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第六十九話 パトリックとの約束・下




 

 



 皇帝の居城は帝国の中心。そこには帝国の精鋭が詰めている。そう思っていたのだが、出てくるのは雑魚ばかり。

 見知った顔は一人もいない。

 帝国は聖王国と並ぶ強国だ。当然、聖王国の聖騎士に匹敵する戦力も抱えている。

 帝国軍は聖王国とは違い、近代的な軍隊として確立されている。それは進んでいるというよりは、巨大な軍隊を形成するためにそうせざるをえなかったというほうが正しい。

 軍隊の規模では間違いなくケルディア最大。地球の軍隊のように少尉や大尉、少佐や大佐なんかが存在し、最高位は一名の元帥。その下に五名の大将がおり、これは五大将と呼ばれ、周辺諸国から恐れられている。

 しかし、五大将の内、三名は戦死。残りの二名の内、一名は魔王との戦いのみという条件で大将職を引き受けていたパトリックと現在の元帥だ。

 つまり五大将は完璧に入れ替わっているということだ。

 それにしたって、その下の中将クラスでも俺との面識はある。そいつらが昇進したにしても、何人かは残っているはずだし、そろそろ出てきてもいい頃だと思うんだが。


「止まれぇぇ!!」

「また親衛隊か」


 親衛隊は皇族直属の部隊で、軍隊の指揮系統からは外れる。

 かつては精強な戦闘集団にして、皇帝最後の盾だったが多くの隊員を失った意味は有名無実化してるようだ。

 悪魔の脅威が明確化する前は、親衛隊は貴族の子弟ばかりで構成された集団だったそうだが、今も人手不足から似たような状態なのかもしれないな。

 俺は斬りかかってきた親衛隊員の腕を掴み、その場で投げ飛ばす。

 俺の装備は基本的に魔物を相手にすること前提で作られている。こういう中途半端な人間相手に抜くには物騒すぎるわけだ。

 そのため、俺は無手で城の中を邁進していた。

 こいつら程度なら武器を抜くのすらもったいないというわけだ。


「おいおい、この城には親衛隊しかいないのか?」

「いたぞ! こっちだ!」


 ぞろぞろと紫色の軍服を着た奴らが出てくる。

 そろそろ中腹だっていうのに中将クラスすら出てこないのはなぜだ? 城にいないなんてことはありえない。元帥はいるだろうし、その元帥の下で帝都防衛の指揮を執る中将は必須となる。

 少なくとも三人程度の中将は帝都にいるはずだが。


「どうなってんだ?」

「殺してしまえ!」

「物騒な奴らだ」


 城を任されているという自負があるのはわかるが、一人相手にここまで必死になると逆に滑稽だ。しかも無手。ここまで死者はいないし、手加減されているのがわかっているだろうに。

