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第八十五話 空間の狭間

テンポよくいこうー




「日本人の古代種……?」

「そうじゃ。かつて世界には魔力が溢れかえっていた。その恩恵を受け、今の者たちよりも強い体と強い魔力を持っていたのが儂のような古代種じゃ」


 たしかに昔は魔力が色濃かっただろう。しかし、その時代の人間だと言われて、はいそうですかと納得はできない。

 どれだけ強かろうが人間であることは変わらない。

 今の時代まで生きることなど不可能なはずだ。


「不老不死とか言わないよな?」

「そんなバカげた存在ではない。儂らの寿命はお主たちと大差はない」

「それならなぜ生きている?」

「……かつて儂ら中御門家はケルディアから現れた竜を封印したのじゃ。大きな犠牲を払いながらのぉ」

「竜……?」

「その竜は傷ついておった。それでも儂らは多大な被害を被った。そして儂らは決意した。この竜の結界を維持し続けようと。未来の者たちにすべてを押し付けるような真似はすまいと」


 そう言って君子は指を鳴らす。

 すると俺が見る景色はガラリと変わった。

 さきほどまで部屋の中にいたはずなのに、俺は燃える荒野に立っていた。


「これは?」

「かつての光景じゃ」


 すると遠くで雄たけびが聞こえてきた。

 複数の雄たけびだ。似たような声を聞いたことがある。竜のモノだ。

 しかし、今まで聞いたことのある竜の雄たけびとは決定的に違う。

 雄たけびから邪悪さがにじみ出ている。


「かつてっていつだよ……」

「かつてはかつてじゃ。まだ儂らが外で生きていたころ。この国に日本という名前すらなかったころじゃ。すでにこのとき、日本人の古代種は数を減らしていた。時代が変わり始めておったのじゃ。儂らはそれを受け入れていた。しかし、そんなときに奴は現れた」


 場面が変わる。

 俺と君子は上空にいた。

 下では多くの人間が戦っていた。

 戦う相手は竜だった。しかし、デカさが半端じゃない。一見すると巨大な山が動いているようにしか見えない。

 それにあの姿は。


「八つ首の竜……八岐大蛇か」

「いかにも。ケルディアより現れた災厄の竜王。奴を封印するためにこの地に住む者たちは手を取り合い、決戦を挑んだ。ひどい戦いじゃった。しかし、その成果として八岐大蛇を封印することに成功したのじゃ」

「封印って……あれを?」


 下で暴れまわる八岐大蛇はこれまで俺が見てきた竜の中でも最大。

 本当に生物なのか疑わしいほどの大きさだ。

 口からは炎を吐き、人間たちを一方的に蹂躙している。


「八岐大蛇は強い魔力を求めておった。傷ついた体を再生させるためじゃ。そこで儂らは〝空間の狭間〟に生贄を置き、そこに八岐大蛇を誘い込んだのじゃ。そしてまんまとそこに入り込んだ八岐大蛇ごと、儂らはその狭間を結界で閉じたというわけじゃ」

「というわけじゃと言われてな……」

「なにかわからない点でもあるかのぉ?」

「わからないことばかりだ。とりあえず空間の狭間ってなんだ? 別世界のことか?」


 俺の質問を君子は鼻で笑う。

 こいつ。今、馬鹿にしやがったな。


「浅はかじゃな。別世界に送っては、その世界に迷惑が掛かってしまうじゃろ?」

「まぁたしかにそうだが……自分たちの生存のためなら仕方なくないか?」

「それも一つの考えじゃろう。しかし、儂らはそれを選ばなかった。〝空間の狭間〟がある場所を知っていたからじゃ」

「だからその空間の狭間ってなんだよ……」

「この場所のことじゃ。別世界と呼ぶには狭く、しかし確実に違う空間。それが空間の狭間じゃ」


 この場所が空間の狭間?

