるのか……?」
「ふざけてはおらん。教えたくはない」
瞬間。
俺の中で何かが切れた。
このまま抜いて斬る。そう考えて体もそれに向けて動いていた。
しかし、そんな俺を遮るようにエリスが前に出た。
「トウマ様……落ち着いてくださいな」
「落ち着く……? これが落ち着いていられるか!」
怒声を上げながら俺は君子を睨む。
しかし、エリスはすっと俺の右手に両手を添える。
「それでも、ですわ。ナカミカド様のお考えを聞いてみなければわかりませんでしょう?」
「考えを聞くだと!? こいつは自分から結界破壊に関する条件を出したんだぞ!? それなのに!」
「その点についてはすまぬのじゃ。しかし、儂としても教えるわけにはいかんのじゃ」
君子が言葉を発したのを見て、エリスが君子の方を見る。
刀を抜くタイミングを逸した俺は、しかたなく右手を柄から放してエリスにこの場をゆだねる。
「理由をお聞かせ願いますか?」
「……この結界は空間の狭間を疑似的に再現した結界じゃ。内部では時間の流れがなく、外側にある氷が幾層にも重なって内部と外部を隔離しておる。内部から自力脱出はほぼ不可能。できるとしたら結界を弱めるくらいじゃろう。外側からの攻撃に対しては、表面の氷が剥離して対応する。剥離した氷は消滅するが、結界の身代わりとなる。この氷の身代わりがあるかぎり、一切の攻撃が本体に届かぬのじゃ」
「つまり通常の手段では決して救えないということですわね。しかし、あなたは通常とは違う手段を知っておられると?」
「もちろんじゃ。この手の結界を開く方法は二つ。術者に開かせるか、強引に開くかじゃ。術者は斗真が斬ったためもういないが、儂ならば開くことは可能じゃ」
「なら早く開いてくれ!」
「慌てるでない。問題なのは開く最後の段階で強い後押しが必要だということじゃ。儂にはその人材に心当たりがある。しかし、言うわけにはいかぬ」
頑なに重要な部分を言おうとしない君子に痺れをきらした俺は、君子の近づこうとするがそれもエリスに制される。
苛立ちの籠った目でエリスを睨むが、その目を真っすぐ見返されて俺の苛立ちはすぐに消えてなくなる。
悲し気な目をエリスがしていたからだ。
無念だと思っているのは俺だけじゃない。エリスだって同じか、それ以上に思っている。それでも君子が最後の希望だから必死に話を聞いているのだ。
「……すまん」
「トウマ様のお気持ちは痛いほどわかりますわ。やっと見つけた希望ですもの……ナカミカド様。言えない理由を伺っても?」
「簡単じゃ。八岐大蛇の封印も同じ手法で解くことができてしまう。ここでこの結界を解くことは、八岐大蛇解放の情報を残すことになりかねん。だから教えたくはないのじゃ」
「ヤマタノオロチ……日本に封印された三体の天災級の魔物の一体ですわね」
「分類上そう呼んでおるが、酒呑童子と八岐大蛇では格が違うのじゃ。解放されればほぼ間違いなく今の日本は壊滅するじゃろう。奴を討伐する戦力もない上に、再封印も不可能。そんな怪物を復活させる危険を冒してまでこの娘を助けることはできん」
「俺が斬る……それなら文句はないだろ?」
たとえ何が復活してもそいつを斬ってしまえばすべて解決だ。
リーシャも氷から解放されるし、日本も潜在的な脅威から解放される。なにもかも上手くいく。
だが、君子の言葉は厳しいものだった。
「条件を出したときにはお主に討伐せよと言ったが、正直な話、お主がいくら強かろうと八岐大蛇は一人では倒せん。奴は古の竜王じゃ。格という点では魔王といい勝負じゃろうな。お主が奇跡的に勝利したという魔王が復活するようなものじゃ。それでも斬れるというのかの?」
「……」
斬れると言うのは簡単だ。
しかし、そんな簡単に言葉にしていいことじゃない。
魔王の討伐は俺一人の功績じゃない。
追い詰めるまでに九十五名の強者たちが命を落とした。その犠牲があればこその魔王討伐だ。
軽々しく口にしては彼らの犠牲まで軽くなる。
それだけはできない。
「情報を漏らさないならば構わないのではありませんか?」
「残念ながら……儂はそこまで人間を信用してはおらんのじゃ。お主たちは気持ちのいい人間じゃが、この城の者は違う。儂が必要とする人材を見た者が口を滑らせればそれで答えにたどり着いてしまうやもしれぬ」
「極力人を排除いたしますわ。それなら……!」
「残念じゃ。儂としても助けてやりたかったのじゃが……千年以上も守ってきた結界を危険にさらすわけにはいかぬ」
そう君子が告げるとすーっとエリスの瞳から涙が流れた。
それはどんどん流れ出ていく。そのままエリスは膝をつく。
「どうか、どうかお願いします……なんでも致しますわ……どうかリーシャを……」
「泣いてくれるな……儂とて助けたいのじゃ」
「お願いしますわ……リーシャは姉のような存在なのです……明るく、多くの人を助けてきた勇者なのです……あのような氷の中にいていい人ではありませんわ……」
「どのような人物であれ、大多数を危険にさらしてまで助けることはできぬ。わかってほしいのじゃ」
「わかりません……わかりたくありませんわ……トウマ様にとってリーシャはすべてなのです……あのままリーシャが氷の中にいれば、トウマ様が一生救われませんわ……どうかトウマ様を助けると思って……」
「答えは変わらぬ」
君子はそう言って俺に視線を移す。
そんな君子の視線を受けて、俺は誰が悪いのかと考えていた。
誰のせいか? 魔王を斬った瞬間も同じようなことを考えた。
すべての災厄の元凶は魔王だった。しかし、今はもう魔王はいない。
では今、俺たちを邪魔するのは何か?
君子か? 違う。君子の行動を阻害する者がいる。
そいつがすべての元凶だ。リーシャを助けるための障害。
障害ならば斬ればいい。いや斬るしかない。
「君子……一つ聞きたい」
「なんじゃ?」
「八岐大蛇を復活させようとする奴がいなければ……リーシャを助けることに文句はないな?」
「それならば文句はない。しかし、儂の結界に気づくほどの曲者じゃ。よほどのことでは見つけられぬじゃろうて」
「関係ない。探し出して斬る。それに見当はつくしな」
「ほう? 一体だれが八岐大蛇を復活させようとしておるのじゃ? 儂としても興味はあるのぉ」
「天災級の魔物を復活させようとするなんて、黄昏の邪団しかない。そしてその中で君子の結界に気づくほど曲者といえば、間違いなく盟主だ」
「そやつの名は?」
「カリム・ヴォーティガン。狂災の二つ名で呼ばれる史上最悪の召喚師であり、悪魔を召喚し、魔王を手引きしたと言われている世界の敵だ」
そうだ。
何もかもを辿っていけば奴のせいだ。
リーシャを助けるのを邪魔するというのであれば容赦はない。
「奴を斬る。その後にリーシャは助けてもらう。いいな?」
「そやつが真に八岐大蛇復活を狙う敵だったならばよかろう。約束じゃ」
「次はない。もしも約束を破ればあんたを斬るぞ?」
「どうとでもするがよい」
「……エリス。すべての人脈を使ってカリムの行方を追え。ちょうどいい時期だ。黄昏の邪団を潰すぞ」
「は、はい!」