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第七話 それぞれの暗躍



 アルクス聖王国の王都中央・白金城地下。


 普通の者は入れないアルクス聖王国中枢の地下。

 そこにエリスはいた。

 エリスがいる部屋には色とりどりの花が咲いており、その世話をエリスがしていた。


「この花は日本のヒマワリという花ですわ。綺麗ですわよね。あなたなら気に入ると思いましたので、持ってきてしまいましたわ」


 水をやりながらエリスは楽し気にしゃべる。しかし、返答はない。

 当然だ。その場で喋れる人間はエリスのみなのだから。

 ではエリスは何に話しかけているのか?

 答えは部屋の中央にあった。

 消して溶けず、壊れない氷像。時の止まったその氷の中にいるのは人目を惹く茶髪の美少女。それだけでも十分に金持ちは金を出すだろうが、中にいる人物のことを少しでも知っている者ならさらに金を積むだろう。

 少女の名はリーシャ・ブレイク。かつて〝閃空の勇者〟と呼ばれたケルディア一の剣士であり、斗真の師匠でもある。

 そしてエリスにとっては幼馴染にして姉のような存在でもある。ゆえにリーシャが眠る氷はこの白金城の地下に運び込まれていた。


「そういえばトウマ様が素晴らしい活躍をしたそうですわ。やはり祖国というのは違うものなのかもしれませんわね」


 少し寂し気にエリスはつぶやく。

 そんなエリスの呟きに答える者がいた。


「トウマは祖国だからといって動くタイプではありませんよ」

「まぁ……白金の騎士ともあろう人が盗み聞きですか?」

「お許しを、姫殿下。騎士にあるまじき行為とは思いましたが、友人に関することでしたのでつい聞いてしまいました」


 そう言って部屋の入口で二十代中盤くらいの青年が膝をつく。

 金の髪に薄い青色の瞳。背は高く、エリスと並んでも遜色ないほど顔は整っている。銀の鎧に耳を包み、白いマントを羽織る姿は人々が描く理想の騎士の姿といってもいい。

 この白金城にいる騎士たちの中で最も優秀で最も気高く、最も強い聖騎士。円卓の聖騎士団セント・ラウンズの団長を務めるアルクス聖王国の切り札。

 名はアーヴィンド・ローウェル。白金の騎士と呼ばれ、五英雄の一人に数えられる至高の騎士だ。


「その友人であるトウマ様は怒っていましたわよ? 自分をハメた、と」

「彼らしい表現ですね。私は彼に前を向いてほしかっただけです。彼の時間は二年前で止まってしまっている。友人としてはどうにかしたかったのです」

「そうですわね。今の彼の中には後悔しかありませんわ。あの日の自分を彼だけが許せないでいる……」


「……五英雄と呼ばれることは誇らしく思いますが、私は真の英雄はトウマだけだと思っています。魔王を討伐するため百人の勇者が選抜された際、トウマはその中に入っていなかった。けれど、彼は百一人目として自らの意思で魔王城に乗り込み、私たちの窮地を救い、最後は魔王を斬ってみせた。選ばれて魔王に挑むのと、自らの意思で挑むのはわけが違います。百人の誰もが思っていた。できれば魔王と戦いたくはない、と。自分たちしかいないから戦うのだ、と」

「あなたはそう思っていなかったでしょう? もちろんリーシャも違うと思いますわ」

「まぁ少数の変わり者たちはいたかもしれませんね。ですが多くはそういう考えを持っていた。それに対してトウマは進んで魔王に挑んだ。最初の一撃で討伐隊の半数がやられ、だれもが絶望しかけたときにトウマはやってきた。英雄とは彼のことを言うのだとあの時実感しました。だから今の彼を私は見たくはないのです」

 

 アーヴィンドの言葉にエリスは微かに目を伏せる。

 アーヴィンドほどの戦士がそこまで評価してくれるにも関わらず、斗真が自分を許してはいないからだ。

 世界でただ一人。斗真だけが自分の行動が余計だったと思い、責め続けている。

 誰もが斗真がいなければ負けていたと言うのに、斗真は自分がいなくても勝てた、自分がいったからリーシャは氷漬けになったと思っている。


「過去は変えられず、消し去ることも捨て去ることもできない。だから多くの人は仕方がなかったと区切りをつけますわ。けれど、いまだにトウマ様はその区切りをつけれずにいる」

