第七十話 ミコトのおつかい
近日中に過去編を別で投稿すると思います。そちらもどうぞよろしくお願い致します。
「お肉くださーい」
そう言って肉屋に現れたのはミコトだった。
その手には買い物かごとメモがあった。
おつかいを頼まれたのだ。といっても、東凪家には人手がいるわざわざミコトに頼む必要はない。それでもミコトに頼んだのはミコトに社会経験を積ませるためだ。
あらかじめ東凪家の料理人が指定した店までいき、メモに書いてある食材を買ってくる。
十四歳の少女には簡単すぎるおつかいだが、まだ日本に慣れていないミコトにとってはどきどきの一人旅だった。
「はい、いらっしゃい! どんなお肉が欲しいのかな?」
肉屋の店主である中年の男は豪快な笑みを浮かべて笑う。
東凪家で出せるほどの肉を取り扱いながら、商店街に店を構える変わった人物で、人と人との会話を重視するため宅配もやらない。
普段なら東凪家の料理人の一人が出向いて買うところだが、今回はミコトが来たというわけだ。
しかし、ミコトは最初から躓く。
「どんなお肉……?」
メモを見返してみると、そこには漢字が書かれていた。
魔導具で言葉は通じても、文字が読めるかどうかは本人の能力による。もちろん、魔法や魔術には一瞬でそれらを理解する類のものもあるが、ミコトは使えない。
書かれていたのは牛。来る前に読み方は教わっていたが、フリガナを振るのを忘れていた。
さて困ったとミコトは首をひねるが、すぐに斗真が言っていたことを思い出す。
そして笑顔でメモを見せながら告げる。
「これください!」
困ったら人に聞け。
斗真はミコトにそう言っていた。だからミコトは店主に対してメモを見せて、牛の字を指さす。
意図を察した店主は牛の横に書いてあるグラム数や、牛の種類も読み取ってすぐにその肉を用意する。
その後、会計でややもたついたもののミコトはなんとか最初の買い物を乗り切った。
「お嬢ちゃん、東凪さんところの子かい?」
「えっ!? どうしてわかったの?」
「その肉は東凪さんところがよく仕入れる肉だ。子供を引き取ったって聞いたが、本当みたいだな」
「うん! ボクはあそこに住んでるよ。名字は違うけどね」
「東凪さんは人格者だよな。よし! 少しサービスしてやる。家に帰ったら、ちゃんとお嬢ちゃんが可愛いからサービスしてもらったって言うんだぜ?」
「ホント!? やったー」
ニコニコと明るい笑みを浮かべて、ミコトは素直に喜びを露にする。
そんなミコトを店主は笑顔で見送った。
次にミコトが向かったのは羊羹を作る老舗だった。そこは雅人が好む羊羹屋で、雅人の父や祖父の代から親交がある店だ。
そこにミコトはスキップしながら乗り込む。
「ヨウカンくださーい」
「おやおや、元気な娘が来たもんだね」
そう言って出向かえたのは老婆の店主だった。
孫、もしくは曾孫ほどの年であるミコトが自分の店に来るのが珍しいのか、老婆は目を細める。
「おつかいかい?」
「うん!」
ミコトは返事をしながら、飾られているさまざまな羊羹に目を光らせる。
羊羹は雅人用のモノであり、ミコトのおやつには出てこない。しかし、一度だけ雅人に貰ったことがあり、それ以来、ミコトはまた食べたいと思っていたのだ。
「どんな羊羹が欲しいんだい?」
「えっとね、ちょっと待って、おばあちゃん」
ミコトはメモと向き合う。
芋ヨウカンと書かれているが、肝心の芋の部分にはフリガナが振られていない。これはもちろんわざとでミコトがちゃんとフリガナを振るようにという雅人の企みだった。
説明のときにフリガナを振ってくればよかったと案の定後悔したミコトだが、読めないなら先ほどと同じ手を使えばいい。
「これ! このヨウカンをください!」
「ん? 字が小さくて読めないよ」
「えー、じゃあちょっと待ってね」
ミコトは老婆の横に回ると、メモを見せて芋羊羹の部分を指さす。
老眼鏡をかけた老婆はやっとそれを見つけ、大きくうなずく。
「芋羊羹ね。わかった、ちょっと待ってなさい」
そう言って老婆は芋羊羹を包み始める。
その間、ミコトは手持無沙汰でまた羊羹を眺めていたが、そんなミコトの前にコトリと皿が置かれた。そこにはいくつかの羊羹が切られてのっていた。
「これは?」
「お食べ。試食用のだから気にしないでいいよ」
「ホント!? いいの!?」
「ああ、いいよ」
「ありがとう! おばあちゃん!」
そう言ってミコトはすぐに羊羹に手を伸ばす。
満面の笑みで羊羹を食べるミコトを見て、老婆は機嫌よさげに芋羊羹を包む。そしてお会計を済ませたあと、老婆はミコトに小さな袋を持たせた。
「サービスだよ。帰ったらお食べ」
「うわーい! ありがとう!」
「また来てね、お嬢ちゃん」
「うん! また来るね!」
ミコトは元気よく手をふって羊羹屋を後にする。
その後も行く先々で人に気に入られ、サービスでさまざまなモノを貰ったミコトは腕一杯に袋をもって東凪家へと帰ってきた。
そしてそれを出迎えたのは斗真だった。
「あ、トウマ! ただいまー」
「お帰り、どうだった? はじめてのおつかいは」
「バッチリだよ! みんな良い人だったし、また行きたいなー」
そう言ってミコトは持っていた袋を玄関に置く。
その荷物量に斗真は疑問を抱く。聞いていた話と荷物の量が明らかに違うのだ。
変な物でも買ってきたかと疑うが、大きな買い物ができるほどのお金も持たされていないはずだ。
疑問が募るばかりで斗真はミコトに聞く。
「お前、これ明らかに多いだろ? どうした?」
「うんとね、お肉屋の人はボクが可愛いからサービスしてくれたんだ! ヨウカン屋のおばあちゃんはおやつにヨウカンをサービスしてくれて、それでね」
「わかった……もういい」
快活で素直なミコトは年上から可愛がられる特徴を兼ね備えている。人たらしの才能があるといってもいいくらいだ。
その上、不慣れな様子を見て店主たちがほだされたのだと理解し、斗真はため息をはく。
「味をしめて入りびたるなよ?」
「そ、そんなことしないよ! 次は自分のお金で買い物しにいく!」
「行くのかよ……」
「また来てねって言ってたし、買い物楽しいんだもん」
語尾に音符でもつきそうなくらいご機嫌な様子でミコトは告げる。
そのまま、斗真はミコトの荷物を半分もって調理場へ向かう。
「ねぇねぇ、トウマ」
「うん?」
「ボク、頑張ったよ?」
ミコトは何かを期待するようにそわそわとした様子を見せる。
尻尾があれば全力で振っていることだろう。
そんなミコトの頭に手をのせ、斗真は求めていた言葉をかける。
「はいはい、よくできました」
「えへへ……」
褒められたミコトは今日一番の笑みを浮かべたのだった。
その顔は妹や弟たちには見せない顔であり、兄同然の斗真にだけ見せる顔だった。
ミコトはそのまま甘えるように斗真にすり寄る。
「ねぇねぇ、このあと暇でしょ?」
「暇じゃない」
「部屋で寝るだけでしょ? 道場で稽古しようよ! 新技を思いついたんだ!」
「面倒だ」
「いいじゃん! 付き合ってよー」
駄々をこねるミコトに辟易したのと、ミコトへの甘さを見せて、斗真はその後、稽古という名の白熱した試合をする羽目になったのだった。




