第七十五話 試合という名の決闘
フローゼのノクターンを希望する声が多いですが、更新頻度を見ればわかるとおり外伝のほうが書くのがむずいです。ちなみに本編の一話を書くのはだいたい一時間ですが、外伝は二時間、三時間かかる場合があります。
なので今すぐ書くことはしません。
まぁめちゃくちゃポイントでも入れば考えますが(チラチラ)
白金城のバルコニー。
そこで俺は聖王都の風景を見ていた。
そんな俺の後ろから人がやってきた。振り向かなくてもわかる。
「何の用だ? アーヴィンド」
「用がなければ会いに来るのも駄目なのかい? 困った戦友だ」
「用もないのに会いに来ないだろ。お前は」
言いながら振り返る。
いつもどおり貴公子のような青年がそこにいた。
「ヴィーランドは快くミコトの武器作りを承知したよ。今はミコトの適正を見極めている」
「そうか……」
「フローゼ様に説得を頼んだのは正解だったようだね。彼女の話には説得力がある」
「そうだな……」
気のない返事が続く。
しかし、アーヴィンドが気にしない。
俺がこういう返事をするときは何か考えていると知っているからだ。
今、俺はミコトに武器を持たせることの危険性について考えていた。
ミコトが危険というわけじゃない。ミコトが武器を持つことで引き寄せられる危険についてだ。
「黄昏の邪団について考えているのかい?」
「……奴らの中には強い奴と戦い、そして死にたいと考えてる奴もいる。そういう奴の標的になるかもしれないと考えてた」
「武器を持たなくても狙われるさ。ブリギットはダーインスレイヴの試作品も作ったらしいからね。その所在は不明だけど、おそらく奴らの手の中だ。となれば使用者を欲しがる」
「こういうとき答えをすぐ見つけられる奴が羨ましいよ。悩まなくて済む」
「悩まない人はいないよ」
アーヴィンドはそう言うと微かに笑みを浮かべる。
そして。
「うじうじ悩むくらいなら忘れてしまったほうがいい」
「忘れられるわけないだろ? 自分の妹になった子のことだ。いつでも考えている」
「驚いた。君がシスコンだったとは」
「張り倒すぞ?」
苛立ちを込めた俺の言葉をアーヴィンドは笑って受け流す。
そのままアーヴィンドは踵を返した。
帰るのかと思ったが、突然アーヴィンドが振り返ってきた。
咄嗟に俺は左手の鞘を体の前に出す。すると抜き身の刃が鞘にあたった。
アーヴィンドが剣を抜いたのだ。
「何の真似だ?」
「余計なことを考えないようにという私なりの配慮さ」
「ほう? ずいぶんと騎士らしくないやり方だな?」
「ふっ、私も君の行儀の悪さに染まったかもしれないね。修練場が空いている。久々に一戦どうだい?」
「上等だ。最近、お前に厄介ごとを押し付けられてたからな。ぶん殴る機会をうかがってたんだ」
「おやおや、そんなことを言っていいのかい? 私も君に思うところはいろいろあるのだがね?」
そう言って俺とアーヴィンドの視線が激しく交錯した。
■■■
広いドーム型の修練場。
その中央に俺とアーヴィンドが立っていた。
俺の手には木刀。アーヴィンドの手には木剣。どちらも樹齢千年を超える霊樹から作られたもので、激しく振り回しても壊れない優れものだ。なんならこれで戦うことだってできる。
「聖騎士団長となってからこういう試合をする機会がなくてね。腕が鈍っていたら申し訳ない」
「ほざけ。試合はしてなくても実戦からは離れてないだろうが」
何度か木刀を振って感覚を確かめる。
さすがに聖騎士級の人間用に作られた木刀だ。しっくりくるし耐久度も文句ない。
これなら思いっきりアーヴィンドを殴れそうだ。
「こういう試合をするのはいつぶりだろうね?」
「さぁな。前は結構やってた気がするが」
「君が弱かった頃は稽古をつける側だったのだがね。歳月とは悲しいね」
「稽古をつける? 一方的にボコボコにされた覚えしかないが?」
「強い人間に叩きのめされて学ぶこともあるだろ?」
「俺が学んだのはお前はうざいってことだけだ」
「悲しいなぁ」
そんな会話をしつつ、俺とアーヴィンドは合図もなくゆっくりと構えを取った。
始めの合図はない。当然、終わりの合図もない。
どちらかが負けを認めるまでが試合だ。
「来ないのかい? 相変わらず受け身だね」
「お前こそどうした? 聖騎士団長になって丸くなったか?」
「まさか」
気づいたときにはアーヴィンドは俺の後ろに回っていた。
正面にいた相手に背後を取られるなんて、ある程度強くなってからはほとんど経験したことがない。
それだけアーヴィンドの縮地が優れている証拠だ。しかし、俺はそれを知っている。
「甘いんだよ!」
「っ!?」
振り返らず、背後のアーヴィンドに木刀を突き出す。
振り返ったうえでの斬撃を想定していたアーヴィンドは意表を突かれて、木剣で受け止める。そこでアーヴィンドの動きが止まる。
それを見逃さず、俺は左拳を思いっきりアーヴィンドの胸に叩き込んだ。
「くっ!」
咄嗟に後ろに飛んで勢いを殺す。ダメージはほぼゼロ。しかし体勢はまだ崩れている。
その機を逃す前と一歩前に出るが、アーヴィンドの木剣が跳ね上がる。首を狙った一撃だ。
