第七十七話 最年少聖騎士
他の聖騎士が見たいという声があったので、出してみました。
「ねー、おじさん」
「なんだ?」
「退屈だよー」
小屋の中で一心不乱に剣を打ち続けるヴィーランドを見ていたミコトは、三十分もしないうちに飽きてしまっていた。
最初は物珍しさから食い入るように見ていたが、代わり映えのしない作業はミコトには退屈だったのだ。
そんなミコトを見ることもせず、ヴィーランドは短く告げる。
「じゃあ城に戻れ。できたらもってく」
「ホント? じゃあトウマのところ行ってるね!」
そう言ってミコトは来た時に通った扉から白金城へ戻った。
このとき、ヴィーランドは剣に夢中であり配慮に欠けていた。
案内もなしにミコトを城に戻したらどうなるかという配慮が……。
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「あれー? おかしいなぁ。見覚えがあったのはこっちのはずだったのに」
深く考えずに歩いていたミコトはすぐに城の中で迷った。
見覚えがある場所を辿ったものの、城は似たような場所が数多くあり、完全にミコトが知らない場所まで来てしまっていた。
そして先ほどまでミコトがいた区画は城の中でも特別な人間しか出入りしない区画だ。護衛も最小限に絞られており、ミコトが歩き回っても見とがめる者がいなかったが、すでにミコトはその区画を離れていた。
「そこのお前! なにをしている!」
当然、見知らぬミコトが歩いていたら衛兵は見とがめる。なにせ特別区画から出たとはいえ、ミコトがいるのは城の上階。誰でも簡単に入れる場所ではないのだ。
「あ、衛兵さん。トウマのところに行きたいんだけど?」
「はぁ? トウマ?」
「あれ? 知らない?」
「そんな人間は聞いたことがないぞ?」
衛兵と話がかみ合わないことにミコトは首を傾げる。
頻繁に出入りしていた頃ならいざ知らず、今はたまにしか城に訪れない斗真を知る者は限られている。
「おい、どうした?」
「子供だ。なんだか迷ってるみたいだが……」
「こんな上階で迷子? 今日の客人はアイスヘイムの女王陛下しかいないはずだが……」
「あ、フローゼ様のところでも大丈夫!」
「女王陛下の連れか? いや、でもそんな報告は聞いてないしな……」
声をかけた衛兵と、その衛兵とコンビを組むもう一人の衛兵はミコトの存在に困惑した。
本来、客人の情報は余さず衛兵に入ってくる。つまり衛兵からすれば情報にない人間は客人とは言えないのだ。しかし、フローゼのことを知っているような素振りを見せるミコトを邪見に扱うわけにもいかない。
ほとほと困り果てた衛兵たちに対して、声をかける者がいた。
「どうした? なにか問題か?」
「こ、これはスタイナー様……!? お戻りでしたか」
「ああ、さっき戻った。それでその子供は?」
「子供って君だって子供でしょ?」
そうミコトは声をかけた者にいった。
たしかに声をかけたのは少年だった。ミコトと大して変わらないが、もしくは年下だろう。背は小柄なミコトと大差ない。
つんつんと逆立った赤髪に勝気そうに吊り上がった紅い瞳。背には長めの剣を担いでおり、見た目だけは背伸びをした少年二しか見えない。
しかし、その少年は白いマントを身に着けていた。それが許されるのはこの国では十二名のみだ。
「失礼な口を聞くな! この方はレイモンド・スタイナー様! 最年少で聖騎士になった聖王国の至宝だぞ!?」
「聖騎士? じゃあアーヴィンドさんの部下?」
「騎士団長のこと知ってるのか?」
「少しだけ。親しいかと言われると微妙かな?」
「ただの迷子じゃなさそうだな。おい、お前。だれと一緒に来たんだ?」
「トウマだよ」
その名前を聞いてレイモンドの顔つきが変わった。
一瞬、真偽を疑った。しかし、嘘をつくメリットがないことを察してミコトの言葉を受け入れる。
「トウマ・サトウか?」
「うん」
「なるほど……客人のリストに名は?」
「ありません」
「尚更、真実味があるな」
