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第六十七話 エリスへの求婚

活動報告に過去編をのっけました。良ければ見てみてください。

 エリスフィーナ・アルクス。

 アルクス聖王国の第一王女にして、魔王との戦いで傷ついたケルディアの復興の象徴。にして平和の担い手。

 誰もが憧れる聖王女。

 そしてその憧れに恥じない人物像を持ち、聖王家特有にして、その中でも屈指の美貌を持つ。

 そんな彼女には多くの縁談が舞い込んでくる。

 彼女の夫は聖王国の共同統治者となるうえに、妻として最高ともいえる女性がエリスだからだ。

 ケルディアの上流階級に生きる若い男、いや未婚の男の大多数はエリスの夫の座を狙っている。

 しかし、そんなエリスだが今のところ結婚する気はないということを表明している。だが、表明していても縁談の話は舞い込んでくる。

 一日の予定を大方終えて、白金城の自室で休んでいたエリスは残りの予定を訊ねた。


「ふぅ、このあとの予定はどうでしたか?」

「はい、姫殿下。このあとはインデウス公子とのお食事となっています」


 いつも傍にいる女従者の言葉にエリスは大きくため息を吐いた。

 そのエリスのため息に女従者は申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「申し訳ありません……できるだけお食事の話は断っているのですが……」

「仕方ありませんわ。それだけ魅力的な話をあちらが持ってきたということですわ」


 ただ一緒に食事をしましょうでは断られる。

 だから多くの求婚者は旨みのある話を手土産に持ってくるのだ。

 それでエリスの心象が大きく変わるわけではない。ただ聖王国のために食事だけは一緒にし、政治の話をする。それだけの話なのだが、それだけのために多くの求婚者は話を持ってくる。

 しかし、多くの求婚者は気づかない。

 世界屈指の大国の姫であるエリスは望めば大抵のモノが手に入る。そしてエリスは特別な興味や関心を手に入るモノには向けはしない。

 それは人として当然の感性だった。すぐ手に入るモノ。労せず手に入るモノ。それらはその人にとって手に入って当たり前のモノであり、そのモノの価値を正確に推し量ることはあっても、大きな興味、関心を寄せる対象にはなりえない。

