第七十二話 ミコトの武器作り
昔の女登場!
東凪家の稽古場。
そこで明乃とミコトが向かい合っていた。
ミコトの手には二本の木刀。一方、明乃は無手だ。
魔術や魔法はなし。単純な体術、剣術での試合だ。
「はっ!」
明乃はミコトの懐に潜り込み、掌底を打ち込む。それをミコトは余裕で受け止めた。
魔術や魔法なしの試合ならばミコトに余裕が出る。といういうか、おそらく魔術や魔法があったとしてもミコトと明乃じゃミコトの方が上だ。
操られた際に明乃はミコトに勝っているが、斬らないように戦うミコトが全力なはずがない。
まぁ勝負の勝ち負けだけを語るならば、全力を出さないほうが悪いわけだが、単純に実力を比較するならミコトに軍配があがる。
しかし、今のミコトは全力は出せない。
この前の演習では適当に借りた細剣を使っていたが、あの程度の武器じゃミコトが本気で振るえば武器のほうが音をあげる。
やはりミコトの武器が必要か。
「えい!」
明乃が放った蹴りを避け、ミコトは横をすり抜けるように軽く明乃を突く。
接近戦においてそれだけの手加減ができるほど、二人の技量は離れているというわけだ。
「参りました」
「やったー! またボクの勝ち!」
Vサインを作ってミコトが俺のほうを見てくる。
たしかに見事だ。奔放なミコトは恐怖とも縁遠い。敵と戦う際に重圧を感じないから、自分の力を百パーセント出せる。
明乃の攻撃をすれすれで避けて、かつ余裕があるのもそのためだ。
しかし、それも武器がなければ霞む。
「ミコト」
「なに? もう一本やる?」
「いや、聖王国へ行くぞ」
「え? なんで?」
「お前の武器を作りにいく」
俺がそういうとミコトは驚いたように目を見開く。
「ええ!? 武器!?」
「斗真さん、いきなりどうしたんですか?」
「ミコトの剣速に耐えられる武器が必要だ。いざという時のために用意しておくぞ。さすがに無断というわけにもいかないから、聖王国に許可を取りにいく」
それに聖王国にはヴィーランドがいる。
ヴィーランドならミコトの武器なら快く作ってくれるだろう。
だが、肝心のミコトは乗り気ではなかった。
「え、えっと……ボクはいいよ。そんなすごい武器とか必要ないし」
「そんなこと言ってる間に襲われたらどうする? お前を狙う敵もいるし、明乃を狙う敵もいるんだぞ?」
「それは……」
母親が作った武器に操られたミコトは、特殊な武器に忌避感を抱いているのかもしれない。
しかし、そうは言っても用心は必要だ。使うかどうかはともかく、用意しておくに越したことはない。
「とにかく聖王国にいくぞ、明乃はどうする?」
「私はテストがあるので……」
「それじゃあ光助に連絡しておくか。いいな? ミコト」
「はぁい……」
ミコトは目を伏せながらしぶしぶ返事をした。
■■■
聖王国の聖王都。
そこにある白金城での相談はすぐに済んだ。
「お父様は許可するそうですわ」
「まぁそうだろうな」
エリス経由でミコトに武器を持たせることを聞いたわけだが、聖王の答えは予想通りだった。
聖王国としては東京にできるだけ戦力を置いておきたい。ならばミコトに武器を持たせることを拒否するはずがない。
それにもしもミコトがなにかしたとしても、俺という保険がいる。
「やっぱり武器を持たないとダメ……?」
「駄目じゃないが、用意だけはしておけ」
「まぁ、ミコトさんは乗り気ではありませんの?」
「うん……」
「無理やり持たせる気ですか?」
こちらを非難するようにエリスが俺を見てくる。
まいったな。これじゃあ俺が悪者だ。
そんなことを思っていると、部屋の扉がノックされた。そして一礼してエリスの女従者が入ってきた。
「失礼いたします。サトウ様にお会いしたいという方がいらっしゃいますが?」
「俺に? 誰だ?」
「アイスヘイムの女王、フローゼ様です」
その名前が出た瞬間、俺は頬をひきつらせた。