 俺の知る親衛隊なら素直に俺の名を皇帝に告げるだろう。そして適切な判断を仰ぐ。それが一番の方法だからだ。

 しかし、こいつらの様子じゃ自分たちの面子を考えて、報告は行っていないようだ。

 皇帝が俺の名を聞けば、すぐに招かれるはずだからだ。


「かかれ!」

「なってない奴らだ」


 俺がいるのは細い廊下。

 集団で戦うには不利な場所だ。せいぜい、大人が三人並べるかどうか。そこに大勢で襲い掛かるのは無様な指示だ。

 案の定、俺に襲い掛かる前に体がぶつかりあい、体勢を崩した先頭メンバーたちを一人ずつ殴っていく。

 そしてそれを見て二列目が足を止める。だが、三列目も来ているため将棋倒しが始まった。


「な、なにをしている!?」

「こっちの台詞だ……」


 呆れながら俺は指揮官に飛び蹴りを放つ。

 もうこんな奴らに技を使うのももったいない。

 というか、おかしすぎる。ここまで弱いと作為的なモノを感じる。


「わざと手薄にしてるのか?」


 そうとしか考えられない。

 どういう事情があるにせよ、今の城の警備状況はあまりにも杜撰だ。


「さっさと上に行って確かめるか」


 そもそも忍び込めるわけだから、こんなところで暴れまわる必要もない。

 それでも暴れたのは、こいつらの無能を証明するためだ。しかし、向こうが無能を承知で配置しているなら付き合うのも馬鹿らしい。

 俺はさっさとその場から離れ、城の上階。皇帝の間に向かった。

 皇帝の間には長い一本道が続く。そこを歩いていると、前から人が歩いてきた。

 若い。まだ十代だろう。だが、その身に纏うのは赤い制服。しかも士官用のマントも身に着けている。

 ややくすんだ赤い髪に理知的な緑の瞳。その組み合わせには見覚えがあった。


「お久しぶりです。トウマ様」


 そういって少年は綺麗な敬礼を見せた。

 かつての姿からは想像もできないキチンとした姿に俺は面食らう。


「本当にロルフか? 他人の空似じゃないか?」

「そう言われると思ってましたよ。では、改めて自己紹介を。自分はロルフ・クノート大尉であります」


 少年の名前はロルフ。魔王軍との戦いの最中、帝国の辺境で孤児となり、周辺にいた子供たちをまとめあげて集落を作り上げた少年だ。

 偶然、俺たちと出会って協力関係を結び、ロルフの集落は帝国によって保護された。その後、軍に入ったとは聞いたが、まさか大尉にまでなっているとは。


「悪童のくせに大尉とはな」

「それを言われるとつらいですが、あなただって城に乗り込んでるじゃないですか? 俺のことを言えないでしょ?」

「俺は国に所属してないからいいんだ」

「あなたらしい答えですね。こちらへ、皇帝陛下がお待ちです」


 この落ち着いた対応を見るに、俺の存在には気づいていたみたいだな。

 さすがに最初から気づいていたってことはないだろうが、気付いていて泳がせていたならやはり何か意図があったんだろう。

 皇帝の間の扉が開く。すると多くの軍人が俺を敬礼で迎えた。俺が出てくるだろうと予想した面々がそこにいたのだ。


「よく来たな。歓迎しよう、トウマ・サトウ」

「歓迎はいいから、どういうことか教えてくれ」


 無礼極まりない態度で俺は玉座に座る皇帝に問いかけた。

 そんな態度に皇帝、マリオンは苦笑する。


「新米ばかりの親衛隊に城を守らせたのは、城の守りが薄いと勘違いさせたかったからだ。その証拠にクーデター派の残党が動きだした。あとは貴族どもが頭を下げて入れてくれと頼んできた者たちがどれほど使えるのか見てみたかった。貴族どもの手前、一度くらいは使ってみないといけないのでな」

「なるほど」


 そういうことなら城を護る親衛隊の弱さも、ここにいる軍の主力が出てこなかったのも納得だ。


「だが、そろそろそれも終わりにしよう。クーデター派残党の所在も掴めたし、無能ということで僻地に飛ばす理由もお主が作ってくれた。正直、このままだと本気で儂の命が危ないのでな」

「だろうな。俺が本気ならあんたの首はもう胴体と離れてる」


 言いながら俺はかなり近場まで来たところで歩みを止める。

 玉座は少し高いところにあり、そこに座る皇帝を見上げる形となった。

 俺は近くに控えていた側近に草の冠を渡す。


「問題なのはそういう理由で配置させられた無能が、俺の目の前で子供を泣かしたということだ。俺に胸糞悪いものを見せたんだ。適切に処置してくれるんだろうな?」

「なんと。そんな理由で城に乗り込んだのか。相変わらずな奴だ」


 皇帝は笑いながらボロボロの草の冠を受け取る。

 そしてそれを愛おしい気に撫でると、自らが被る王冠を脱いで、それを頭に乗せた。


「どうだ? 似合うか?」

「ああ。あんたも相変わらずだな」


 民思いの良い皇帝だ。同時に自分を餌にする度胸もあるし、国や大多数のためとあれば民を犠牲にする覚悟もある皇帝だ。だが、平時においてこの皇帝の心は常に民と共にある。

 耄碌はしてなかったことに安心していると、後ろから大量の足音が聞こえてきた。

 振り向くと門番を先頭に十数人の親衛隊がやってきていた。


「皇帝陛下! お助けにまいりました!」

「ちっ……もう目を覚ましたのか」


 手加減しすぎたな。

 もっと強く殴っておくべきだった。

 しかし、よくもまぁこの状況でお助けなんて言葉が出るもんだ。

 しかも俺という侵入者が入った緊急事態ではあるが、親衛隊とはいえ許可なく皇帝の間に入ることは許されないはずだが。


「はっ! 囲まれているようだな! 下賤なお前にはぴったりだ!」

「お花畑だな……」


 もはや何か言う気にもならん。

 この状況で囲まれているとどうして判断できるんだ?

 さすがに周りにいる奴らも呆れている。

 特に皇帝のすぐ傍にいる紫色の服を着たおっさん。おそらく親衛隊の隊長は首を横に振って嘆いている。


「お主、名前はなんという?」

「わたくしはグンター・アコノールと申します! 皇帝陛下! アコノール男爵家の息子で、三歳の時に皇帝陛下にお目通りしたのを覚えておいででしょうか?」


 覚えてるわけないだろ。

 しかもなぜ侵入者がいる前で媚びを売るんだ?