「ええ、彼ほど自己評価が低い剣士はいないでしょうね。彼だけですよ、自分が足手まといだったと思っているのは」

「ですが、トウマ様の考えを変えられるのはトウマ様自身かリーシャだけですわ。リーシャはいまだ氷の中ですから、トウマ様自身の考えが変わらないかぎりトウマ様はずっと過去に囚われたままですわ」


 だから日本で起こる出来事が斗真の心境に変化を与えてほしい。

 エリスはずっとそう願っていた。


「自分で仕組んでおいてあれですが、難しいと思っていますよ。なにせあなた様でも無理だったことですから」

「……そうですわね」


 魔王の討伐から一か月。

 斗真はこの部屋でずっとリーシャを眺めているだけの日々を送っていた。そんな斗真にエリスは円卓の聖騎士団セント・ラウンズの一人となってほしいと要請した。

 そしてそれからすぐに斗真は姿を消したのだった。


「あのとき、大臣たちに促されるままにわたくしはトウマ様へ聖騎士になってほしいと言いましたわ。今思えばどれほど残酷な申し出か。半身を失ったに等しい人に、なお戦えとわたくしは言ったのですわ。愚かな行動でした」

「そこが問題ではないかと。あなた様があなた様の言葉と意思を伝えていたなら、トウマはあなた様の傍にいたはずです。あなた様の美貌に靡かない男などいないのですから」

「ふふ、ありがとう。ですが、わたくしの容姿で引き留められるなら彼は出て行ったりしませんわ。わたくしは愚かな行動でトウマ様の信頼を失い、振られたのですわ」

「さすがはトウマというところでしょうか」

「ええ、男性に振られたのは初めてですわ。傍にいてほしいと思った人も彼だけですが」


 その言葉は主君としてふさわしい発言ではなかった。

 騎士を信用していないともとれるうえにアーヴィンドのプライドを傷つける発言でもあるからだ。

 しかし、エリスはそこには配慮しない。その程度で揺らぐ忠誠ではないと知っているからだ。

 エリスがアーヴィンドを騎士と見るように、アーヴィンドもエリスを主君として見ている。二人の関係性において個人的な感情は必要ないのである。


「して……何か嫌なことがおありで?」


 長い前振りの末にアーヴィンドはここに来た目的を告げた。

 この場にエリスが来るときは決まって嫌なことがあったときだからだ。

 エリスは視線を落とし、そしてゆっくりと告げた。


「――日本政府は聖騎士の受け入れを拒否しましたわ」

「なるほど。先日の襲撃事件で潮目が変わってしまいましたか」

「はい。日本政府は日本の魔術師だけで対応可能という結論を出しましたわ。クリバヤシ大臣も努力してくださったのですが、最悪のタイミングで襲撃が起きてしまいましたわね」

