第六十八話 パトリックとの約束・上
そろそろ本格再始動しようかなぁと思ってます。
とりあえず過去編は別で投稿しつつ、本編もちょっとずつ進めていく形になるかと思います。
過去編は強くなっていく斗真を書けるので楽しいんですよね。リーシャも書けるし。
その日、俺は珍しいことにケルディアにいた。
日本にジュリアが来て、明乃に稽古をつけるというからそれを利用してケルディアでの用事を済ませようとしたのだ。
向かう先は帝国。
パトリックとの約束を果たしに来たのだ。とはいえ、帝国にいる以上、皇帝に挨拶なしというわけにもいかない。
だから俺は皇帝の城を訪れたのだが。
「皇帝陛下に会いにきた? お前が?」
「ああ」
城の正門。そこを守る門番が俺を引き留める。
顔なじみの門番ではない。前は老人の門番で、気のいい人だったんだが。
今は神経質そうな青年だ。紫色の服を着ている。おそらく皇族親衛隊だ。
「そんな話は聞いていない。帰れ」
「うんまぁ、サトウが会いに来た。そう言ってくれれば伝わるから」
「わざわざ皇帝陛下にそんな言葉を届けるわけないだろ! 帰れ!」
そう言って青年は俺を追い払おうとする。
感じの悪い奴だ。なんだってこんな奴が門番をしてるんだ?
「前任者はどうした?」
「あん? あのジジイか。飛ばされたよ、僻地にな。クーデター未遂があってから、それに関係ある奴は斬首か左遷なんだよ。そして城の門は我ら栄光ある親衛隊が預かることとなったのだ!」
「あの爺さんが左遷?」
皇帝が住む居城を守ることに誇りを持っていたあの爺さんが、いくら皇子のクーデターとはいえ賛同するとは思えないが。
「あのジジイの縁者がクーデターに加わってたんだよ! わかったら帰れ! あのジジイは来る者に甘かったようだが、私は違う! 皇帝陛下に下賤な輩は近づけさせんぞ!」
そう言って門番は声高に俺を威圧する。
しかし、俺はそんな門番の態度なんて気にしちゃいない。
新品同然の服に同じく使われた形跡のない剣。
クーデターで人が減ったのは門番だけではないということだろう。
「お前、新入りだろ?」
「だ、だからどうした! 私は栄光ある」
「親衛隊も人手不足になったか。クーデターはわりと大がかりだったらしいな」
未然で防げてよかったが、実行に移されていたらマジで皇帝は代わっていたかもしれないな。
「このっ! 私を無能扱いするか!?」
なにもそこまで言っていないんだが、過去にトラウマでも抱えているのか門番は俺に食って掛かってくる。
プライドだけは一丁前だが、動きはまるでなっていない。剣に手は置いているが、ずっと俺の間合いにいることを気づいていないあたり、大した腕じゃない。
まぁここで問題を起こすのはやめておくか。
「わかった。今日は帰る」
そう言って俺は引き下がった。
わざわざ門から入ろうとしたのは皇帝に配慮してのことだ。別に忍び込むのは難しくない。
そんなことを思っていると、小さな女の子が俺とすれ違った。
「あ、あの!」
「あん? なんだ?」
「こ、これを皇帝陛下に!」
そういって少女が差し出しのは草の冠だった。お世辞にも出来は良くないが、一生懸命に作ったのがよくわかる草の冠だった。
帝都ではよくこうして皇帝に贈り物がされる。前任の爺さんはそれを快く受け取り、自分の人脈を使って皇帝に届けてきた。
知り合いに頼んだり、門を通る高官に頼んだり。それで自分が得するわけではないが、その贈り物を皇帝が喜んで受け取っていたことを俺は知っている。
そんな贈り物である草の冠を。
門番は叩き落とした。
「え?」
「こんなモノを皇帝陛下にお渡しできるわけないだろうが!」
そう言って門番は草の冠を踏みつける。
どんどんくたびれていく草の冠を見て、少女は涙を流しながら門番の足にしがみ付いた。
「や、やめて! やめてよ!」
「うるさい!」
門番は少女を振り払う。
その衝撃で少女は吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられる前に俺はその少女の先に回り込んで受け止める。
「おい……子供だぞ?」
「あん? まだいたのか! 帰れと言ったはずだ! ここは皇帝の居城! 下賤な民が近寄る場所ではないのだ!」
「草の冠がぁ……」
少女の目には門番は入っていない。
ただ踏みつぶされた草の冠に向いている。
それだけ気持ちを込めて作ったのだろう。
「どうして草の冠を作ったんだ?」
「……皇帝陛下が私を学校に通わせてくれたから、そのお礼……」
「そうか」
親のいない子供は珍しくない。そういう子はうまく養子に入れればいいが、そうでない場合はスラムの孤児と化す。
