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第七十一話 模擬演習



 森林がある。

 そこでミコト、明乃、そして俺が走っていた。

 先頭を切るのはミコトだ。


「周りに七、ううん、八人かな」

「遠距離からも狙ってるはずです。気を付けていきましょう」


 俺は意見を出さない。

 今回は二人に任せている。援護に徹するつもりだ。俺がしゃしゃり出るとバランスも崩壊しちまうしな。


「来た!」


 ミコトは叫びながら左右の手に持った細剣で撃ち込まれた〝銃弾〟を弾く。

 一発ではない。フルオートで飛んでくる多くの銃弾を苦も無く弾ききったのだ。

 撃ったほうは目を疑っただろうが、ある程度できるケルディアの剣士ならこの程度はやる。ケルディアの剣士とやるということは、こういうことなのだ。


「正面に四!」

「左右に二人ですね。このまま突破しましょう。援護します」

「りょーかい! とりゃあああ!!」


 近づかせまいと弾幕を張られるが、ミコトはそれも弾き、避けていく。

 そしてリロードの隙をついて一気に接近した。

 その後ろでは明乃が右手を正面に向ける。


「レイ――」


 初歩的な光魔法。光弾を放つもので威力はそこまででもない。

 それでも明乃が使えばとんでもない威力になる。

 まるで砲弾のように飛んだ光弾は、正面にいる四人が隠れていた木々を吹き飛ばす。

 ジュリアから学んだのは一日に満たない。それでも明乃は多くの魔法を吸収した。特に咄嗟に詠唱なしで放てる簡単な魔法は気に入ったようだ。


 使い勝手がいいというのと、魔術への繋ぎには申し分ないからだ。

 なかなかのコンビネーションを見せる二人に感心しつつ、俺は明乃を狙う左右の四人に睨みを効かせる。動けば反応する。その素振りだけ見せておけば、左右の四人は俺たちを並走するだけだ。

 そうこうしている内に正面の四人は斬りこんだミコトによって一瞬でやられる。

 俺たちはそのミコトが作ったルートを使って、完全包囲状態から脱出する。

 しかし、進んだ先は開けた場所だった。森林にできた空白地帯。

 あらゆるところから射線が通るその場所の危険性を明乃はすぐに察する。


「隠れて!」

「え? わっわっ!」


 遠距離からの狙撃。

 咄嗟に弾いたミコトは明乃の指示に従って、木の陰に隠れた。

 これはまんまと誘い込まれたな。強行突破しようにも誘い込んだ以上、それなりの戦力を向こうは用意しているだろうし、難しいか。


「アケノ。どうしようか?」

「少し考えさせてください」

「急いだほうがいいぞ。結構な数が半包囲にかかってる」


 さすがの連携というべきか。

 これだけの人数を素早く動かすのは並大抵じゃない。

 個としての力はミコトや明乃のほうが圧倒的に上だが、それでも先手先手を打ってこちらの動きを封じに来る。

 さすがは〝自衛隊〟というべきか。


「演習とはいえ負けはごめんだがな」


 小さく呟きつつ、俺は左手につけた時計を見る。

 そこには残りの魔力が数値として表されていた。本当に俺の残り魔力、ではない。

 この演習で使っていい魔力だ。それはミコトや明乃も同様だ。

 一応、こちらの目的は森林の脱出。脱出後に強敵との戦いが控えているため、魔力の無駄使いができない。まぁそういう設定だ。

 実際、明乃は自分の魔力量にモノを言わせる傾向にあるし、いい演習だろう。自衛隊もミコトや明乃と戦うのは良い収穫になる。

 しかし、今回は向こうが上手だったな。足止めというのは得意科目の一つだしな。

 時間制限もあるし、ここから俺たちは何か行動を起こさなきゃいけない。しかし、ひらけた場所には複数個所からスナイパーが狙っている。その一撃は怖くないが、防ぐとなれば魔力を使う。

 半包囲をかけている隊員も突破するとなれば、その魔力すら惜しい。

 かといって先手必勝で叩こうにも正確な位置が絞り込めてない。ミコトへの一撃で一人の場所はある程度絞れているが、一人なわけがない。


「斗真さん! 迂回します!」

「オーケーだ」


 開けた空間を避け、無駄な戦闘もしない。

 良い手だ。しかし常識的でもある。

 常識というのは誰もが思いつくということだ。

 そして思いつくならば対処も簡単だ。


「おやおや」


 迂回ルートには見慣れた男とその部下が数人いた。

 しかし、いつもと違ってなにやらアーマーらしきものを着込んでいるため見た目がだいぶ違う。


「どうした光助? いつも違う恰好だな?」

「新型の魔導アーマーだ。まぁ聖王国の騎士たちが着る鎧みたいなもんだな」


 そう説明する光助が身に着けるのは近未来的なボディアーマーだ。ほかの部下もそれを身に着けている。

 だが、見た目ほど機械的ではないということだろう。

 騎士の鎧は防御魔法で強化されている。素材ではなく、魔法や魔術で強化した類の装備か。


「斗真さん。須崎さんをお任せしても?」

「面倒だが承知だ」


 言いながら俺は無造作に光助に近寄る。

 光助もそれに合わせて俺に向かってくる歩いてくる。

 そして拳が届く距離まで来ると、二人して拳を繰り出した。


「身体強化が入ってるな?」

「優れものだろ?」


 俺の拳を光助は空いた手で受け止めていた。まぁ俺も光助の拳を空いた手で受け止めているが。

 意外な反応速度に驚いていると、蹴りが飛んでくる。それを足で受け止めるが威力も光助のモノとは思えないほどあった。


 その間に明乃とミコトが光助の部下と交戦する。

 さすがに光助ほど使いこなせていないのか、部下たちはミコトと明乃に一方的にやられている。しかし、それでも雑魚というわけじゃない。時間がないところでこいつらは厄介すぎるな。