フローゼ・アイスヘイム。冬が長く、雪原が広がる氷の国、アイスヘイムの若き女王。アイスヘイムは大国というわけではないが、優れた魔法兵団と豊富な特産品で潤う国だ
年は二十三歳。ケルディアでも屈指の若き君主だ。
だが在位の期間はそれなりに長い。なにせ十七で女王となった人だからな。
その人がどうして俺に会いにくるのか。そしてそれを聞いてなぜ俺が頬をひきつらせたのか。
まぁぶっちゃけてしまえば彼女が俺が関係を持った女性だからだ。おそらくリーシャもエリスも知らない。
俺としても偶発的な関係の持ち方だったからな。
「……ミコト。話はあとだ。俺は知り合いに会いに行ってくる。それまでミコトを頼んでもいいか?」
「構いませんが、ご自分からお会いにいくのですか? 珍しいですわね」
「女王をここに呼び出せと? お前もいろいろと面倒だろう?」
「お気遣いはいりませんわ」
「俺が気を遣って席を立ったんだ。素直に受け取っておけ」
そう言って俺は部屋を出る。
そして女従者の案内でフローゼの部屋に向かう。内心、よくバレなかったとホッとしていた。さすがに予想外すぎて顔に出たからな。
エリスは人のことを良く見ているから、隠し事をするのが難しい。
「こちらです」
「ありがとう」
礼を言うと女従者は一礼して去っていく。
しばらく俺は部屋の前で迷ったあと、諦めてドアをノックする。
すると。
「どうぞ」
落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
ドアを開けると、そこには水色の髪の美女がいた。
ジュリアにも負けないグラマーな体に、ピッタリとした水色のドレスを身に纏っている。その深青の瞳は久々に会ったを捉えて離さない。
落ち着いた大人の女性。それがフローゼへの印象だ。ジュリアのように自由奔放に振舞うことはせず、誰に対しても丁寧だ。
しかし、まさかここで再会することになるとは。
「お久しぶりですね。トウマ」
「久しぶりだな。フローゼ」
互いに名前を呼ぶ。
いつぶりだろうか。そこまで時間は経っていない。なにせこの城から逃げ出したとき、最初に避難していたのがフローゼのところだったからだ。
せいぜい一年ぶりくらいか。
「城にいると聞いて、会いたいとつい言ってしまいました。ご迷惑でしたか?」
「いや迷惑ではないけどな」
フローゼは逃げ出した俺を快く匿ってくれた。
その前からも親交はあったが、より親しくなったのはその時だ。ただ、女王の周りに得体のしれない男がいるのはいただけない。
悪い噂が立つ前に俺から姿を消した。フローゼからすれば捨てられたと思ったかもしれない。
「そうでしたか。それは良かったです。賢王会議では大暴れだったそうですね。私も行けばよかったです。そうすればあなたの雄姿を見れましたのに」
「力技で会議を荒らしただけだ。雄姿ってほどじゃない」
「それでも絶望していたときに比べれば、素晴らしいことです。私はあなたを救えなかった。とても気がかりでしたが、元気な姿が見れて安心しました。無理をしているわけではないのですね」
「ああ。おかげさまでな」
あのとき、フローゼが俺を受け入れてくれなければ今の俺はないかもしれない。
そういう点でフローゼには恩がある。
なにか頼まれたら断る気もなかったのだが、そういうつもりで呼び出したわけじゃないらしい。
「……変わらないな。あんたは大人だ」
「そうですか? 皇帝陛下に比べればまだまだ小娘だと思いますよ」
クスクスと笑いながらフローゼは自分の隣を叩いた。
そしてテーブルに並べたお茶の準備を始める。
「少し私の我儘に付き合って、お話をする気はありませんか?」
「その程度なら」
そう言って俺はやや緊張しながらフローゼの横に座る。
そしてフローゼが淹れた紅茶に口をつける。
だが。
「そんなに緊張しないでも、また抱いてとはいいませんよ」
「ぶー!!」
フローゼの爆弾発言ですべて噴き出す羽目になった。