 たしかに東京の、しかもバーの横にこんな場所があるのは不可解だ。ここが別空間だというなら納得はいく。


「これと同じ場所に八岐大蛇を封印したのか?」

「もっと巨大な狭間じゃがな。問題だったのはこの空間の特性じゃ」

「特性? なにかあるのか?」

「この空間には時間の概念がないのじゃ。つまり八岐大蛇は決して死なないというわけじゃ。そして、それゆえに儂らも同じ狭間にて生き続けることを選んだ。結界を守り、維持し続けなければいけないからじゃ」


 なるほど。

 そういうことなら納得がいく。

 君子は十代前半で成長が止まっているということか。しかし、ここで暮らしているため精神だけはずっと大人びている。


「よく発狂しなかったな」

「そういう者も僅かにはおった。しかし、儂らは精神構造がお主らとやや違う。それにずっと起きているわけではない。冬眠のように自分の周りに結界を張って、長いときを眠ることもあったし、たびたび現世に顔を出しておった。時代ごとに敵は存在するのでな」

「酒呑童子を封じたのもあんたってことか?」

「封印の方法は教えたが、封印をしたのは儂ではない。あの程度の魔物では力はそこまで貸せんよ。儂はあくまで八岐大蛇の結界を守護する者じゃからな」


 そうだ。

 それが問題だ。

 明確な役割をもって、君子は長い時を生きている。

 そんな君子に対して、俺はまったく関係のないことを頼もうとしている。


「それなら……なぜ俺を招いた? 俺の用を聞く気になったのはなぜだ?」

「お主には借りがある。どうであれ、儂が関わった封印が破られ、多くの災厄がこの国に降り注いだ。その元凶をお主が討ってくれた。話くらいは聞いてやらねば罰が当たるというものじゃ」


 そういって君子は笑う。

 ずいぶんと義理堅い性格みたいだな。俺としてはそっちのほうが助かる。

 俺としては今のところ頼れるのは君子しかいない。


「では儂の話は終わりじゃ。次のはお主の番じゃぞ?」

「……あんたは優れた結界師だ。だからこそ、結界破壊にも精通しているはずだ」

「まぁ少なくともお主たちよりは精通しておるの。それでなんじゃ? 何の結界を破壊してほしいのじゃ?」

「俺の師匠を閉じ込めている氷の結界を破壊してほしい。悪魔の王、魔王が最後に施した結界で解く手段が何一つとしてない……」

「ふむ……お主の師ということは結界があるのはケルディアか?」

「ああ」


 そのまましばし君子は沈黙する。

 日本の結界を守る君子にこんなことを頼むのはお門違いだろう。

 関係ないと言われてもまったくおかしくない。

 しかし、ケルディアの技術、知識ではどうにもならなかったんだ。今、頼れるのは君子しかいない。

 君子が本当に日本人の古代種であり、悠久の時を生きている結界師ならば望みはある。


「条件がある」

「……本当か? 条件を飲めば結界を破壊してくれるのか!?」

「破壊できるとは限らぬ。見てみなければな。だが、見に行くことは了承してやろう。条件を飲めばじゃが」

「飲もう」

「……条件を聞かぬのか?」

「どんな条件でも飲む」

「……大した覚悟じゃな。まぁよい。そういうことなら交渉は成立じゃ。条件が嫌だと駄々をこねるでないぞ?」

「そんなことはしない……誠意をもって対応する」


 俺の言葉に二言はない。

 死ねと言われれば喜んで死のう。

 誰かを殺せと言われてもおそらく殺すだろう。

 リーシャを助けられるならば俺は何でもする。

 同時に君子が非道な条件を出すことはないとも思っていた。これまで喋った感じからすれば、そういう人物ではなさそうだからだ。


「儂の条件は一つ。八岐大蛇を復活させようと企む者の抹殺じゃ。それが叶わず、八岐大蛇が復活した場合は、お主の手で八岐大蛇を討伐せよ」

「……わかった」

「よろしい。ではさっそく行こう。一度、ケルディアには行ってみたかったのじゃ」


 そう言って君子は笑いながら支度を始めた。

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