「どうした? 魔力制限がきついか?」

「調子に乗るな」


 煽ってくる光助の腕を掴み、俺はそのまま投げ飛ばす。

 光助は空中で体をひねって華麗に着地を決める。しかし、その隙を逃さず俺は接近してアーマーごしに腹部を叩く。

 外側を壊す打撃ではなく、衝撃波を内部に叩き込む打撃だ。


「ごはっ!」


 光助は呻きながらたたらを踏む。

 対鎧への基本戦法だが、衝撃を緩和する素材でも使っているのか光助のダメージが思ったよりもない。

 それに光助の顔には嫌な笑みが浮かんでいる。

 こいつがこういう笑みを浮かべているときは、人を罠にはめ込んだときだ。


「幻術か」

「御名答」


 そう言って光助は周囲に張っていた幻術を解く。

 すると、俺たちの周りには大量の隊員がいた。光助は幻術で周囲の風景を誤魔化していたのだ。

 直接かけられたわけじゃない幻術はなかなか気づけない。それに光助の幻術は巧妙だ。

 してやられたか。


「どうする? 明乃?」

「……降参ですね」

「ええー! ボクはまだ戦えるよ!」


 唇を尖らせて不満を口にするミコトだが、その時計に映る数字はもう少ない。ここから突破してもおそらく魔力切れで終わりだ。

 それがわかっているから明乃は降参を口にしたのだ。


「了解だ。そっちの指揮官に伝えておいてくれ」

「はいよ。吉田二佐、須崎一尉です。降参だそうです。はい、状況終了です、はい。わかりました」


 短い通信を終えた光助は腹をさすりながら、いまだに唇を尖らせているミコトに近づく。


「うちの指揮官が飯を用意してくれてるらしいぞ」

「ホント!? 食べる!」

「飯だけで機嫌を取れるって……安い奴だな……」


 さきほどまでの不満顔から一転して顔を輝かせたミコトに呆れる。

 まぁ所詮は演習。しかもこっちには相当なハンデがあったから、そこまで気にする敗戦でもない。

 しかし。


「大した戦術家だな。完全に明乃たちはコントロールされた」

「女傑って言葉がぴったりな人だからな。対魔物部隊の創設にも関わってるし、積極的にケルディアの知識も取り入れてる。自衛隊にある対魔術師戦闘でのマニュアルをまとめたのもあの人だ」

「戦っても強そうだが?」

「ああ、俺よりもよっぽど強いだろうな。けど、滅多に前には出てこない。やることも多いしな」


 光助の言葉に納得しつつ、俺は完全に手のひらで踊らされて落ち込んでいる明乃に声をかける。


「いちいち落ち込むな」

「そう言われても……」

「向こうは軍人だ。戦術勝負じゃ向こうに一日の長がある」

「……斗真さんならどうしてましたか?」

「俺か? 俺なら二手に分かれて行動しただろうな。目的は森林からの脱出だし、生き残ることだけに重きをおけば別れた方もそこまで苦労はしない」

「それはリスクが大きいんじゃ……」

「リスクを取らないと相手の意表はつけない。まぁ、これはやってけば慣れる。焦る必要はない。本当の戦闘のときは俺がサポートしてやるから」


 そう言って俺は明乃の頭を撫でる。

 すると明乃の顔に笑顔が戻った。


「ねぇねぇ! 早く行こうよ! ボク、お腹減ったー」

「ミコトは食べることばかりですね……」

「成長期だもん!」

「太りますよ?」

「大丈夫! 背が伸びるから!」


 そんな会話をしながらミコトと明乃は歩く。

 二人を見守る隊員たちの視線は温かい。

 この場にいる隊員の多くは前回の事件でも一緒に戦っている。ミコトの事情も知っているのだろう。

 姉妹のように笑えている姿はあのときには想像もできなかった光景だ。

 もちろん二人も頑張ったが、必死にミコトや明乃を助けようとした彼らの功績も忘れられない。


「良い光景だな」

「そうか? 俺はもう見慣れた」

「そりゃあそうだろうが……こうして見ていると守れたモノがあったと実感できる。ほかのヤツも一緒さ。酒呑童子の一件じゃ、多くの人を守れなかった。だが、前回の事件はそうじゃなかった。まぁお前の功績が大きいわけだが」

「俺だけじゃあの子は救えなかった。お前たちのおかげだよ。あの子も感謝してる。演習の話を持ち掛けられたとき、自衛隊からの依頼と聞いて即答だったからな」

「そうか……それならいい。子供の笑顔が守れたなら、自衛隊冥利に尽きる」

「そういうこと言うなら、ハンデありの戦いで勝っただけなのに、勝ち誇った笑みを浮かべるのはやめろ」

「勝ちは勝ちだ」

「大人気ないやつだな」

「ガキには負けられんよ」


 そんな会話をしつつ、俺と光助も明乃たちの後を追った。

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