その状態の改善に皇帝は務め、私財を投じて子供たちを助けてきた。
ミコトのことに大きな責任を感じていたのも、それが原因だ。二年という時は長いようで短い。
皇帝の力が届いたのは帝都のみ。広い帝国領土には多くの孤児がおり、たったの二年間では皇帝はすべてを救うことはできなかった。
なにせ皇帝だ。やるべきことは多くあり、そればかりに集中はできない。
だから変な問題は起こさないでやろうと思ったんだが、それはもうやめだ。
目の前で胸糞悪いものを見せられて、大人しくしておいてやるほど俺は温厚ではない。
それにこういう奴を懲らしめるのは長い目で見れば帝国のためだろう。
「よし、俺が皇帝に届けてきてやる」
俺はそう言って少女が作った草の冠を手に取る。
もうボロボロだが、込められた気持ちは消えたりしない。
この思いをくみ取れないなら耄碌した証拠だ。大人しく退位したほうがいい。
「なにをほざいている? 貴様などに皇帝陛下がお会いするわけがないだろう!!」
「お前の意見なんか聞いてない。退け」
そう言って俺は一歩近づく。
その態度に門番の怒りは最高潮に達し、腰の剣を抜き放った。
「大人しくしていれば調子に乗りおって! 私は門に近づく不審な輩を斬る権利を持っているのだぞ!」
そう大声で門番は叫ぶ。
その声に何事かと民が集まってきた。
「なんだなんだ?」
「城に入ろうとしてる奴がいるらしいぞ?」
「門番と揉めてるのか?」
さすがに帝都の中央にある城近くで揉めると、人が集まるのが早いな。
これで城の中にいる奴らも異常に気付くだろう。まぁまだ多くの者がただの喧嘩か馬鹿が門番に喧嘩を売ったとしか思ってないだろうが。
「そのうち騒ぎを聞きつけ、ほかの親衛隊も集まってくる! 我が国が誇る精鋭だぞ! お前は独房行きだ!」
「そうかな?」
俺は無造作に門番に近寄っていく。
「ち、近寄るな! 我が帝国を敵に回すことになるぞ! その場で跪け!」
この門番の言う通り、こいつがどれだけムカつこうが門番であることは変わりはない。
城の門を守るこいつと敵対することは、帝国と敵対することに等しい。
だが、それがどうした?
非常に身勝手な意見であることは承知の上だが、あえて言おう。
「お前みたいなのを門番にした皇帝が悪い」
「へ?」
俺は右フックを門番の顔にぶち込む。
勢いで門番は左に吹き飛ばされた。
死なないようにかなり手加減したから、命に別状はない。
そして俺は少女と約束を果たすために、鉄の正門へ触れる。厳重に防御魔法が掛けられたそれは見た目以上の防御力を誇るが。
「九天一刀流――撫砕」
防御力があるのは魔法に対してだ。普通の打撃技には鉄としての防御力しかない。そして撫砕は建造物の急所に振動を与えて破壊する。剣を扱う九天一刀流だが、無刀技ももちろんある。その中でもこの技は対物破壊にはもってこいの技だ。
一瞬で門が崩壊し、とんでもない音が周囲に響く。これで完全に俺は侵入者だな。
「も、門が壊されたぞ!?」
「こ、皇帝の居城に侵入する気か!?」
周りの民が騒ぐが、気にせず俺は城の敷地に入った。
すると駆け付けた多数の親衛隊員が俺を取り囲む。
「武器を捨てろ!」
数にして二十人以上。
全員が剣を抜いている。しかし、魔王軍と戦ってた頃に比べれば練度は下がってる。功績のあった者は昇進させられ、各地の統治に回ってるせいだろうな。
ここにいるのは平和になった二年で親衛隊に入った者や戦いを経験していない者。
これで栄光ある親衛隊とは笑わせる。
「いいか。よく覚えておけ」
「ん?」
「皇帝を守る親衛隊なら侵入者は即攻撃だ。それをしないから反撃にあう」
そう言って俺はぐるりと一回転しながら蹴りを放つ。
全方位への回し蹴り。
しかし、俺から距離を取っている親衛隊の面々に被害はない。
「な、なんだ、こけおどしか。捕えろ」
この場の隊長らしき男が指示を出す。そいつも若い。人材難ここに極まりだな。
自分の武器が壊されたことに気づかないなんて。
「九天一刀流――斬廻」
本来なら剣でやる技だが、剣でやると死体が転がるため足でやった。それでも手加減して武器破壊だけに留めておいた。
優しさに感謝してほしいくらいだ。
「た、隊長!? 剣が!?」
「な、なに!?」
「さて、知り合いが出てくるまでどれくらいかかるかな?」
できれば皇帝の間に行くまでには出会いたい。そうでなければかつての猛者たちは皇帝の周りにいないということだからだ。
それでは帝都の防衛に疑問符をつけざるをえない。
そんなことを思いつつ、俺は草の冠片手に皇帝の居城に乗り込んだ。