 つくづくご都合主義な脳内をしてるんだろうな。幸せなやつだ。まぁ幸せなのはこいつだけだろうが。

 こいつに乗せられてついてきただろうほかの連中は、さすがになんだか様子がおかしいことに気づき始めたようだ。


「ではアコノール。お主は門番だったな」

「はっ!」

「そして儂の目の前にいる男と交戦した」

「はい! その通りでございます! その下賤な男は」

「無刃の剣士」


 静かに皇帝は告げる。

 しかし、アコノールはそれだけでは理解できなかったようだ。


「五英雄の一人がなにか?」

「ふむ、もっと直接的に言わねばわからぬか。この男はトウマ・サトウ。名もなき無刃の剣士と呼ばれる五英雄の一人だ。つまりは好待遇で出迎えねばならない客人というわけだ」

「なっ!? そ、そんな馬鹿な!? だって、そんなことは一言も!」

「言わなかっただろう。自ら喧伝する性格ならもっと広く世に名が広まっている。ところでもう一度聞くが、お主はこの男と交戦した。つまり剣を向けた。それは真か?」

「ち、違うのです! 皇帝陛下! わ、わたくしは貴族の一員、そして栄光ある親衛隊の一人として……」


 一気に冷や汗をかきながらアコノールは弁明を始める。

 まさかの事態にアコノールの後ろにいた連中も狼狽し始めた。まさか侵入者だと思った男が客人でしたと皇帝から告げられるとは思わなかったからだ。


「言い訳など聞きたくない。そもそも栄光ある親衛隊ならば武器くらい抜かせてみよ。無手でここまで上がられたことはどう見ても失態。報告を怠ったことはさらなる失態。そして……我が民を傷つけたことは万死にすら値する。よくも儂の親衛隊の服を着ながら、我が民を傷つけることができたな?」

「お、お許しを! わたくしは皇帝陛下をお守りしたかったのです!」

「貴様に守ってもらう必要などない。親衛隊長! 各地に散らした古参兵を呼び戻せ! 新たなに城配属になった者どもは使えん集団だ。再教育せよ」

「はっ! 申し訳ありません!」


 親衛隊長は恐縮しながら頭を下げる。

 わざと無能どもを集めたとはいえ、それでも自分の失態と感じるあたりは大したもんだ。こいつらをまともに動かすのは誰だって無理だと思うぞ。


「そしてアコノール。お主の処罰だが……どうする? サトウ?」

「そうだな。とりあえずあの子に土下座。あとはこいつにとって一番大切なモノでも取り上げたらどうだ? 人の大切なモノを踏みつける奴だ。痛みを知らないんだろうさ」

「なるほど。では、アコノール。お主はこれより件の少女に謝罪しにいくがよい。そして現時点をもってお主の貴族位をはく奪する」

「こ、皇帝陛下! どうかお許しを! わたくしは貴族として生まれたのです! 平民になれと仰せなのですか!?」

「ああ、そう言っている。下賤という者たちと同じ立場になれ。安心せよ。そうであってもお主は儂が庇護すべき民の一人であることには変わりはない。平民として新たな人生を歩むがいい。連れていけ」

「皇帝陛下! ああ! サトウ殿! いや、サトウ様! どうかお助けを! あなたのことは会ったときから只者ではないと思っていたのです! どうか! どうか!!」

「素直に報告しておくべきだったな。世の中、素直が一番だぞ」


 最後にアドバイスをして、俺はアコノールから視線を切る。

 アコノールは軍人に連れていかれ、アコノールが引き連れてきた親衛隊員も親衛隊長に叱責されながら別の場所へと向かう。

 そしてそんな彼らと入れ替わりにパトリックがやってきた。


「やぁ、トウマ。来てくれて嬉しいよ。さっそくだが、ラボに来てくれるかな?」

「お前は相変わらずマイペースだな……。この騒ぎをなんとも思わないのか?」

「騒ぎ? 君がいるところに騒ぎがあるのは普通ではないかな?」

「はっはっは! なかなか良いことを言うではないか。パトリック。その意見には賛成だ。サトウ。次からは事前に連絡をいれることだな」

「連絡手段がないからそれは無理だ」


 ばつの悪い顔を浮かべながら俺は答える。

 たしかに連絡を怠った俺にも非はある。まぁそのうち来るだろうと帝国側も予想していたのに、門番にそれを伝えていないほうが悪いと思うが。

 そんなことを思いつつ、俺はパトリックのラボに向かったのだった。

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