「つまり政治の流れを読んだ襲撃だったと?」

「そうなりますわね。黄昏の邪団ラグナロクならやりかねませんわ」


 後手後手に回されている。

 その意識がエリスにはあった。他国が舞台であるため、それは仕方ないにしてもこうまで好きなように情勢を動かされてはたまったものじゃない。

 しかし立場上、エリスも好き勝手に動くわけにはいかない。

 唯一成功しているのは斗真を送り込めたことだけだが、敵の数が多ければ斗真一人では対処しきれない。


「アーヴィンド。A級以上の冒険者をリストアップしてもらえますか?」

「冒険者ですか? どうなさるおつもりで?」

「休暇で日本に行ってもらいますわ。そこで事件が起きて偶然、それに巻き込まれるなら日本政府も文句は言えませんでしょう?」


 まったくもって偶然ではなく、作為的な工作の結果ではあるが、そのエリスの言い分にアーヴィングは苦笑する。


「わかりました。休暇が欲しそうな冒険者を探しましょう」

「お願いしますわ。それと……タイミングを見計らってわたくしも日本に向かいます」

「危険では? 我々聖騎士をつれていけば日本政府との間に摩擦が生じます」


 日本政府が拒否したのは聖騎士の駐屯。護衛として連れていく分には問題はないが、いかにも作為的な形で連れていけば日本政府から疑惑の目を向けられる。

 それに対してエリスは一つ頷き、答えた。


「はい。ですから聖騎士は連れていきませんわ。その代わり船でいきますわ」

「なるほど。よき案ですが……トウマが嫌な顔をしそうですね」

「そうかもしれませんわね。ですが……トウマ様にだけ何もかもを押し付けるわけにはまいりませんでしょ?」

「そうですね。私もすぐに動けるようにしておきます。御身に危険が迫った場合はご命令なくとも駆け付けますので、ご容赦ください」

「はい。期待していますわ。白金の騎士」


 そう言ってエリスは氷の中のリーシャに別れを告げて歩き出した。




■■■




 襲撃から丸一日が経った。

 西宮家の伊織と伊吹はまだ東京に滞在していた。

 西宮が保有する東京の別邸。そこに伊織の姿があった。


「くそっ! 役立たずどもめ!」


 机を強く叩き、伊織は苛立ちを露わにした。

 苛立ちの対象は襲撃を仕掛けた魔物とキキョウたち黄昏の邪団ラグナロクに対してだった。


「明乃を手に入れるというから協力してやったのに! 結界の無力化に加えて警備体制まで教えてやった! それなのに失敗だと!? ふざけるな!」


 苛立ちが収まらない伊織は近くにあったコップを壁に投げつける。それは近くにいた伊吹にあたりそうになった。


「伊織兄さん……」

「ちっ! 伊吹! あいつらは何と言ってきてる!?」

「しばらく身を潜めるって……ねぇやめようよ。やっぱり間違ってるよ、こんなこと」

「うるさい! 僕のやることに口を挟むんじゃない!」


 伊織は伊吹の頬を叩く。

 頬を叩かれた伊吹は顔を押さえて倒れこむ。弟のそんな姿を見ても伊織の怒りは収まらない。


「くそっ! くそっ! どうしてうまくいかないんだ!」

「や、やめて! 兄さん!」


 遠慮は一切なく伊織は倒れた伊吹を蹴っていく。

 自分の思ったとおりにいかないことに納得できず、だれかに怒りをぶつけてそれを発散する。

 伊織の最大の欠点が顔を覗かせていた。そして、それは致命的な隙を作ることになる。


「前も言ったわね。感情的になるその癖を治さないと一人前とは認めてもらえないわよって」


 その声はここにいるはずのない人間の声だった。

 咄嗟に伊織は反撃に出ようとするが、魔力が込められた極細の糸によって動きを封じられる。


「〝透髪とうがみ〟か……!?」

「その気になれば細切れにだってできるんだから動いちゃだめよ。伊織」

「柚葉さん……!」


 西宮の別邸に現れた柚葉を見て、伊吹は目を輝かせる。

 そんな様子を見て柚葉はため息を吐く。


「逆らえなかったのもわかるし、止めようとしたのもわかるけど、伊織に加担した事実は消えないわ。あなたも罪に問われるわよ、伊吹」

「……はい、わかってます」

「くそっ! どうしてあんたがここにいる!?」

「黄昏の邪団ラグナロクだったかしら? そいつらの足跡を追っていたらあなたと接触したことがわかったわ。それに天災級の魔物の中で鬼といえば〝酒呑童子〟。封印を管理しているのは西宮家だもの。裏切り者がいるとすれば西宮家。そう考えるのが普通よ」