のけぞるようにして躱す。しかし、その間にアーヴィンドは体勢を整えてしまう。
「相変わらずの行儀の悪さだ。いきなり殴ってくるとはね」
「剣術勝負と言われた覚えはないが?」
「ふむ、それもそうか。ならばこちらも遠慮はしない」
そう言ってアーヴィンドは右手の剣を大きく引いた。
左足を前にし、右足は後ろ。左手は体の正面に置く。
出たな。ローウェル家の伝統秘技。
「〝ストライク〟。なかなかガチだな?」
「言ったはずだが? 色々と思うところがあると」
そう言ってアーヴィンドは笑う。
本来なら左手に盾を構えての突撃突き。その加速力と突進力は大抵の相手を吹き飛ばす。
真っすぐ突っ込んでくるため、カウンターを与えやすいかと思うがそうではない。
ローウェル家の盾は強力ですべての反撃を防ぎきるし、そもそも盾などなくても縮地を加えた強烈な突進でカウンターが成立しないことのほうが多い。
なによりやばいのはカウンター失敗した場合、無防備な体にアーヴィンドの突きが入る。
本来なら左右に動くか、咄嗟に縮地で逃げるべきだ。しかし、真っ向から挑まれて逃げるのは性に合わない。
「抜刀術……君の得意技で迎え撃つか」
「左腕を叩き折ってやるよ」
「やれるものならやってみるといい」
俺は木刀を左腰に置き、いつでも抜ける用意をする。対するアーヴィンドに動きはない。こちらの呼吸を見ているのだ。
迎え撃つと決めた以上、縮地での逃げはない。そんな余裕がないからだ。
互いににらみ合い、出方を伺う。
そんな中、俺は一瞬だけ体の力を抜いた。
「はぁぁぁぁぁ!!」
その隙をアーヴィンドは逃さない。
一気に突っ込んでくる。
その瞬間、俺は笑いながら木刀を抜いた。力を抜いたのは誘い。隙をついたつもりだろうが、こっちの意図したタイミングで突っ込んだ以上、カウンターを避けることは不可能。
完璧なタイミングで木刀が抜かれ、アーヴィンドはそれを左腕で受け止める。
「ぐぅぅ!!」
「ちっ!」
アーヴィンドは左腕でまず受け止め、そして木刀を受け流した。左腕は無事じゃ済まないだろうが、問題はそこじゃない。
木刀を流された俺は無防備という点だ。
突撃の勢いは殺した。しかし、アーヴィンドの右手は無事だ。
咄嗟に体をひねるようにして、瞬時に飛んできた突きを避ける。しかし、避けきれずに左肩を思いっきり突かれた。
「ぐっ!」
咄嗟に後ろへ飛ぶが、その程度じゃダメージは消えない。
左肩に激痛が走り、ゴロゴロと情けなく転がる羽目になった。
完全に左腕は痺れており、しばらくは左腕は使えない。だが、条件は向こうも同じ。
だらりと下がった左腕を見れば、アーヴィンドも同じ状態だということがわかる。
「なかなか……やるじゃないか」
「こっちの台詞だ……」
痛みで顔をしかめながら俺たちは右手で獲物を構える。
利き手は無事であり、武器もある。
試合はまだ終わらない。
「いい機会だから言っておこう。私は君の女癖の悪さが嫌いだ」
「女癖が悪い? 人をクズ男みたいに言うな。女と寝る機会は多いが、口説いたことはない」
自分から女を捕まえに行ったんじゃない。向こうから来て、そのまま流れで夜に突入するだけだ。女癖が悪いなんて言い方は心外だな。
「君の言う通りだとしよう。しかし、そろそろやめにしたらどうだい? 一人の女性を真摯に見つめる頃だと思うが?」
「結婚しろとでも? まだまだごめんだな」
一人の女に人生を縛られるのもごめんだし、今はやるべきことがたくさんある。
とてもじゃないが身を固める気にはならない。
「騎士として感心しないのだよ。一体、何人の女性を泣かしてきたのかな?」
「女を泣かした覚えはない。それに俺は自由を愛する冒険者。お前の価値観と合わないのは当然だな」
大抵の女とは良好な別れをしている。
例外はフローゼくらいだ。
「自覚なしか……ならば制裁あるのみだ」
「思い込みの激しい奴だ。それと制裁というなら俺だってお前に制裁しなきゃなんだよ。ことごとく厄介ごとに巻き込みやがって」
「おかげで立ち直ったじゃないか。感謝してほしいね」
「オーケーだ。じゃあお礼をしてやる」
互いに右手に力を籠める。
左腕が満足に動かない以上、長期戦は無意味。
次で決めると互いに決める。そして俺たちは同時に動く。
俺は斜め下からの斬り上げ。アーヴィンドは斜め上からの斬り下げ。
互いにノーガードで一撃を放ち、同時に頭に食らって同時に吹っ飛んだ。
そのまま修練場の壁にぶつかり、俺たちは身動きが取れなくなった。
ほぼ実力が互角の相手の一撃を頭部に、しかもノーガードで食らったのだ。ここまでダメージを受けることは実戦ですらほとんどない。
視界が歪み、体が言うことを聞かない。
「がっ……」
「くっ……」
「……どうした? 辛そうだな?」
「そっちこそ、いっぱいいっぱいみたいだが?」
「まだまだ余裕だぞ……?」
「ふふふ、私はまだ五十パーセントの力しか出していない」
「俺は三割だ」
「二十五パーセント」
「一割だ」
「なら立ってみたまえ……」
「そっちこそ立ってみろ……」
その後、エリスが俺たちの様子を見に来るまで、俺たちは動けない状態で互いを罵りあう羽目になったのだった。