斗真の来訪は衛兵にはほとんど伝えられない。
会う人間も限られているし、特別区画から出ることもほとんどないからだ。
「オレが案内しよう。ついてこい。どうせ姫殿下のところだ」
「ホント!? ありがとー」
ニコニコとミコトは礼を言うが、素直に礼を言われるとは思ってなかったレイモンドは頭をかく。
「本当にあの野郎の関係者か? 調子狂うぜ」
そう言いながらレイモンドはミコトを連れて特別区画へと向かった。
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「失礼します」
そう言って斗真の部屋に女従者が入ってきた。
そしてエリスに向かって報告する。
「聖騎士団序列七位、レイモンド・スタイナー様。城へお戻りになられました」
「まぁ、レイが戻ったのですか」
「レイ? レイってあのレイか? おいおい、あいつ聖騎士になったのか?」
「はい。歴代最年少の聖騎士ですわ。序列も七位。もちろん実力を見ての抜擢です」
「噂の天才騎士ですか。アイスヘイムにも名前は轟いています。聖王国の人材は途切れることを知りませんね。羨ましいかぎりです」
「ええ、本当にありがたいですわ」
女王と姫がそんな会話をする中、斗真は驚きのあまり思考を停止していた。
斗真の知る限り、レイモンドは魔王軍との戦い終盤に騎士になった少年だった。当然ながら最年少。剣の才はリーシャが認めるほどだったが、斗真の記憶の中では生意気な子供としか思ってなかった。
しかし、まさか聖騎士になっていようとは。
しかも序列七位。聖騎士の序列は完全に実力重視。上に行けばいくほど強い。つまりレイモンドは七番目に強い聖騎士ということになる。
世情にまったく興味を示していなかったため、斗真はそのことを一切知らなかった。
「レイが聖騎士か……顔を合わせれば勝負しろって言ってきた生意気小僧がね……」
「また言われるかもしれませんわね」
可笑しそうにエリスが笑う。
そんなエリスの言葉に斗真は顔をしかめた。
当時は実力が足りないと言ってあしらっていたが、聖騎士となった今ではそのあしらい方は通じない。
新しいあしらい方を見つけなければ、最悪一日で聖騎士と二連戦となりかねない。
そんなことを考えていた斗真だが、その優れた耳で二人分の足音を捉えた。一人は聞きなれた足音であり、もう一人は聞き覚えのある軽い足音。
「来たか」
呟きと同時に部屋の扉がノックされ、エリスがどうぞと返事をする。
そして扉が開かれた。
「失礼します。聖騎士レイモンド。姫殿下に帰還の挨拶をしに参りました」
「ご苦労様です。レイモンド。任務はどうでしたか?」
「はっ。滞りなく完了しました。フローゼ女王陛下にはお初にお目にかかります。聖騎士レイモンドです」
「噂はかねがね。お会いできて嬉しいです」
「こちらこそ氷の女王にお会いできて光栄です」
そう言って一礼してレイモンドが部屋に入る。
その姿を見て斗真は目を細める。一目見て、昔とは比べ物にならないほど成長したのが見て取れた。
たかが数年で飛躍的に強くなることの厳しさを斗真はよく知っている。いくら成長期とはいえ、騎士から聖騎士まで駆け上がったレイモンドの努力が斗真にはよくわかった。
よくここまで強くなったもんだと思いつつ、斗真はレイモンドの後ろに視線を移す。
そこではひょっこりとミコトが顔を出していた。
「あ、トウマみっけ!」
嬉しそうにミコトは言うと、トウマに駆け寄り後ろに回り込む。そして後ろから斗真の首に腕を回して、そのまま肩に顎を乗せる。
「探したよー」
「迷子になったのか?」
「うん! でもあの人が案内してくれたんだ!」
ミコトの言葉を受けて斗真は再度、レイモンドを見る。
レイモンドのほうも斗真のほうを見ていた。
「久しぶりだな。サトウ」
「お前は相変わらずみたいだな。レイ」
少しはまともになったと思ったが、相変わらず自分に対してはクソガキだと呆れつつ、その態度が妙に懐かしく思えた斗真だった。