 たった一日ほどでそこまで調べ上げ、実際に行動に移すことができたのはひとえに柚葉が優秀な魔術師であったからだ。

 単独行動を得意とする柚葉は独自な情報網を持ち、その推理は捜査官も舌を巻くほどだ。

 そんな柚葉を伊織は睨みつける。


「あいつら! 僕の足を引っ張りやがって!!」

「人のせいにするのはよくないわよ。あなたの管理が杜撰だから露見したのよ?」

「うるさい! うるさい!」


 子供のように喚く伊織を見て柚葉はため息を吐く。

 すでに魔力の糸、透髪で捕縛しているため反撃の心配はない。

 しかし、油断はせず伊織を見る。


「これからいろいろと吐いてもらうわ。黄昏の邪団ラグナロクの詳細はまだ掴めてないから期待してるわよ」


 そう言って柚葉は茶目っ気たっぷりに笑う。

 その笑みを見て伊織は顔を歪める。そんな伊織の表情を見て、柚葉は事件の流れを理解した。

 おそらく黄昏の邪団ラグナロクが伊織に近づき、その幼児性に付け込んで上手く抱き込み、天災級の魔物を解き放とうとした。

 あれだけの鬼が出現した以上、鬼の総大将と言われる酒呑童子も復活とは言わずも半覚醒状態くらいにはなっているだろうと柚葉は睨んでいた。

 天災級の魔物ならばその状態でも十分ずぎるほどの脅威。なんとかして見つけなければ。

 そういう風に先へ先へと柚葉の思考が流れたとき。

 伊吹がそっと柚葉の傍に寄った。

 その行動を柚葉は自然と受け入れた。伊吹を脅威とは見ていなかったからだ。


「柚葉さん……僕……」

「気を強く持ちなさい。私もできるだけあなたの罪が軽くなるように努力するわ」


 安心させるように柚葉は伊吹の瞳を覗き込んだ。

 黒い瞳に柚葉の端正な顔を映り込む。

 その瞬間、柚葉の体は硬直して動かなくなった。


「!!??」


 困惑する柚葉に対して、伊吹の様子は変わらない。

 そのことが柚葉の緊張を一気に高めた。


「……伊吹」

「ねぇ、柚葉さん。伊織兄さんの拘束を解いてくれないかな?」


 それは常軌を逸したお願いだった。

 柚葉は伊織を捕まえに来たのだ。その拘束を解くなんてありえない。普段の柚葉なら馬鹿なことを言わないでと反論するだろう。

 しかし、柚葉は意識とは裏腹に伊織の拘束を解いてしまった。


「嘘……」

「油断してるところに僕の瞳術を掛けましたから、もう柚葉さんは催眠状態ですよ」

「伊吹……あなた……」

「あなたの戦闘能力よりも捜査能力を僕は警戒してましてね。どう足掻いても僕らと黄昏の邪団ラグナロクとの関係性はバレてしまうと思って、兄さんを使って少しボロを出してみたんですよ。もちろんあなたを捕まえるために」

「あなたにこんな力があるはずないわ……」


 柚葉は伊吹の力に戦慄を覚えながらつぶやく。

 意思ははっきりしている。声も出る。しかし、体は動かない。そういう風に瞳術をかけられたからだ。

 伊吹がその気になれば意識を奪われたり、認識を変えられたりすることもできるはず。

 そのことに柚葉は微かな恐怖を感じていた。


「そうですね。でももう僕は今までの僕じゃないんです。僕は降霊術の才能があったらしくて、酒呑童子の魂の一部を降ろしてみたんです。そしたらあなたを意のままにできるほど強くなれましたよ」

「酒呑童子の魂を……降ろした……?」


 おぞましい言葉に柚葉は震える。

 天災級の魔物の魂を一部とはいえ体の中にいれれば、待っているのは悲惨な未来だけだ。

 伊吹は自分がコントロールしているように感じているかもしれないが、天災級の魔物の魂を人間がコントロールできるわけがない。

 最後には魂を食い散らかされて、体を乗っ取られる。もしかしたらすでにそれは始まっているかもしれない。


「黄昏の邪団ラグナロクね……伊吹を生贄にするなんて……」

「生贄? 何言ってるんですか、柚葉さん。生贄はあなたですよ。もっとパワーアップするためにはまだまだ魔力が必要なんです。だから柚葉さんから搾り取らせてもらいますよ。魔力と生気をね」

「……あなたの思い通りにはさせないわ」

「みんなそういうんですよ。けど、今まで攫ってきた人たちはもう、僕に魔力を供給するためのいいなり人形です」


 そう言って伊吹は笑う。その笑みは邪悪そのもので、柚葉の知る伊吹の笑顔とは別物のものだった。


「まぁ安心してください。せっかく四名家や政府を油断させることに成功したのに、あなたを攫ったら警戒されてしまいますから。あなたを攫ったりしません。日常の中で堕としてあげますよ。そしてあなたが終われば次は明乃さんの番です」

「!? 明乃には手を出させないわ!」

「いやいや、あなたは今そんなことを言える立場じゃないんですよ」


 そう言って伊吹は舌なめずりをしながら柚葉に手を伸ばした。


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