 手に入らないから手に入れたいと思い、手に入らないからこそ輝いて見える。人間の欲とはそういうものだ。

 だからこそ、エリスは求婚者たちには一切の興味を示さない。彼らが自分の外面しか見ていないと知っているからだ。

 多くの求婚者はエリスの容姿を真っ先に褒める。表面的な面でしか自分を見ていないと言われているようで、エリスは過剰に容姿を褒められるのはそこまで好きではなかった。

 そんなわけで、エリスは求婚者との食事は好きではなかった。

 しかし、それでも聖王国側が食事を予定に組み込んだということは、それだけ今回の求婚者が持ってきたモノが大きいからだ。

 エリスはやや憂鬱な気持ちになりながら、用意さえた店に向かった。




■■■




 インデウス公子というのはケルディアにある小さな公国の公子だ。

 年は二十四歳。二年前の魔王軍との戦いでは積極的に避難民を受け入れ、評価をあげた青年だ。

 長身で端正な顔立ちの公子なため、公国内では人気が高い。また避難民に歩み寄る姿勢は各地から評価されている。

 だが。

 本来ならエリスと一対一で食事などできる立場にはない。

 国の規模、格が違いすぎるからだ。


「今回はお食事の誘いを受けていただきありがとうございます」

「いえ、インデウス様とは一度お話したいと思っておりましたので」


 それは事実ではあるが、真実ではない。

 話したいとは思っていたことは事実だが、それは一対一の食事の場ではない。せいぜい立ち話程度の気持ちだった。

 しかし、インデウスはその社交辞令を正確に理解して、苦笑する。


「ありがとうございます。しかし、それを正直に受け取るほど子供ではありませんよ。私は」


 そう言ってインデウスは服の内ポケットから細長い箱を取り出した。

 丁寧に包装されたそれをインデウスはエリスに差し出す。

 プレゼントを貰うことは珍しいことではない。しかし、エリスはインデウスのことを警戒していた。

 インデウスは聖王国に有益となる物品を手に入れたと説明し、この食事にこぎつけた。嘘ではない。嘘をつけば国としての信頼を失うからだ。

 どの程度有益なのかはさておき、インデウスは普通ではない物を手に入れた。それは確かなのだ。


「どうぞ、開けてください」

「なんでしょうか?」

「あなたの役に立つ物です」


 そう言われてエリスは箱を開ける。

 そこに入っていたのは羽だった。

 赤く鮮やかに輝く羽だ。形は鳥の羽だが、その大きさは普通の鳥よりだいぶ大きい。


「これは……神鳥フェニックスの羽?」

「そのとおりです! ありとあらゆる病や呪いを解毒するエリクサーの原材料です!」


 興奮したようにインデウスは告げる。

 しかし、エリスの反応は芳しくない。それを持ってきた理由に察しがついたからだ。


「我が国に偶然、フェニックスが飛来し、その羽を落としていったのです。そこで私はある話を思い出しました。かの閃空の勇者様が魔王の攻撃で氷の呪いを受けた、と」


 その話はごく一部の者しか知らない事実だ。表向き、リーシャは魔王との戦いで戦死したことになっている。

 なぜその話をインデウスが知っているのか。そのことは疑問に思ったが、情報源を探るのはあとでもいい。

 今は目の前のことを片付けるのが先だと、エリスはクスリと笑った。


「大変ありがたいお話しなのですが……公子、リーシャ・ブレイクが氷の呪いを受けたというのは事実ではありませんわ」

「え?」

「ですので、このフェニックスの羽は受け取れませんわ。必要のないものですので」


 そう言ってエリスは箱を閉じて、それをインデウスに返した。

 予想外の反応にインデウスは狼狽し、言葉が出なかった。

 そんなインデウスの反応から、エリスはリーシャのことを噂以上の情報として聞いていたことを確信する。

 あとで情報の出所を調べなければ。そう思いつつ、エリスは出てきた料理に手を付ける。

 この店は聖王都にある王室御用達の店だ。そこを貸し切りにして二人で食事をしているというのに、その後のインデウスは非常に無口だった。

 そんなインデウスを見て、エリスは内心ため息を吐く。

 生きていれば六人目の英雄として、六英雄と呼称されていたリーシャ。そのリーシャが氷に閉じ込められたのだ。

 廃人に近い状態だった斗真は別として、残りの四人は必死に方法を探した。そして打てる手は打ったのだ。さすがにそのときですら超希少アイテムであるフェニックスの羽は手に入らなかったが、二年間、失踪していた斗真が一度だけエリスに送ってきた物がある。

 それがフェニックスの羽だった。そしてすぐにエリクサーを生成し、氷にかけたが反応はなかった。これは呪いではないということが証明された瞬間だった。

 だから今のエリスにフェニックスの羽は必要ないのだ。


「……姫殿下」

「はい?」


 食事ももう終わろうかというとき、インデウスが声を発した。

 それに対してエリスは笑顔で返事をする。

 その笑顔を見て、インデウスは苦しそうに顔を歪める。


「私はあなたが喜ぶ物を贈りたい……どうか教えてください。あなたは一体、何を欲しているのですか?」

「わたくしが欲する物ですか?」


 意外な質問にエリスは小首を傾げる。

 そんな動作すら魅力的で、インデウスは胸が苦しくなった。

 この姫をモノにできるならどんなことでもする。そう確信していた。しかし、姫が欲しがる物がなにかわからない。ゆえにインデウスは苦しんでいた。

 しかし。


「欲しい物があるとすれば、それは平和でしょうか。諍いはあれど争いはない世界。理想であることは承知しておりますが、そんな世界を見てみたいとは思っておりますわ」

「平和ですか……さすがは姫殿下、欲張りですな」


 そう言ってインデウスは笑う。

 それは諦めたものの笑みだった。これまで何度も見てきた笑みに、エリスはホッと息を吐く。

 今回も諦めてくれた。この話が広まれば、当分は求婚目的の話は来ないだろう。

 そのことにエリスは安堵する。求婚されるのも、プレゼント攻撃を受けるのも疲れるだけで嬉しさはない。

 それでも欲しい物をくれるというなら。

 脳裏に映ったのはとある剣士の顔だった。彼をくれるというなら結婚してもいい。

 そんなことを思いながら、エリスは最後に出されたドリンクを楽しんだ。

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